庭いじり
第十二章 重圧
1 因縁
オルランディアに春が来た。
エムブラ宮殿には畑があり、庭師の人たちが季節のお野菜を育てている。
散歩のたびに作物の成長を見守っているせいか、自然と畑仕事に興味を持った。
自分でも何かお野菜を育ててみたい。それを使ってお料理をしたら、いつも以上に美味しくできるのではないかしら♪
わたしのガーデニングデビューは、そんな「食い意地」から始まっていた。
春は種まきに最適な季節。まずはプランターを使って初心者向けの簡単なものから始めてみることにした。
聞くところによれば『神薙様の恩恵』と呼ばれる現象により、各地で畑は大豊作だとか。ならば神薙自身が育てるお野菜はさぞかし豊作だろう。
期待に胸を膨らませてまいた種はラディッシュだ。
赤くまるまると太った姿に、シャキシャキとした食感を想像しながら水やりに勤しんだ。
ところが、リア様プランターで収穫したラディッシュは、どれもヒョロヒョロのガリガリだった。
神薙様自ら育てる作物が、神薙様の恩恵を得られないとはミステリーである。
栄養たっぷりの土を入れた。お日様にも当たっているはずなのに、普通以下ってどういうこと?
優しい庭師長は「最初はそんなもんですよ。大丈夫!」と励ましてくれた。
でも、なんだか納得がいかないし悲しい。
再挑戦するため、しょぼくれてスコップで土を混ぜ混ぜした。それをヴィルさんは微笑みながら見守っている。「なんでも好きにおやり」といった余裕の表情だ。
ほんのり潔癖症かつ過保護を極めたアレンさんは、隣で顔を引きつらせていた。
日傘の下にいてくれ、土の上を歩かないでくれ、スコップなんか持たないでくれ、土に触らないでくれ、ああ頼むからそんなことはやめてくれ、と……ダメ出しをしてくる。
「きゃっ、ミミズさんがっ」
「だからやめようと言っているでしょう? こういうものにはリア様の大嫌いな虫さんがたくさん寄ってくるのですよ?」
「でもでも、庭師長から防虫用の網をお借りしているので、これをかけておけば虫さんがつかないのですよぅ?」
「土の中にいる虫さんまでは防げません」
「うう……ミミズさん、すみませんがちょっとお外に出ていただきたいのですが」
「あっ、こら、直接触らないでください! スコップとかでこうして……」
「わぁ♪ アレンさんお上手ですねぇ」
「リア様、手を出してください。浄化しましょう」
「触ってないですよ? それに、さっき浄化したばっかり……」
「バッチイからダメです!」
「んもー」
大きな日傘の下で、手袋や服に土がつくたびに浄化魔法をかけられる。
額に汗する土いじり感、まるで無し。本当に過保護で困ってしまう。
わたしは彼をじとっとにらんだ。
「アレンさんが食べているお野菜も、誰かが土だらけになって作っているのですよ?」
すると、彼は「うぐっ」とひるんだ。彼も頭ではわかっているのだ。
「やってみなければ、民の大変さもわからないでしょう? 現にこうして超簡単だと言われたお野菜だって期待通りに育たないのですから。自然を相手にお仕事をするのは大変なことなのですよ? わたしは今、すべての農家の皆さんを尊敬していますし、心から感謝しています」
「民の努力はわかっています。しかし、何もあなた自身がそれをやる必要はないでしょう。誰かにやらせて、あなたはそれを見る。それだけで良いのです」
「もおぉ~」
ヴィルさんがわたしのやせっぽちラディッシュを水で洗ってくれていた。
「フムゥ」と唸り、彼はそのまま一つかじって味見をしている。
「お、味は悪くないぞ?」
「本当ですか?」
「リアの白ソースをつけて食べよう。葉も食べられるのだろう?」
「葉っぱは刻んでスープにでも入れてもらいましょうか」
「前に作ってくれた発酵豆のスープにも合いそうだ」
「あー、お味噌汁にも良いですねぇ」
「アレンも何か育てたらどうだ? 民の気持ち以前にリアの気持ちがわかって良いのではないか?」
「それはまぁ、構わないですが……」
アレンさんもプランターを持ってきたので、二人並んで土を混ぜ混ぜし、種を植えた。
わたしが四苦八苦しているのを横目に、彼のハーブはもっさりと葉を増やしている。特にバジルの成長が早いので、バジルソースを作るのが楽しみだ。
彼は前ほど土いじりに対して文句を言わなくなった。
わたしたちが「これで何を作って食べようか」という話で盛り上がっていると、ヴィルさんが次第にソワソワし始めた。
「俺も何かやろうかな。しかし、チマチマしたものは性に合わない」
彼は大胆にも庭師長から畑の一角を借りると、丹念に磨き上げられたピカピカの革靴をぽいと放り出した。ゴム製の長靴に履き替え、おもむろに鍬をつかんでのっしのっしと畑に入ってゆく。
彼は慣れた手つきで土を耕し、土づくりをしていた。それを終えてしばらくすると、いくつかの種をまいたようだ。
畑仕事のアルバイトをした経験があるとは聞いていたけれども、その手つきは庭師も驚くほど手慣れていた。
後日『ヴィルさん農園』では立派な大根が収穫を迎えた。
オルランディアの大根は日本のものより短くて先端までまで太く、ずんぐりとした形をしている。こちらでは酢漬けで食べることが多かった。
しかし、種まきから収穫までが早すぎる。
五十日ほど必要だと聞いていたのに、一カ月足らずで収穫しているので絶対におかしい。
何かチート(魔法?)を使っているのではないかしら。それとも彼は天才農家なの?
「これで何か異世界料理を作ってもらえないかな」と、彼は大根を片手に言った。
「ヴィルさんが喜びそうな大根のお料理ですか……?」
彼は毎晩必ずお酒を飲むので、おつまみ的なものが良いのだろう。
いつもなら食事中はワインで、食後ならウィスキーのような茶色いお酒を飲んでいる。
……どちらも大根という雰囲気じゃない。
「あ、そう言えば、先日、ターロン市場で濁酒を買っていましたよね?」
「コメの酒のことか? うん……ただ何と一緒に飲むべきかわからなくて。まだ開けてもいない」
「あれなら大根はありですねぇ」
ヴィルさんが「多足」と呼んでいるイカと一緒に「イカ大根」にしても良い。
しかし、春先とは言えまだ寒い。「おでん」なんてどうだろうか。
アレンのバジルは見えないところでワサワサと増殖していきます。
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