白髪の紳士
第十一章 婚約発表
婚約発表の日、夕方から晩餐会が開かれた。
後の予定が詰まっているため、晩餐と言うには少し早い時間からのスタートだ。
ほぼ同時刻、舞踏会の会場でも招待客の受け付けが始まっており、そちらではビュッフェスタイルでお料理が提供されていた。
会場内にはグルメストリートが作られ、陛下が各地から呼び寄せた料理人たちが、美食を並べて来場者を待ち構えている。毎年、素通りできる人はいないと評判だそうだ。
商売上手な陛下は、閑散としがちなダンスフロアも見逃さない。
大貿易商ベルソール商会にセレクトショップを展開させ、流行しそうな品々や舶来の逸品を所狭しと並べている。これを目当てにやって来る人も多いのだとか。
なぜ現場に行ってもいないわたしが知っているのかというと、社長さん(ベルソールさんのご長男)からの情報だ。
ショップで『神薙様のお披露目会ドレス』を展示することになり、お飾りと靴も含めて一式貸し出した。舶来品の超高級布地や輸入物のすてきなパーツ類が使われているので、ぜひ多くの方々に見ていただきたい。
わたしが参加した晩餐会の会場は、王宮にある専用のダイニングルームだ。
天井が高くて解放感がありつつも、圧倒的な威厳を感じさせる雰囲気だった。鮮やかなブルーのカーペットには、王家の紋章である『盾と龍』の模様が施されており、壁には肖像画や歴史的なできごとを扱った絵が飾られていて、この国の歩みや伝統を語る要素が散りばめられている。
ずらりと並ぶ長いテーブルには、真っ白なテーブルクロスが掛かり、フチには金の刺繍。テーブルセッティングは完璧で、王家の紋章が入った美しい陶磁器を中心に、銀のカトラリーが並ぶ。シャンデリアの暖かな光がホール全体に溢れ、グラスやカトラリーに反射してキラキラと輝いていた。
招待されているのは天人族の有力者だ。
お披露目会の時にランチをご一緒させていただいた『陛下と愉快な仲間たち』に、くまんつ様のパパを足し、さらに知らないオジサマをもっさりと加えた四十人弱。いずれの方も、陛下が「皆よりも先んじて婚約を発表しておくべき相手」として選んだ人たちだった。
陛下にとっては「人を厳選したので少人数」という感覚らしい。
「今日は人数も少ないし気楽にやろうな」と声をかけていた。
偉いオジサマばかりが集う晩餐会は緊張の連続だ。
お料理がサーブされるテンポが通常より早めで、食べるのが遅いわたしには少しばかり慌ただしい。
和やかに会話をしつつも、モグモグするほうのお口も休まず動かさなくてはならない。
皆さまに遅れを取らないよう、気をつけなくては。
序盤から魚介類を含むお皿が多く、ヴィルさんの食わず嫌いが炸裂するのではとハラハラしてしまう。しかし、添えられていたマヨネーズ系ソースにつられて、彼は次々と平らげていった。
「これならあと二皿はいける。南方の団子のようなものが美味だったな」と、彼が耳打ちしてきた。
南方の団子……? そんな料理、ありましたっけ?
形状から判断して「ホタテの貝柱」のことかも知れない。彼は相変わらず食の話になると面白かった。
ベルソールさんと始めた業務用調味料ブランド『神薙の厨房』は好調で、王宮もお得意様だ。
陛下もすっかりマヨラーと化しているし、招待客の中に重度のタルタリストが一名いらっしゃった。ドハマりして一週間同じレストランで夕食を食べたと話しているので相当だと思う。
マヨ仲間を得て勢いづいたのはヴィルさんだ。
「私のポルト・デリングに、第二工場を建設することになり……」と、自慢をたっぷり含んだ布教を始めてしまった。
すると、負けじと別の領主さんが、最近建てた宿のご自慢を始める。
オルランディア名物の自慢大会だ。
イヤミにならない程度の自慢話をして、成功体験の情報交換をするのが紳士のたしなみだと言う。彼は話したいことが話せてスッキリした様子だった。
「神薙様、私もお願いをしたら領内に工場を建てていただけるのでしょうか」
すぐ近くの席にいた白髪のオジサマが、控えめに声をかけてきた。
物腰が柔らかく、優しい目をした方だ。どこかの領主様らしい。
最近、五人目のお孫さんが誕生したそうで「祖父として、もう少し何かしてやりたい」と白い眉毛をハの字にしている。
「もちろん建てます」と言いたいところだけれども、いかんせん商売なので「利益が見込めれば」の前置きは必要だ。
ポルト・デリングの場合、魚介類の揚げ物が有名だし、海のレジャーもあって、もともと観光客が多い。需要は容易に予測できたし、売ってほしいという要望も届いていた。
この方の領地はどうなのだろうか。原材料の調達ができるかどうかも気になるし……。
