小鳥の挨拶
合図を受け、ヴィルさんのエスコートで会場に入った。
神薙が顔出しでヒト族のいる舞踏会に出るのはまれだと聞く。入場と同時に歓声と拍手で会場が揺れた。
つい今しがた「ヴィルさんだけを見ています」と言った舌の根も乾かぬうちにごめんなさい。
この状況で「俺だけ見ていろ」はムリがある。むしろ周りがすごすぎて、彼が霞んで見えないくらいだ(泣)
幸い、すぐ近くにはいつもの護衛騎士がいた。
物々しさをおさえるため、第一騎士団は全員が私服で参加している。実際は普段よりも警備に動員されている人数は多く、視界の中には見慣れた顔がチラホラあった。
ふとアレンさんと目が合った。メガネを外しておしゃれをしている彼は、ほぼ大量破壊兵器だ。しかし、彼は歩きながら段取りの説明をしてくれていた。
「この先の階段は五段目まで上がってください。少し広くなっているのでわかります。上がり終えたら、来客のほうへ向き直り、そのままで」
さっきまでイケメンビームでわたしをなぶり殺そうとしていた人とは思えぬ安定のお仕事ぶり。なんだかホッとする。彼はこういうところが少しだけ日本人っぽい気がした。
アレンさんの言うとおり、幅の広い階段を五段上がった。そのさらに上の段には王の椅子があり、陛下がこちらを見下ろして微笑んでいた。
振り返ると、人で埋め尽くされた視界の真ん前に、ぽっかりと空いたダンスフロアがある。わたしたちがオープニングダンスを踊るために中央が空いていた。
ついに本番だ……。
人を見ると緊張してくるので、遠くの床を見て、なるべく視野を広げないようにした。
大勢の前で踊るなんて、できることなら避けたかった。ダンスのダの字も知らない素人を、よくこんな場所に引っぱり出そうと考えたものだ。
陛下はいろいろと期待していることがあるのだろう。けれども、わたしの目標はあくまでも「平均点ダンス」を踊ることだ。
満点ではなく、あえて平均を狙う。神薙だからといって、特別な存在は目指さない。着実な一歩を踏み出せればそれでいい。
普通で在り続けることが、わたしにとって最大の生存戦略かも知れないのだ。
期待外れな神薙でいることは、生命の危機に直結すると聞いた。期待に応えようと努力はしている。しかし、それと同時に期待値そのものを下げてもらうための活動もしておきたい。
人間誰しも「ごく普通の人」に対して過度な期待はしないものだ。だから、ごく普通の人であることを皆さまにわかっていただきたい。そこが今日のわたしの「満点」になる。
陛下は二人の婚約と、ヴィルさんの領地相続の発表をした。
彼以上に身分の高い夫を取ることはまれであるため、彼が正妻ならぬ『正夫』となり(※マサオではない)彼以降の夫は『側夫』になるという説明があった。
わたしは心の中で「二人目の夫などいない」とツッコんだ。
「残念ながら甥に先を越されてしまったが、これに懲りず二人目の夫の座を狙おうと思っている」
陛下の冗談に会場はドッとウケている。
「皆、今日は心も腹も満たし、楽しんで帰ってくれ。まずは主役に踊ってもらおう。若い二人に祝福を!」
劇場型イケオジの合図で、オーケストラを従えた指揮者がタクトを構えた。
彼と手をつなぎ、ゆっくりと中央へ向かう。それなりに緊張はしていたけれども、逃げ出したいほどではなくなっていた。
視界の中には必ずアレンさんとフィデルさんがいて、その存在がわたしを安心させてくれた。
フロアの中央に立った瞬間、会場の照明が少し落ち、淡い光の中にわたしたちだけが浮かび上がっていた。
こんな演出があるなんて聞いていなかったけれど、細かいことを気にしている余裕はない。ひたすら自分に「わたしは小鳥、わたしは小鳥」と言い聞かせた。
オーケストラによる豪華な演奏が始まり、練習を重ねた『小鳥の挨拶』を踊る。
