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ヤキトリ伯様

 マヨタルタル教の教祖様と化したわたしの婚約者は、こぶしに力を込めた。

「貴公の領地には美味い地鶏があるではないか!」

 彼は『神薙の厨房』の営業マンにでもなる気なのだろうか……。

「リア、聞いてくれ!」

「は、はい?」

「こちらの方の領地には、建てたばかりの美しい居城があり、城下町には宿がたくさん建ち並ぶ。なぜならリオス山へ向かう観光客が多いからだ」

 リオス山? はて? どこかで聞いたことがある。

 わたしはナイフとフォークを動かす手を止めた。

 もしや、避難訓練で領境まで行ったとき、富士山と間違えた山ではないかしら?


「宿場町には炭火で焼いた地鶏の店が何軒も軒を連ねている」

「まあ♪ ヤキトリ!」

 むむむ、行ってみたいですねぇ。わたくし、ヤキトリは大好きです。

「城の近くなら揚げ鶏が名物で、王都にも支店を持つほど有名な店がある。食べればわかるが、とにかく美味だ」

 フライドチキンまで! なんて素晴らしいのでしょう。まずはその王都支店に行かなくてはっ。

「揚げ鶏にリアのソースが合うのは既に実証済みだ。ソースを作るのには新鮮な卵が必要なのだろう? 鶏がいるのだから卵だって当然あるぞ」

 ふむふむ……。

 なかなか興味深い領地だ。


「リオス山って、北の領境から見える高いお山ですよね? 確か岩塩が採れる、と。つまり塩もあるわけですよね?」

 白髪の紳士は深いシワが刻まれた目元に、ぐっと力を入れて目を見開いた。

「リオス山をご存知なのでございますか!」

「はい。母国の山に似ていたので親近感がありまして」


「雄大な山を見ながら、焼いた地鶏を食べつつエールを飲む。最高だよな?」と、ヴィルさんは右手にエアー大ジョッキを持ち、クーっと飲む仕草をしてみせた。

「コク深い黒エールに、レモンを絞った揚げ鶏もいい……」

 今度はエアーグラスで乾杯している。彼の心は観光地の酒場にトリップ中だ。

 観光客が多いのならば、マヨは売れるだろう。問題はその規模だ。

 詳しく調査してみないと断言はできないけれども、卵と塩が現地調達できる点はべリィナイスだ。


 彼はヨークツリッヒ伯領について簡単に説明をしてくれた。

 南北に長く、王都に近い南側は観光地として栄えている。養鶏所などの産業は北側だそうだ。領主様にはご子息が二人いて、長男が跡継ぎとして城のある南側、次男が北側の産業を支えることになる。


「ということは、工場を作るなら北側になるのでしょうねぇ」と、わたしは言った。

「城のある南側ではなく?」と、ヤキトリ伯は首を傾げる。

「新鮮な卵を使うほうが良いものができますし、南北で経済格差があるのではと思ったのですが」

「仰るとおりです。どうしても北側の就業率が低く……」

「王都にはすでに工場がありますので、北への足がかりにできる場所だとありがたいです。もし、ご縁があって工場を建てることになった場合は、営業所も近くに建てさせていただけたらと」

「それは、どういったものでしょうか?」

「営業や事務の社員が働く場所です。地元の雇用創出にもなりますし、周辺の商店にもお世話になりますので、地域活性化の一助になるかも知れません」

「お、おおぉ! 当代の神薙様はこのようなお話まで!」


 ヤキトリ伯が歓喜すると、ヴィルさんは得意げにニョキニョキと鼻を伸ばした。

「そうなのです。ベルソールが一目置くほど、彼女は何でもわかってしまう。王都の商人街でも商売の神と呼ばれています」

「そそそそんなことはありませんっ。皆さん気を使ってくださっているだけでっ」

 彼はすぐに適当なことを言う。

 わたしは七福神の恵比須様じゃないのですよぉ(泣)


 王都は地価が高いので中途半端に工場を大きくすると利益が落ちてしまう。だから第三工場は郊外がいい。

 南へ行くほど平均気温が少しずつ高くなるので、先に涼しい北を攻める。経験とノウハウを十分に蓄積してから、鮮度管理が難しい南へ歩を進める方針だ。

 リオス山は王都の北西。目指している方角ともバッチリ合う。

 こうして相手から持ち掛けられた話は、領主と一から交渉をする必要がない。手間も省けるので大歓迎だ。

 持ち帰ってじっくり検討させていただきたい。


「ヨークツリッヒ殿、正式に見積もり依頼を出してみては?」と、ヴィルさんが言った。

 もう完全にうちの営業マンだ(笑)

「しかし、神薙様にお手数をおかけしませんでしょうか」

「検討をするのはベルソール商会です。あきらめるのは実現性を探ってからでも遅くはない。後ほど窓口になっている代理店の連絡先をお知らせしましょう」

「それはありがたい。ぜひお願いいたします」


 最初は緊張していたけれども、ふたを開けてみれば楽しい晩餐会だった。

 わたしのお皿は量を調整してくれていたようでお残しもせずに済んだ。子牛肉のシチューは震えるほど美味しかったし、デザートにミルクアイスを添えたリンゴのコンポートが出てきた時は、心がちゅどーんと昇天した(美味しすぎる~♪)


 マヨのおかげで、すっかりヤキトリ伯様とも仲良しになってしまった。これで本当に工場と営業所を建てることになったらラッキーだ。


いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m


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