オーデン
ちくわ、こんにゃく、しらたき、はんぺん、つみれ、各種揚げ物……あと、がんもどきも食べたい。それからそれから……
お買い物メモを書き始めて気がついた。
「これ、どこで売っているのでしょうね?」
売っていません。
食べたければ「作る」一択です。
「ねえ、アレンさん? コンニャクってご存知ですか?」
「いいえ。それは何ですか?」
「ううーん……。あれって、いったい何なのでしょうか」
「え? 俺に聞いています?」
「長年、何も考えずに当たり前のように食べていて……」
「食べ物ですか。世界が違えば名前も違う可能性が高いですよ。どういったものですか?」
「プリプリと柔らかくて弾力があり、やや透明感があります」
「ほう……ゼリーのような?」
「そうですね。でも、原材料はおイモなのです。そのままだと臭くて、味は無味に近くて」
「え? イモ? クサイ? 無味?」
「調理前の見た目は、灰色のブリンブリンしたレンガのような……」
「それ、本当に食べ物ですか? 今、レンガって言いましたよ?」
「なんていうか、唯一無二の食べ物という感じなのですよねぇ」
今思うとスゴイ食べ物だ、コンニャク。
どうしておイモがあんなプリプリしたものになるのだろう。
コンニャクが手に入らないのなら、しらたきも絶望的だ。
以前、群馬県出身の同僚が「実家で作ったことがある」と話していたので、材料とレシピがあれば家庭でも作れるはず。しかし、その作り方がまるでわからないし、コンニャク芋を探すのも一苦労だろう。
「こんにゃくは無理ですね……」
なんだか悲しくなってきた。
「リア様? 大丈夫ですか?」
「せめて『異世界に連れていきます』と三か月くらい前に教えておいてくださったら、手に入らないものの作り方を調べてから来たのに。みそ田楽とかも食べたいのに……」
「ほかの大陸にはあるかも知れません。探させましょう? 元気を出してください」
くすんくすん……。
アレンさんはヘコむわたしをギュッとしてヨシヨシした(大胸筋・いい匂い・死ぬッ)
ほかの材料はどうだろうか。
つみれ、作ったことがあるから大丈夫。
ちくわ、棒がないと焼けないから今回は見合わせ。
がんもどき、豆腐から作らないといけないから時間的にムリ。
はんぺんと揚げ物系、これならどうにか作れるかも?
異世界でおでんは意外と難易度が高い。
料理長と相談のうえでイワシとタラを手に入れ、まずはすり身を作った。
そこに砂糖や塩などで味付けをして、すりおろしたおイモ(山芋っぽい品種)と卵白を入れて練る。
「ここからが問題なのです、料理長」
「そうですね」
「はたして、ゆでるのか、蒸すのか」
調理法がわからない……。
「とりあえず蒸してみませんか。形が崩れにくそうだという理由だけですが、失敗は覚悟の上で」
「そうですねぇ。やってみましょう」
挑戦と実験あるのみだ。
小皿の上で丸く成形して蒸してみたところ、これが思わぬラッキーパンチに。はんぺんらしき物になった。
もちろんスーパーで売っていた美しいクッションのようなはんぺんには敵わない。しかし、手作り感があって悪くない。
味見係のアレンさんが「西大陸で食べたムースのようですよ」と言って親指を立てた。
これに気を良くしてタラのすり身を増産し、イカ入り・タコ入り・野菜入りの三種類に展開。油で揚げて揚げ物系おでんダネが完成した。
なにぶん初めてだし、そもそも作り方が合っているのかどうかもわからないままだ。けれども、おでんダネっぽくは仕上がっている。
異世界におでん警察はいない。正しさを確認する手立てがない以上、ここで大事なのは雰囲気と味だけだ。
ダシを取り、自作おでんダネ、別の鍋で調理しておいた『ヴィルさん大根』とたまご、ジャガイモ、腸詰めなども加えれば完成だ。
料理長がお酢の効いたオルランディア風マスタードソースと味噌ダレを作ってくれた。
マスタードソースをつけて食べると、もともとこういうオルランディア料理があったかのような地元感が漂ってくる。味噌ダレをつければ濁酒に合うおつまみ感が増した。
こちらでは発音の関係で呼び方が「オーデン」になってしまう。
若干、ゲームに出てくるモンスターのような響きではあるけれども、それもご愛嬌だ。
煮ている間にサーモンマリネやアボカドなどを乗せた「ちらし寿司」も作ってみた。
これがお酢好きなオルランディア人には大ヒット。
最近リゾットを好んで食べているコメ男子のアレンさんはかなり気に入ったようだ。
イケメンたちが濁酒で乾杯する様子はなかなかシュールだった。
小さな逆三角形のカクテルグラスを使っているせいか、おしゃれドリンクに見える。
美味い美味いと調子に乗って飲むヴィルさん。
普段ほとんどお酒を飲まないアレンさんとフィデルさんは味見程度で、代わりにはんぺんとちらし寿司をおかわりしていた。
上機嫌でおしゃべりが止まらなくなってしまったヴィルさんは、わたしの部屋に来て舶来物のお酒をチビチビやりながら機関銃のような早口でしゃべっていた。
ところが……
突然、彼の頭がカクンと下がり、ソファーにポトリと手が落ちた。
こと切れたかのように動かない。
「ヴィルさんッ!?」
具合が悪いのかと慌てて駆け寄ると、彼はスヨスヨ寝息を立てていた。
人騒がせな寝落ちである。
アレンさんに経緯を説明したところ、彼は「なるほど」と言って、サッと【浄化】をかけた。そして靴を脱がせてタイを緩め、ソファーに横にして寝かせている。
「こういう姿は気を許した相手にしか見せない人です」
「なんだか、介抱が手慣れているのは気のせいでしょうか?」
「ふふ。こうしておけば朝まで起きません。部屋に運んでもよいですが、もし邪魔でなければこのまま寝かせておくのはいかがでしょう」
「そうですね。起こすのは可哀想ですし」
従者のキースさんが掛け布団を運んできてくれた。
アレンさんの言ったとおり、そばを人がパタパタ動き回っていても彼はピクリとも動かない。
しゃがんでじっと彼の寝顔を眺めた。
あと一年も経たないうちに、毎晩このきれいな寝顔が隣にあるのかと思うと、なんだか急にそわそわとした気持ちになった。
アレンの脳内では灰色のレンガ(コンニャク)が縦に立ってブリンブリンしながら歩いています。
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