トリュフチョコ
「——わたしがわがままを言ったせいで大変なことになってしまって……」
陛下のプライベートサロンに移動してからも、エルデン伯家に関する話は続いていた。
元をただせば、わたしの顔筋が軟弱なせいだ。
こんなに面倒くさいことになるとわかっていたら、舞踏会で「顔が痛い」なんて弱音は吐かなかった。喉が渇いても適当に干からびておけばよかったのだ。
「何を言っておる。悪いのは奴らだ。ささ、座ってゆっくりしなさい」
座り心地の良いソファーにポスッと収まる。すぐにいつものメイドさんが飲み物などを持ってきてくれた。
「はぁ~、いい香りですねぇ……」
華やかな珈琲の香りがサロンを満たしていた。
ウォルトの喫茶室で売っている豆の中で、わたしが最も気に入っているものだ。
「まったく、あれがヒト族の筆頭とは頭が痛い。あんな男だったとはな」
「態度だけは大物ですね」
「リアの提案どおり、しばらく泳がせておこう。多少苦労してマトモなほうに転がれば御の字だが可能性は低い。並行して調査をする」
ヴィルさんと陛下は話が一段落したところで珈琲に口をつけた。
陛下はお茶菓子が盛られた銀のお皿をゆっくりと回転させた。
「これがリアの新作か」
「新作というほどではないのですが、皆が喜んでくれたので……」
「この美しく艶やかな球形。溶かさずに食すものは珍しい」
「そうみたいですねぇ」
わたしがお茶菓子にと持ってきたのはトリュフチョコレートだった。陛下は頬を紅潮させてまじまじと観察している。
この国で「チョコレート」と言うと、濃い目のココアのような温かい飲料、いわゆるホットチョコレートだ。あとは、溶かして生地に練り込んだ焼き菓子や、クリームとしてケーキに塗られているのが一般的だった。
おそらくテンパリング技術(※結晶をそろえて艶やかに固めるための温度調整)が確立されていないのだと思う。
市場で塊になって売られているチョコは、日本なら「不良品」呼ばわりされそうな残念クオリティーで、脂肪分が白く浮き上がっている。食べるためではなく溶かして飲むために売られているものなので、その品質でよいのだろう。
自分へのご褒美の定番といえばチョコなのに、それが美味しくないなんて悲劇としか言いようがない。ホットチョコも美味しいけれど、チョコをつまみながら珈琲かお茶を頂きたいわたしである。
厨房でガツガツとチョコを刻み、湯せんにかけた。温度計とにらめっこしながら「食べられるチョコ」づくりに励む。
そもそも、わたしが製菓にドハマりしたきっかけは、バレンタインのチョコレートだった。
料理教室や普通のレシピ本では飽き足らず、ショコラティエ向けの本を買うなどして、かなりガチでやってきたので『チョコいじり』には自信がある。
型などの専門的な道具がない中でも、生チョコとトリュフなら厨房にある道具だけで簡単に作れる。パイと同じで、必要なのは知識と技術と材料だけだ。
ただ、オルランディアの市販チョコを刻んで作っても、味はイマイチだ。仕方ないので、カカオバターとカカオパウダーを買ってきて砂糖とミルクを加え、チョコから自作した。
そうしてようやく自分へのご褒美と、お世話になった皆さんへのお礼に最適なお菓子が完成したのだった。
「この線状の飾りもチョコレートか?」
「はい。少しミルクの配合を変えて、色に変化をつけています」
「こちらは金箔が乗って豪華だな。この艶が気に入った。まるで宝石のようではないか」
陛下は金箔を乗せたまん丸トリュフをポイと口に放り込んだ。
「うおぅ、美味……ッ!」
「美味いですねぇー」
サロンで合流したフォルセティー宰相も喜んで食べてくれた。
皆でひとしきりチョコ談義をした後、宰相がエルデン伯一家の扱いに話を戻した。
「明日の貴族会議で、多少は触れたほうが良いかもしれません」
「どこまで話すかは要検討だな」
「王宮が何も対応をしていないと思われてもいけません。エルデンが苦し紛れに反王派と結託しても困ります」
「それもそうだな。ヴィル、冒頭で適当に説明してくれるか」
「わかりました。適当にやっておきます」
陛下の超ざっくりした指示に動揺する様子もなく、ヴィルさんは指に付いたチョコをペロリとなめた。
「オーディンス、お前も座りなさい」と、陛下が言った。
「いいえ、私は職務中ですので」と、アレンさんは無表情で答えた。
「神薙を守ることは全員の職務だ。彼女が命がけで救うほど大事にしているお前を立たせておくのはおかしいだろう。お前もリアが作った菓子を食べ、リアが選んだ美味い珈琲を飲むべきだ」
陛下の言葉にアレンさんが戸惑っていると、向かいに座っていたヴィルさんがチョイチョイとわたしの隣を指差した。そこに座れと言っている。
アレンさんが座ると、メイドさんが素早く珈琲とチョコを持ってきた。
「ヴィルから聞いている話では……」
陛下が話し始めたので、わたしは口直しのお水が飲んだ。いつもと同じ豆でも、王宮でいれてくれる珈琲は少し苦めだった。
「リアの二人目の夫はオーディンスではないかという……」
ごッふ……ッ!
ふ、噴いた。
王宮で噴いた……(ぷるぷる)
お行儀が悪くてごめんなさい。
「今……なんと? ヴィルさん?」
彼はコリコリと音を立てながら、ワンコ顔でモグモグしている。ヘーゼルナッツをまるっと入れたトリュフを食べているのだろう。
パリパリのチョココーティングにクリーミーなガナッシュ、そしてナッツの三層になっている。ちょっと手間をかけてナッツの周りをカリカリにするためキャラメリゼもしてみた力作だ。わたしの食い意地の集大成とも言える。
それ美味しいですよね。ガナッシュには香りづけで頂き物のお酒を入れてみたのですけど、それが良く合って……って、そんなことはどうでもいいのですよっ!
「わたし、旦那様は一人と申し上げたはずですが」
「いやいやいや! オーディンスが特別なのは前々から知っておった」
「特別は、特別かも知れませんけれども……」
一番お世話になっているし、何度も助けてもらっている。美味しいもの大好き仲間だし、岩だったりイケメンだったり、紳士だったりイジワルだったり、真面目だったり面白かったり、キャラが濃い人だとも思っている。それに、西の大聖女様のご子息なので、そもそもこの国にとっても特別な人だ。
「仲睦まじい二人の間に割り込んだことをヴィルも気にしておる。もともと気遣いができる人間ではないからな。リアがこやつ一人で心許ないと思うのは当然だ。二人目にオーディンスを必要とするのは理にかなっている。そこで、ものは相談なのだが……」
「えっちょっ……ちょっと待ってください」
どどどどどうしてそんな話になっているのでしょう??
いつもお読み頂きありがとうございます。