根掘り葉掘り聞きたい気持ちをおさえ、まずはこちらから情報提供をすることにした。ギブアンドテイクは商売の基本だ。
わたしはポルト・デリング工場を建てるに至った経緯を説明した。
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始まりは一通の手紙だった。
「タルタルソースを仕入れたい」
以前泊まった超高級ホテル『ベストラの宿』のオーナーからベルソールさん宛の手紙だ。しかも『神薙の厨房』がスタートして一週間も経っていないタイミングだった。
「この人、どうやって知ったのだろう? まだ新聞報道も出ていないのに??」
ベルソールさんが首を傾げるのも無理はない。
仕掛け人はアレンさんだった。
彼は『神薙の厨房』が影も形もない頃から、友人のダニエルさんと情報交換をしていた。
ダニエルさんは彼の親友で、ベストラの宿の跡継ぎだ。
神薙の私生活を外に漏らしてはいけないという決まりはあるけれども「タルタルソースが美味かった」程度の話をされて困ることは何もない。わたしも承知の上でのやり取りだった。
ダニエルさんが王都に来た際、ソースをたっぷりと瓶に詰めて分けてもいた。
ヴィルさんがよく「冷やすのは得意」と言いながら氷魔法を使うけれども、これは「戦闘には使えないけれど、物を冷やすことぐらいはできるよ」と同じ意味らしい。
ダニエルさんも「冷やすのが得意な人」で、冷やしながらポルト・デリングへ持ち帰り、皆で試食をしたそうだ。
『神薙の厨房』が始まる話も、アレンさん経由で情報が入っていた。彼らは今か今かと商品化を待っていたのだ。
ベルソール商会は、すぐに取引の準備を始めた。
しかし、わずか五分で王都工場からの輸送は不可能だという結論が出てしまった。長距離の冷蔵輸送はコストが高すぎてムリがある。売れば売るほど損をする計算になってしまった。
すぐに現地工場を建設するプランの検討に入った。運ぶのがダメなら現地で作ればいい。
ポルト・デリングは外国人のお客様も多いため、できれば国内の材料にこだわりたい。
しかし、飛び地なので「お隣の領地」というのがない。隣は海か隣国ルアラン王国だ。これが一番の難点だった。
領内ですべての材料が手に入らない。
原材料の輸送ルートを確立できるかがポイントだった。
タルタルソースを高級品にはしたくないので、輸送費にお金はかけたくない。なるべく安く、なるべく早く、そして安全に工場へ運びたい。
さあ、どうする……?
ベルソールさんは各地から国際貿易港へ向かう『商隊』に注目した。
それは配送員に商人が同行する荷馬車の長い列を指し、隊列を守る傭兵団までを含めて商隊と呼ばれている。
利用できるとお得な点が二つあった。
まず、自分たちで傭兵を雇う必要がない。それから、商人が大勢同行しているので、コスト意識が高く、輸送にかかる経費がおさえられるのだ。
港へ向かう商隊は輸出する商品を運ぶ一団だ。入れてもらうには、それなりに信用が必要になる。ほかの商人たちと寝食を共にしながら長距離を旅するため、身元がきちんとしていないと仲間に入れてもらえないのだ。
しかも、わたしたちが運ぶのは、輸出入に関係のないアイテムばかりで、距離も短い。普通ならまず無理だろう。
ところが、こちらには知名度という武器があった。ベルソールさんはビジネス界の有名人だし、神薙の名のもとに輸送をしたいわけなので、名前を利用しない手はない。
彼はフラリとポルト・デリングを訪れ、輸送会社の社長を『ベストラの宿』のレストランで接待した。
あらかじめ王都から運び込んだタルタルソースを料理人に渡しておき、美味しい白身魚と牡蠣のフライに添えて出してもらった。お店の人も仕入れたくてたまらないので、全員が協力者だ。
彼はあっさりと大手輸送会社を仲間に引き入れてしまった。
今、『神薙御用達』の旗をはためかせた商隊が、油と塩をセッセと運んでくれている。
アレンさんとダニエルさんのつながりをきっかけに、第二工場の話はサクサクと進んだ。わたしたちにとっては素晴らしい成功事例だ。
ただ「ほかの領地だとここまでスムーズには進まないだろう」とベルソール商会の皆さんは口をそろえて言う。
誘致の話を頂戴しても、まずは現地の需要を徹底的にリサーチすることになるはずだ。
☟
「まさか、商隊まで使う規模の需要があるとは……。それだと、海もない私の領地では難しいかも知れませんね」
白髪の紳士はポルト・デリング工場の話を聞いてションボリしていた。
すると、隣からヴィルさんが声をかけた。
「いいや。ヨークツリッヒ殿、あきらめるのはまだ早い!」
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