しんじゃう
晩餐会の終了後、オジサマたちと一緒にぞろぞろ歩いて舞踏会会場へ移動した。
わたしたちは陛下が呼び込んでから入ることになっているので、それまでは控え室で待機だ。舞踏会を仕切っている裏方の皆さんもいるので、部屋の中は少々ざわついている。
催しを仕切らせたら王国一と言われている文官のザマンさんがいたので、軽く雑談をした。
「中をのぞいてみますか?」と言ってくれたので、会場とつながる扉から、そっと中の様子を見てみることに。
「んっ? えっ、これは……! えーっ?」
と……とんでもないことになっている。
語彙力が崩壊しそうなほど広くて人がいっぱいだ。それに、想像していた豪華よりも上を行く豪華がそこにある。
陛下の財力はちょっとおかしい。
「リアが来て以来、大もうけしている」と言っていたけれども、もっと前からボロもうけしているとしか思えない。そもそもこの一連のイベントだって、大変な予算がかかっているはずだ。
狭い隙間から見える範囲をキョロキョロ見ていると、ベルソール商会のセレクトショップが撤収作業をしていた。そこが中央であり、わたしたちが踊る場所だ。
「ほ、本当にこんな場所で踊るのですか……?」
「広々と踊れて良さそうだろう?」
ヴィルさんがニコッと微笑んだ。
広くていいよねとか、そういう次元の話ではない。何を食べて生きてきたら、彼のような特大の肝っ玉を手に入れられるのだろうか。
口を開けて見上げていると、アレンさんが後ろから手を回してそっとアゴに触れ、わたしのお口を閉じてくれた。
「む、ムリです。しんじゃう。もう発表しなくてもいいかなって思……」
「大丈夫。ほら、深呼吸をしてごらん」
深呼吸ですか。わかりました。
すぅぅぅ、はぁぁぁ~~……。
「どうだ?」
「まるで落ち着きません。これはたぶん心臓病です。わたしの命は残りわずかです」
余計に緊張してきた。やっぱり無理だ。わたしにこんな大役が務まるわけがない。
……逃げよう。
「うわぁぁんっ」
「こら、逃げるな。アレン、小リスを捕まえろ! すばしこいぞ」
逃げようとするわたしを、アレンさんが笑いながら捕まえにくる。
負けるものか。彼には前に一対一の勝負で勝ったことがあるのだ。
「押し通るぅーっ」
さようなら皆さん。わたしはお家に帰ります。
「ふはっ! 早く捕まえてくれ。踊る前に俺の腹筋がやられる!」
ヴィルさんはゲラゲラ笑っていた。
「リア様、観念してください」
「しんじゃうっ、しんじゃうぅ~っ」
「死なないから大丈夫ですよ」
「いじわるしないで、どいてー」
「逃げても隠れる所はないですよ?」
アレンさんとフェイントの掛け合いでちょこまかちょこまかやっているのを、ヴィルさんは護衛の皆と爆笑しながら見ていた。
「うわあぁん、やだやだやだぁー」
「はははっ、悪い子はこうですよ」
「きゃんっ」
「捕まえた」
出口の扉まであと少しというところで、彼の長い腕が伸びてきて捕まってしまった。ひょいと抱えられてヴィルさんの所へ運ばれる。
「いい子にしてください? もうすぐ入場ですよ?」
「うう……あんなにたくさん人がいるなんて」
「大丈夫大丈夫」
「心臓が痛い……」
「よしよし。深呼吸しましょう?」
いくら深呼吸をしても心臓がぴょっこんぴょっこん飛び跳ねる。
逃げ出さないようにしたいのはわかるのだけど、派手派手ブルーのお貴族様スーツでノーメガネという刺激的な(?)出で立ちのアレンさんに、抱っこされて・ギュッとされて・ヨシヨシされて、挙げ句の果てにはバックハグ(拘束?)されているため、余計バクバクしていた。深呼吸をするたび、香水のいい香りを吸い込んで死にそうになる。
ヴィルさんは、クスクス笑いながらこちらを見ていた。
ふてくされているわたしとは対照的に、彼は超ご機嫌だ。