ヴィルさんは世界を癒す王族スマイルを浮かべ、優雅にわたしをリードしてくれた。
彼の腕に身を委ね、お庭で遊ぶ小鳥のように軽やかに舞う。
さすがに周りの人々の表情を見る余裕はなかったけれども、習ったとおりに踊れている実感はあった。確実に平均点は取れているはずだ。
「変な緊張はほぐれたようだな」と、彼が小声で言ったのでうなずいた。
「次はもう少し速い曲も練習しよう。こんな舞台にもすぐ慣れるさ」
彼は隙のない王族スマイルを浮かべながらウィンクをした。
三分は拍子抜けするほどあっという間だった。
「あー、なんか楽しいなぁ~」と思い始めた頃には終わっていた。
満場の拍手が鳴り響く中で一礼すると、今度は歓声が沸き上がる。
ようやくホッとして、初めて周囲に目を向ける余裕ができた。たくさんの笑顔があふれ、祝福の言葉が飛び交っていた。見知らぬ人々から「おめでとう」と言ってもらえるのはありがたいことだ。
舞踏会を盛り上げるお役目は果たせたと実感できたし、大切な節目を無事に迎えられたことに心から安堵した。
ふと彼と目が合ったので、軽くうなずいた。彼の表情が「大成功だ」と告げていた。
二曲目が始まると皆が一斉に踊り出した。
ほかの曲は踊れないので、わたしはこれにて退散だ。壇上へあいさつに行くと、陛下が満面の笑みで迎えてくれた。そして「嫌でなければ練習を続けてほしい」と言う。
引き続き習おうと思っていることを伝えると、陛下は満足そうに微笑んだ。
豪華な生演奏で踊るのがこんなにも気持ちの良いものだとは思わなかった。音が体に響き、気分が高揚して、練習よりも優雅に踊れている気がする。
前の世界でライブに行って踊ったときの感覚と少し似ているかも知れない(※異世界生活のせいでいろいろズレてきている個人の感想です)
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楽しそうに踊る女子が皆キラキラしていた。
参加者には十代の学生さんもいるらしい。きっと明日は「昨日ナンチャラ様がすてきで」なんて、きゃぴきゃぴした女子トークをするのだろう。いいなぁ……わたしも混ざりたい。
宮殿の外に友達がいないことを少し寂しく感じていた。
わたしの周りには女性が大勢いるけれども、いずれも仕事で近くにいる人たちだ。
待ち合わせをしてゴハンに行くとか、一緒に気晴らしに出かけるとか、かつて当たり前だった「女友達」は今いない。
上下関係、仕事、損得……そういったものと関係なく付き合える普通の友達が欲しかった。
舞踏会は友達を作るチャンスかと思っていたけれども、少し勝手が違うようだ。ここまで人が多いのは想定外だったし、誰に声をかけるべきかもわからない。
「どうした? 物欲しそうな顔をして」と、ヴィルさんが言った。
「あっ、いいえ。ちょっと、考え事を」
「考え事?」
「そのぅ……女の子のお友達が欲しいなと、常々思っていて」
「侍女では役不足か?」
「お仕事と関係なく付き合える人もいたほうがよいかと」
「確かに侍女は仕事だな」
「一緒にお出かけしたり、お茶をしたり」
「難しいだろうが、クリスに聞けば良さそうな令嬢を教えてもらえるかも知れない」
「くまんつ様の紹介なら安心ですねぇ」
「今日は例の元侍女が来ているのではないか? 人が多いから見つけるのが大変そうではあるが」
「そうですねぇ」
侍女だったマリンが婚約者と一緒に来ている。
事前にやり取りしていた手紙で「会場で会いましょう」と約束してはいたものの、読みが甘かった。この大舞踏会で待ち合わせもせずに数少ない友達に会えたなら、ちょっとした奇跡だ。
いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m




