悪役失格
ヴィルさんは濃い原色のドレスはあまり好きではなく、淡いスモークがかった色を好む人だ。濃い色なら落ち着いた感じのものが良いと言っている。
今回、曲に合わせて二羽の鳥に見えるようにと彼が選んだ生地も、淡いスモーキーイエローだった。シッポの代わりに大きなバックリボンを付けてほしいと言って、彼が大きさまで指定してリボンを付けさせていた。
彼女の真っ赤なドレスは、彼からしてみると「論外」だと思う。
彼はゆるいヘアスタイルが好きだ。
巻き髪のハーフアップが大好きで、フルアップもキッチリではなくゆるゆるのふわふわがいい。ツインテールなら下めにして巻き巻きすれば、頬ずりをしてかわいいかわいいと言ってくれる。
なのに、この三画コーン令嬢は脳天に近い場所でギチギチツインテールにしている。
それと、いくら誘いたいからって露出が多すぎる。
彼は柔らかくて、丸くて、ふわふわ揺れるものが好きなのに、彼女は上から下まで、どこもかしこもキツキツのパツパツのガチガチだ。
この人、本当にヴィルさんのことが好きなのだろうか……。
もちろん相手の好みにすべてを合わせる必要はないし、自分の好きな格好をすればいいとは思う。けれども、まったく相手の気を引かない格好をしながら、変なうわさを流して人を突き飛ばすのは少し違う気がする。
取り巻きの二人もそうだ。
アレンさんを「ねらっている」なんて、本人が一番嫌がる言い方をした。
ねらっているわりに二人とも彼のことを知らなすぎる。
そもそもアレンさんは女性に対して軽く潔癖なところがあるし、好き嫌いがハッキリしている。
彼は「頭が悪くて香水が臭くてケバい女は大嫌い」と口に出して言うのをはばからない。
「これは大事なことなので声を大にして言っておきたい」とも言っていた。
当然、周りも皆それを知っている。少し情報収集をすれば、秒で手に入る情報だ。
なのに、お化粧がケバケバな彼女たちはその嫌いなタイプのど真ん中。彼をねらい撃ちする以前に、射程圏内にも入っていない。
ヴィルさんとアレンさんの様子をうかがうと、まるで汚いものでも見るような目で彼女たちを見ていた。
フィデルさんとマークさん、三人を拘束している部下の騎士団員も、皆嫌そうな顔だ。
流行と男子ウケは必ずしもイコールではつながらない。これは世界が違えど同じなのだろう。しかし、嫌いな女性に対する男性の反応は、こちらの世界のほうがずっと素直で容赦がなかった。
「はぁ……」
吐息をついて頭を抱えた。
恋のライバルって、もう少しハラハラさせるものだった気がする。
ヴィルさんを好いている女性が大勢潜んでいることは承知のうえだ。そういう人たちから嫌がらせを受けることも最初から覚悟していた。今まで競い合う相手がいなかったことのほうがおかしいとすら思っているくらい。
でも、このタイミングでライバル出現は遅すぎる。
だって、もう婚約しちゃっているのだもの……。発表が今日だっただけで、手続きはとっくに終わっていた。
彼女は今、三角コーンと同程度の役割しか担えていない。
迂回を促す看板の隣に置かれているアレと、ただの通行人であるわたしの間に敵対関係が成立するわけもなかった。
ポルト・デリングのうわさ話は、妨害工作としてかなり有効だったと思っている。
でも、今から妨害をするのなら、結婚式場で新郎を連れ去るとか、わたしの弱みを握って脅すとか、命を狙うとか、もっとえげつない作戦でなければ無理だろう。
見えない場所で先代の悪口を言われても、こちらは痛くもかゆくもない。
この目撃者の多さと周りの怒り具合は深刻だ。
ここでわたしが「不敬です」と言ったら、ヴィルさんは彼女をギロチン刑にするだろう。それはやり過ぎというものだ。
なまじ身分が高いので、この状況でちょうどいい感じのお仕置きが難しい。
①コテンパンにやられてから反撃する
②放っておく
この二択しかないのでは?
むぅ~、どうしましょう。
なんだか疲れたし、そもそも先代の悪口だから「わたしには関係ない」という気もする。
……よし、決めた。
この三角コーンはスルーさせていただきます。
「あのぅ、ヴィルさん? 無事にマリンとも会えましたし、そろそろ美味しいシャンパンでも頂きに参りましょう?」
「ハ……?」
まずい。
彼のエメラルドの瞳がグリーンピースになってしまった。
そんなシュウマイみたいな目ができるのですね、ヴィルさん。
「もういいかなって、思いまして……」
「リア、これは誰がどう見ても不敬罪だぞ?」
「アー、マァ不敬は不敬ナノデショーケレドモォー」
はっ、いけないっ。どうでも良すぎて棒読みになってしまった(汗)
婚約者と話しているのよ、しっかりしなさいリア。
感情込めてけー! ふぁいっ、オー!
「えーと、あの、ほら……そう! 時間ももったいないですし」
「何を言っているか、わかっているのか?」
「……こういう人たちを都度捕らえていては、キリがありませんよ?」
「それはそうだが」
「皆がわたしの代わりに怒ってくださるのはうれしいのですが、あの方を罰してもわたしには何の得にもならないので」
「本当にそれでいいのか?」
「言いたい人には言わせておけばいいのですよ。そもそも先代とわたしの区別もついていないのですから」
彼は困った表情を浮かべてアレンさんを見た。
顔を見合わせて軽くうなずくと、アレンさんは彼に加勢した。
「リア様、不敬罪は現場での親告が大原則です。たった今ここで言わなければ、この件を罪に問うことはできなくなります。本当にそれでよいのですか?」
グレーの瞳が心配そうにわたしを見ていた。
「でも、婚約発表の日の思い出に不敬罪なんて……」と、わたしは口をとがらせた。下手に騒ぐより、この件を忘れてしまうほうがわたしは幸せだ。
「仕方ありませんねぇ」
彼は眉尻を下げて薄く微笑んだ。
ヴィルさんもしぶしぶあきらめてくれたようだ。
彼は三人の令嬢の名前を手帳にメモすると、部下に命じて会場から追い出した。
「ワガママを言ってごめんなさい」と声をかけたけれど、何か考え込んでいて耳に届いていないようだった。
彼はわたしの手を取り、また休憩室へと向かう廊下を歩き始めた。
いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m
たまに誤字報告で「親告」を「申告」と訂正してくださる読者さんがいらっしゃるので、ちょっとだけ解説コーナーでございます。
この場面の場合、親告でも申告でも、アクションそのものはあまり変わりないと思います。
「親告」には「被害者が自ら被害を訴える」という意味があります。
法には親告罪と非親告罪があり、親告罪とは被害者が被害を訴え出なければ裁けない(日本の場合は起訴ができない)ものを指します。逆に、被害者本人が訴え出なくても裁けるのが非親告罪です。
この作品内のオルランディア王国では「不敬罪は親告罪」となっておりますので、被害者が自ら訴え出ないかぎりは裁けません。なおかつ「複数の証人を要する」という追加条件もあります。
そのため、作中で「この人は不敬です」と訴え出ることを「親告」と表現しています。
活動状況は下記のURLで発信しております。
https://note.com/mutsukihamu




