次々出てくる
ほどなくして、問題の貴族令嬢三名様がパウダールームから出てきた。ほかの令嬢が皆出ていってしまったので、大声で神薙の悪口を言う意味がなくなったのだろう。
三人は外の人だかりを見た瞬間、驚いた表情を見せて足を止めた。
「捕らえろ」
ヴィルさんは恐ろしいほど静かに指示を出した。
瞬く間に拘束された令嬢たちは、ガタガタ震えながら泣いている。
そんなふうになるくらいなら、大声で陰口を言わなければよいのに。
そもそも大声で話したら陰口にならない。見えない場所でコソコソと小声で言うから陰口なのだ。
「威勢の良いご令嬢がた、名をうかがおう」
表情筋がやられたままのヴィルさんがジェントルに尋ねた。その丁寧さが逆に恐ろしい。
令嬢たちは震え上がって答えられないようだ。
「答えよ!」
一番声の大きな令嬢は、エルデン伯家の令嬢らしい。
ほかの二人はそれよりも身分が低く、雰囲気的にもただの取り巻きだ。
「お前はいつぞやリアを突き飛ばした女だな」と、彼は言った。
それを聞いて、わたしはハッとした。
その令嬢とは初対面ではなかったのだ。
ヴィルさんと初めてデートをした日、ブティックでわたしを突き飛ばした「般若のお面」だ。
なるほど。
あの時は彼とデートをしていたわたしが気に食わなくて突き飛ばした。そして今回は、婚約したことが気に食わない。要は嫉妬だ。
神薙を批判したいのではなく、彼の相手がたまたま神薙だったから、悪く言って騒いでいたのだろう。
気持ちはわかるけれども、少し感情に任せすぎだ。
なにせ彼女が突き飛ばした結果、わたしたちは余計に接近してしまったのだ。意識し合っている男女にそんなことをしたら逆効果だ。
今回だって少し冷静になって考えれば、カーテン一枚しか隔たりのない部屋で大声を出したら問題になると気づけたはずなのに。
「ポルト・デリングで妙なうわさを流したのもお前だと調べがついている。証拠もあり、証人もいる。おかげで訂正にえらく手間をかけさせられた」
ヴィルさんは令嬢をにらみつけた。
あらららら。
次々出てきちゃって……。
ポルト・デリングで広まっていたうわさの出どころも彼女らしい。彼が国内の貴族令嬢と結婚するという根も葉もない話だった。
知らないところでずいぶんと意地悪をされていたものだ。
「先ほどの会話はすべて聞かせてもらった。証人がこれだけ大勢いる中で神薙への不敬。私の貞淑な婚約者を淫獣呼ばわりとは看過できん。死罪は覚悟してもらおう」
彼の声は冷たく、オデコに青スジが立っていた。こんなに怒っている彼を見るのは初めてだ。
「違います、ランドルフ様! わたくしではなく、あの者が言ったのです!」
令嬢は背後にあるパウダールームを確認もせずに指差した。
その先に目をやると、部屋から出てきたばかりのマリンがいる。
友達になすりつけなかっただけマシだれども、この歴史的大暴投に周囲からは失笑が漏れた。
考える習慣がないのか、それとも怖いもの知らずなのか。
きっと彼女の前前前世はジャングルの王者だ。世の中から隔絶された場所で世界平和について考えている。
素直に謝ればいくらでも状況は良くなるはずなのに、彼女は王族の激怒スイッチを連打しながらギロチン・ロードを走っていた。
「あらっ? 第一騎士団の皆さま? では、リア様もそちらに? まあ、ジェラーニ副団長様、お久しぶりです」
マリンの声に応えるように、わたしの前にいたフィデルさんと隊長さんが少し左右によけてくれた。
彼女はハッとして、小走りでこちらへ近づいてくる。
「マリン、ごめんなさい。わたしのために」
「リア様! リアさまぁ……!」
誰よりも陽気でムードメーカーだった彼女は、ぽろぽろと涙を流した。
「マリン、ありがとう。会いたかった……」
フリガ、イルサ、マリンとわたし、久々に四人で集まれた喜びも相まって、皆で抱き合った。
はあぁぁぁ、泣いちゃいそう。
「彼女は神薙の侍女だった者だ。家の事情で王都を離れたが、王から賜った『神薙の女官』の称号は持ったまま。それを侮辱したばかりか陥れようとは、称号を与えた王を侮辱したも同然。貴族として恥ずべき行いだ」
ヴィルさんの静かな怒りの前に、令嬢はさらにガタガタと震えていた。
「ちょ、ちょっと失礼……。すみません。妻を探しておりまして……」
人だかりの一角がホロリと崩れ、若い男性が現れた。
「マリン! あっ、神薙様? やややっ、皆様! こ、これは何事でございますか? マリン、泣いているのか? 何があった!」
マリンの婚約者サムエルさんだ。
お化粧直しに行った彼女がなかなか戻らないので迎えにやって来たらこの騒ぎ。さぞかし驚いただろう。
「ご心配をおかけしてすみません。わたしのことを悪く言う人たちに、マリンがひとりで立ち向かって、かばってくれたのです」
事情を説明すると、彼はぱあっと笑顔を見せた。
「そういうことでしたか! マリン、さすがだ! よくがんばった!」
婚約者にしっかりと抱かれ、たくさん褒められてマリンは幸せそうだった。
かわいくてお似合いの二人だ。
サムエルさんと軽く雑談を交わし、結婚式の日取りが決まったことを知った。
さて、無事マリンとも会えたことだし、そろそろ移動をしたい。
しかし、三人の令嬢は依然として衆人環視の中で拘束されているうえ、ヴィルさんもカンカンに怒っている。
マリンたちとおしゃべりをするには、先にこれをなんとかしなくては……。
三人の令嬢はグズグズと泣いていた。
言い逃れをしようとはするものの、おびえているだけで反省も謝罪もしない。
一番声の大きな伯家の令嬢を見ていると、何か腑に落ちなかった。
彼女のド派手な金髪ツインテールは、内巻き一辺倒のギチギチ縦巻き。そこに大きな花飾りが二つ盛られている。
肩がむき出しになるほど開いたデコルテには、大きな宝石が数珠つなぎになったネックレスが巻きついており、コルセットで絞り出したお胸は不自然に潰れていた。
太いワイヤーで真横に広げた真っ赤なドレスは、まるで工事現場の三角コーンか、焼鳥屋の大将が使っている大きなうちわ。
デンジャラスな厚底ハイヒールのせいで、不自然なほど背が高くなっている。
ファッション雑誌にこの手のドレスや靴は載っていなかったけれども、会場にはこういう人がほかにもチラホラいた。何か隠れた流行りなのかも知れない。しかし、エスコートして歩くにしても隣に立つ男性は苦労するだろう。
手の込んだ嫌がらせまで仕込むほどヴィルさんを取られたくなかったわりに、まるで彼の隣に立つ気がなさそうな格好に見えるのはわたしだけかしら……。
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