アレン師匠
「はあぁぁぁ……」
「大丈夫ですか? よく我慢しましたね」
着替えを済ませて長椅子でため息をついていると、アレンさんが頭をヨシヨシしてくれた。
「またヴィルさんが暴れたせいで、エルデン伯の事件が霞んでしまいましたねぇ」
「いつものことですが困ったものです」
「近頃、真面目に王宮へ通ってお仕事をしていると思ったらこれですもの」
「疲れたお顔をしていますよ? 夕食まで少し休んだほうがよいのでは?」
「そうですね……」
クッションを抱えてクッタリしているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
目を覚ますと、ノーメガネのアレンさんとヴィルさんがドアップで視界に飛び込んできた。二人が寝顔をのぞき込んでいたのだ。
「ぐあっ」
まぶしい……。寝起きには刺激が強すぎる。
「すみません、リア様。起こしてしまいましたか?」
アレンさんがメガネをかけながら言った。
「い、いいえ。大丈夫です」
わたしを起こそうとするヴィルさんを、彼が止めていたらしい。
寝顔を見られて恥ずかしいのと同時に、わたしの脳裏を「二人の夫」という言葉がかすめた。
イケメン夫を二人も持つなんて想像しただけで生きた心地がしない。例えそれがヴィルさんの望みだとしても。
しかし、結婚後にゴリ押しされたらどうしよう。本当に彼と結婚して大丈夫なのだろうか。
こういうのを巷ではマリッジブルーと言うのだろう。
でも、話に聞いていたのとはチョット違う。前の世界で周りから聞いた話は、もっと繊細な悩みだった気がする……。
複数の夫を持つことができるのは神薙だけ。
もし、この状況で気を病んでしまったら、誰とも共感し合えないので救いがない。だって同じ境遇の人がいないのだもの。
しっかりしなくては。強く図太く、おおらかに生きなくては。
ヴィルさんは陛下に叱られたくらいでは何ともないようだ。その後も熱にかかったように何度も「二人目の夫」の話を持ち出してきた。
彼は「くまんつ様のステキなところ」をテーマに、連日プレゼンを繰り広げている。アメリカ企業のCEOにでもなったかのように、胸の前でろくろを回すようなジェスチャーをしながら、セッセとわたしにオススメしてくるのだ。
アレンさんに怒られたせいか、彼は二人目の候補としてくまんつ様を推そうとしている。
「今日は趣向を変えて」と前置きし、くまんつ様とアレンさんのスペック比較を発表してくる日もあった。
いまどきパソコン売り場の店員だってそこまで説明しないだろうに、彼は手の平のサイズ比較までしていた。
日に日に疲労していくわたしを見かねたアレンさんが、コソッと耳打ちをしてきた。
「団長を倒せる一撃必殺の技をお教えしましょう」と彼は言う。
「も、もしやそれは、一子相伝の秘奥義ですか?」
「あなたでなければできない技です」
「わたしにそんな特殊能力がっ? やっぱり異世界から来たから?」
「仕掛けたほうも多少ダメージを受ける諸刃の剣ですが、効果は抜群です」
「お願いします、師匠っ。わたしにその技をお授けくださいっ!」
「もちろんです。では、お耳を拝借」
ゴニョゴニョゴニョ……。
ほむ……ほむほむ……
え? あーなるほど、そういうことですか……異世界チートみたいな話ではない、と……ほむほむ。
わたしはアレン師匠から教えを受けた。
「ちょっと思っていたのとは違いましたが、理解はできました」
「難しそうですか?」
「でも、わたしにできるでしょうか……」
「大丈夫。私の後ろに隠れた状態でやってもいいと思います」
「なるほど。それならできる気がします」
ヴィルさんのプレゼンが始まった瞬間、アレンさんの後ろにサッと隠れた。
へっぴり腰で顔だけ出し、反撃に転じる。
「わ、わたしは二人目の夫なんて必要ありませんっ」
「リアはわかっていない。夫をたくさん持てば良いことがたくさんある。まずはそれを知るべきだぞ?」
「そ、それ以上言うと、こっこっ婚ニャク破棄しますよっ!」
ぴぎゃーーっ!
作戦とは言え心にもないことを口走るのは心が痛い。思っていた以上に心的ダメージが大きかった。
それに、慣れないことをしたせいで肝心なところで噛んでしまい、コンニャク製造者の悲痛な叫びのようになってしまった。
自分から婚約破棄なんてできるわけないのに。
「わかった、じゃあそれでいいよ」なんて言われたら、ショックでひどくヘコんでしまうのに。
アレン師匠の「この一言ですべて収まる」という言葉を信じて彼を脅してしまった。
「し、師匠ぉ……」
「大丈夫です。大変よくできました。効いていますよ」
「本当ですかぁ?」
「ちょっと噛んでいましたが、問題ありません」
ヴィルさんの反応を見るのが怖くて、師匠の後ろに隠れてプルプル震えた。
しかし、さすがはアレン師匠だ。作戦は見事に成功した。
「仕方ないな。今はあきらめるか」と、彼が引いてくれたのだ。
「二人目の夫を決めようじゃないか!」というワケのわからない主張はそこで収束した。
「クリスとアレンなら、どちらが好きか」とも聞いてこなくなったし、空中でのろくろ回しも止まった。
若干、ひっかかる言い方ではある。「今は」と言わず、ぜひ「一生」あきらめてもらいたいものだ。
こんな調子でヴィルさんとバチバチやっているうちに、例のナントカ伯一家のことはすっかり忘れてしまったのだった。
冒頭では覚えていたのに、最後のほうになったら、もう「ナントカ伯」です。明日には全部忘れています。ヒロインが忘れてしまうくらいなので、読者も覚えなくて平気なシステムです。大丈夫、また出てきても過保護な誰かが説明してくれます。
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