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お礼の品 §3

「お知り合いですか?」と、わたしはのぞき込むように尋ねた。

「ええ。なぜそんな場所にいたのかはわかりませんが……。しかし、そういうことなら私が届けましょう」と、イケ仏様は言ってくれた。

 ありがたい半面、彼が配達員だと別の問題が発生する。

「第一騎士団の方が届けると、差出人が神薙だとわかってしまうのでは?」

 わたしの言葉の意図を察した彼は、怪訝(けげん)そうな顔をした。


 彼は神薙を否定されることを嫌う。神薙の紋が入った印籠でも持たせたなら「ひかえおろう~」などとやりそうなタイプだ。

「リア様、なぜ神薙だと名乗りたくないのですか?」と、彼は不満そうにわたしを見つめている。

 うぐ。助さんよ(違)わかってほしい。

 わたしは水戸の御老公と同様、名乗りたくないのだ。ビッチの象徴のような神薙だなんて、恥ずかしくて言いたくない。

 このエムブラ宮殿に神薙が住んでいることは極秘情報。住所と名前を教えるだけなら神薙とはバレない。外国人の令嬢――それで十分だった。


「お披露目会の前ですし」

 濁して返事をすると、彼はわずかに目を伏せてうなずいた。

「『入り口で使いの人から預かった』と言って持って行きましょう」

「お使い立てしてすみません。よろしくお願いします」

 彼は何か言いたげにジッとこちらを見てから、バスケットを手に出て行った。

 代わりに来たジェラーニ副団長がメモを見て「なんだコイツだったのか」と言った。ヴィルさんは筆跡に特徴がある人なのかも知れない。


 くまんつ団長にもお礼をしていないことを思い出した。

 陛下から褒賞がバッチリ出たと聞いて安心はしているけれども、それとわたしの感謝の気持ちとは別物だ。雰囲気的にお菓子という感じではないし、何か考えなくては。


 二日後、パイを入れて渡したバスケットに、オシャレなブレンドハーブティーの缶と手紙が入って戻ってきた。

「まあ! エルバーグルですわ、リア様っ」

 缶に書かれたブランド名を見た途端、侍女が興奮し始めた。

「カルセド公国の超、超、有名店のものです」

「お目覚めブレンドと、こちらはお休みブレンドですって」

 缶に描かれた寝起きのウサギさんと、ベッドに入るクマさんの小さな絵がかわいらしい。

 くるりと回して裏側を見た。

 カモミールをベースに、朝用はミントと柑橘(かんきつ)系、夜用はラベンダーをブレンドしてあるようだ。皆で缶を囲んで、しばしキャッキャした。


 この王国には茶文化が根付いている。

 うわさによると珈琲もあるらしいけれど、今のところはお茶一択だ。日中は紅茶を飲むことが多く、目覚めと寝る前はハーブティーにフルーツを組み合わせたお茶を頂くのが習慣になっている。

 ハーブはフレッシュを使うことがほとんどなので、缶入りのドライハーブティーは、ここではとても珍しい。

 皆でいれて飲んでみると、とっても良い香りでほのかに甘みがあり、美味しいお茶だった。


 はあああぁ、もう幸せ。

 お茶までイケメンでありがとうございます。



 ヴィルさんからのお手紙は一人だけの時間に読むつもりだった。

 ところが、侍女三人が興味を抑えきれないのか、全然離れていかない。ソワソワ、モジモジとした様子があまりにかわいくて、一緒に読むことにした。


 手紙に封をするときは、色つきのワックスを溶かし、その上から家紋の印を押しつけて固める。

「ナルホド、『封印』とはこのことだったのか」と思うようなやり方だ。

 ヴィルさんの手紙は、封印こそされていたものの、そこに家紋は付いていない。家紋から何者かがわからないようにするため、印のフタを外さずに使ったのだと思う。


 手紙を見た瞬間、彼がこれまでの人生でたくさん字を書いてきた人だということがわかった。

 大きくて見やすい彼の字は、たどたどしいわたしの字とは違い、真っ直ぐであるべきところは真っ直ぐに、払うところは大きく払い、曲がるべきところは滑らかなカーブを描いていた。速く書くために前の字と続けて書いているところが、初心者のわたしには大人っぽく感じる。便箋が五枚、びっしりと埋め尽くされていた。