「何が面白いのですか~っ」
「リアの見事な陽動を間近で見られて満足だよ」
「あの桃色の靴でないとキレがないですね」と、アレンさんが後ろで言った。
ペタンコ靴があれば勝てたかも知れないけれど、今日は分が悪い。
はああ、なんということでしょう。
どうしてわたしが、こんな場所で踊るのか……もはや意味がわからない。
「また勝負しましょうね?」と、彼が耳元でささやいた。
ひやあぁぁぁ、耳ぃ~ッ! 耳がぁ~!(激ヨワ)
本番直前に落ち着かせるどころか動揺させてくる。話題を変えないと危険だ。
「へ、変なところはないでしょうか? ドレスとかお飾りとか」
すると彼は「どこから見ても女神ですよ?」と、また耳元でぽそっと言った。
はあぁぁぁっ。ぞわぞわする。
なんだかもう怖い。だって婚約者の前でこんなことをされているのに誰も怒らないのだ。怒らないどころか生温かくニコニコして見守っている。前の世界なら大炎上する場面なのに……。
「どうしましょう。眉毛が変とか、口が曲がっているとか、鼻が上を向いていたら」
「食べてしまいたくらい可憐ですよ?」
うぐっ! し、し、死ぬっ。
心臓がいよいよ止まりそうだ。
「ヴィ、ヴィルさんっ」
助けてください。アレンさんが無自覚にわたしを殺そうとしています!
「どうした? 世界中に自慢したいほど綺麗だよ」
そうじゃないぃぃ。後ろでキラキラしている人から助けてほしいのですー!
「神薙様、そろそろご準備をお願いいたしまーす」
ザマンさんから声がかかった。
こ、この精神状態で大勢の前に出ろと?(涙)
お、終わった……もう死んだ……。
「は、はわあぁぁぁ~っ。も、もうダメですぅ~~っっ」
ジタバタしていると、またアレンさんがギュッとしてヨシヨシする。
「大丈夫ですよ」
「全然だいじょばないです」
「リア様」
「ひ~~ん……っ」
「たくさん練習したでしょう?」
「ハイ」
「リア様はすごーくがんばりましたね」
「はい……それはもう……」
「だから大丈夫です」
「そうだぞ、リア」と、ヴィルさんが言った。
しかし、また彼は早口でしゃべっている。
「さっきの晩餐会のほうがよほど大変なのだぞ? いいか、ヨークツリッヒ伯は、俺のことをあまり良く思っていない面倒くさいジイ様だったのだ。リアが上手くやってくれたおかげで和やかに食事ができた。あの人を味方にできたら俺の人生が変わるかも知れない。そんなことに比べたらダンスなんて取るに足らないことだぞ? たったの三分じゃないか。拍子抜けするほど短い。失敗したってどうとでもできる」
オルランディア語は日本語とは語順が異なるので、長文を頭の中で要約するのは時間がかかる。だから早口でバーッとしゃべるのはやめてくださいとお願いしているのだけど、彼はよくこうなってしまうのだ。
「えーと……面倒くさいヤキトリが、和やかに三分で失敗をして、拍子抜けする人生……を? ダンスで? 味方に?」
後ろでアレンさんが噴き出した。
ごめんなさい。自分で言っていてもおかしいとは思います。
「どうしてそうなるのだ」
「団長が悪いのですよ」と、アレンさんが笑いながら言った。
「大丈夫だ。落ち着け、リア!」
混乱させた張本人も笑ってしまっている。
「我々がダンスを習うとき、女性の失敗をごまかす方法も習うのですよ。だから大丈夫」と、アレンさんがささやいた。
わたしが必要としているのは、まさにそういう情報だ。
「さあ、ここまで来たら楽しむぞ。周りが怖いなら俺だけを見ていろ」
ヴィルさんはドーンと胸をたたいた。
確かに、周りを見なければ練習と一緒だ。
もうこうなったら本当に彼だけを見ていようかしら。
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