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砂漠のオアシス

 友達がいないわたしとは対照的に、ヴィルさんは知り合いが多すぎて困っていた。

 少し歩くたびに呼び止められて、あいさつを交わし、わたしを紹介する。

 軽く雑談をすると「今度ゆっくり」と、早めに会話を切り上げた。しかし、立ち止まっている間にも人は群がるので、またあいさつをしなくてはならない。

 ようやく数歩進んでも別の人に呼び止められる。これの繰り返しで一向に前へ進めなかった。

 陛下から離れてわずか数十メートルの間に、わたしは百回くらい「お会いできて光栄です」と言ったような気がする。しかし、彼はさらに多くの「ありがとう」を返していた。


 貴族社会って大変だ。

 どこが一番しんどいって「顔」だ。

 笑顔を貼り付けるにしても、今のわたしでは持続時間が短すぎる。まるでほっぺが石になったかのようだった。このままでは顔がつる……。

 晩餐会は途中にモグモグしている時間があるので、顔筋リセットができていた。リセットツールがない状況で笑顔を絶やさずにいるのは予想以上に大変だ。もっと顔筋を鍛えなければ、王族の妻は務まらない。

 未熟者には食べ物が必要だ。さもなくば、もう顔からほっぺを取り去るしかない。

 ヴィルさんごめんなさい。ド平民な婚約者で本当にごめんなさい。


「はぐぅ……」

「リアっ!?」

「す、すみません。わたし、粗相をしていないでしょうか」

「何を言っているんだ。完璧だよ、完璧!」

「実はさっきから顔が痛くて」

「部屋に入ろう。廊下に出れば休憩用の個室がある」

「あ、でも、飲み物でもいいかも知れません」

「よし。リアに何か飲み物を。んん~っ……酒ばかりだなぁ」


 周りで配られているのはワインやシャンパンなど、ほとんどがお酒だった。飲んでいるフリでも多少は顔休めになるだろう。ただ、晩餐会でお茶を飲んだのを最後に水分補給をしていないので、喉も乾いている。

 入場前の控え室にお水があったのに、アレンさんとじゃれてしまったせいで飲みそびれていた。お酒を頂くにしても、まずはお水かお茶が欲しい。

「やはり部屋へ向かおう、もう少しの辛抱だ」

「はい。すみません」

 喉が乾いたと自覚した途端、急激につらくなってきた。

 ここは砂漠だ……。


 照りつける灼熱(しゃくねつ)の太陽。

 焼けて舞い上がる乾いた砂。

 群がる人々の熱狂は果てしなく。

 オアシスを求め、あてもなく歩き続ける。

 わたしは、顔がつりそうな旅人。

 (神薙リア様 心のポエム)


 身分が高いおかげで、大きな個室があるらしい。

 お茶とお菓子、それから高級フルーツも用意があるとの情報をキャッチした。砂漠を進めば、確実に楽園は現れる。

 気力を振り絞って口角を上げ、チョビチョビとしか進めない道を必死で歩く。

 やっとの思いで廊下に出ると、やや人口密度が下がっていた。これならば移動速度も上がるに違いないと、期待に胸が弾む。

 しかし、ヴィルさんの王族パワーには、場所も人口密度も関係ないようだ。結局は一歩進むごとに話しかけられ、牛の歩みは続く。

 今さらだけど、本当に今さらなのだけれども、わたしは大変な人と婚約してしまったようだ……。


 梅林止渇だ。

 祖母が漬けていた梅干しを思い出して渇きに耐えよう。

 砂漠の行軍は想像力が大切だ。この渇きに健康志向な減塩梅やはちみつ梅では役不足。昭和生まれが漬ける塩分十一%の梅干しが最強だ。

 ああ、想像しただけで口がすっぱいマン。おばあちゃま、ありがとう。莉愛は必ずや砂漠を踏破してみせます。

 王宮のおいしいお水は目前だ。

 水分補給が済んだ後なら、少しだけシャンパンを頂いてもいいかも知れない。今日はお祝いだし、ダンスもがんばった。きっと今宵のシュワシュワは格別に違いない。

 さあ笑うのです。プライスレスのスマイルを振りまくのですっ。

 ハァ、ハァ、ハァ……がんばれ、がんばれわたし……もう少しよ。


「んむ?」

 ふと右手前方に気になる部屋があった。

 女性が次々と入っていく。ほかの部屋とは異なり、入り口がドアではなく厚めのカーテンになっていた。

「あちらは?」

 同行していた侍女長に聞いてみると、女性用のパウダールームだと言う。

 座ってお化粧直しをしながら、ソフトドリンクで喉を潤せる女性専用の部屋だそうだ。全員が個室で休憩できるわけではないので、目的別の休憩室がいくつかあるらしい。

 ドクン、ドクンと胸が高鳴る。


 つまり女子専用のオアシスではありませんか♪

 はぁぁぁっ、ご覧ください! あれはフルーツと氷が浮かんだ王宮の美味しいお水! スタッフの方がピッチャーで運んでゆくところですっ。

 それはまさに、わたしの求めているもの。

 さようなら、梅干しの幻影さん。ここまで支えてくれてありがとう。

 そしてこんにちは、王宮のフルーツウォーター。会えてうれしいです。

 では皆さま、わたくしちょっと失礼して、あちらのお部屋へ行きたいと思います。しばしお待ちくださいませね。


 しかし、侍女長は非情にもこう言った。

「リア様は身分が高いので、ああいう場所には絶対に立ち入らないようになさってくださいませ」

 な、なんですとぉーーーッッ?

 女子専用オアシスは神薙様のみ立ち入り禁止だそうだ。

 そんなにひどい仕打ちがあるだろうか。わたしだって女子ですのに。神薙だからと差別を受けるだなんて。

 どうぞ身分なんてお気になさらず。仲良くお化粧直しをいたしましょう? わたしはお水だけ頂ければ十分なのです。ぐびーっと飲んだらすぐに出ます。座ってゆっくりできなくても構わないのですよ?


 そう思った直後、侍女長が絶対に入るなと言った意味がわかった。

 パウダールームの中から女性の大きな声が聞こえ、それが廊下に響き渡ったのだ。



※第248話は欠番です。


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