 冒頭にパイがとても美味しかったと感謝の言葉が書いてあり、あとは楽しい日常会話的な内容だった。所々にわたしへの興味が散りばめられていて、社交辞令とわかっていても、ついうれしくなってしまう。

 最後に「またお忍びで町へ出る際は、良かったらご一緒しましょう」と書かれていて「貴女を思うヴィルヘルムより」という言葉で締めてあった。

 読み終えると侍女から黄色い歓声が上がった。


 彼の手紙には質問がいくつか書かれていたので、ハーブティーのお礼とあわせて返事を書いた。

 また二日もすると、それに対する返信が戻ってくる。そこにもちょっとした質問が書いてあったので、セッセと返事を書いた。すると、すぐにまた次の手紙が届く。

 エムブラ宮殿と騎士団宿舎の間を手紙が行ったり来たりするようになった。


 わたしは異世界に来て、初めて文通というものを経験した。

 以前、祖母が話してくれた携帯電話とインターネットがない時代の話に通じるものがある。

 祖母の話では、電話に加えて手紙もポピュラーなコミュニケーションツールで、手紙で始まる恋愛も多かったという。雑誌に住所と本名を載せ、文通相手を募集するコーナーがあったというから驚きだ。今では考えられないことだけれども、手紙のやり取りをしているうちに恋に落ちて結婚に至るケースもあったと、祖母は笑いながら話していた。

 知識としては知っていたけれど、まさかこんな形で自分が手紙のやり取りを経験するとは思っていなかった。


 返事が戻ってくるまでの時間がもどかしい。

 スマホのメッセージアプリなら、未読か既読かもわかるのに、手紙はそのもどかしさの次元が違う。

 届いたかな、読んだかな、どう思ったかな……と、ヤキモキする時間の単位が、秒でも分でも時でもなく「日」なのだ。

 わたしの手紙は騎士団の人が当日中に届けてくれるけれど、これが町の郵便屋さんを介した場合は、王都内でも一日ないしは二日かかる。宛先が遠方なら、さらにお馬さんでの移動時間が上乗せされるので、辺境の地へはもっと日数がかかるそうだ。


 既読表示がなかなか出なくて「どうしよう。まだ読んでくれていない」なんて気にしていたのは、いったいなんだったのか。

 わたしはここで、人とのコミュニケーションには心の余裕が重要だということを学んだ。いや、学ばされた。ほぼ強制的に。


 返事を待っている間、次に書きたいことをメモしておくようになった。

 あの国宝のような騎士様が、机に向かってペンを滑らせ、何を書こうか考えているところを想像するだけで、甘ったるい心臓発作が起きそうだ。おかげで毎日が楽しくなってしまった♪


 彼はポジティブで楽しい内容の手紙を書いてくれる。

 愛馬で遠乗りに出た話や学生時代にお友達と釣りに興じた話など、結構アクティブな方のようだった。

 そして最後は決まって「愛を込めて」とか「敬愛の口づけとともに」とか、やや甘の締めだった。


 心の隅っこに居座っていたスマホへの未練は、宮殿の裏手に流れる川にサラサラと溶けて流れていった。

「さようなら、デジタルの海。わたしはアナログな人になります」


 オーディンス副団長は「神薙だと伝えても差し支えない」と言ってくれたけれど、ただのリアのままでいたかった。

 互いに身分を明かさない関係が心地良い。

 時折「お披露目会に彼が来たら、全部バレてしまうなぁ……」と考えては不安になる。

 わたしの心は穏やかな川の流れの中で、浮いたり沈んだりしていた。


 そんなある日、そこに大きな波を立てる手紙が届いた。


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