白色の婚姻
「色物の服って?」
「俺の場合は白い礼装用の騎士服が着られなくなり、紺の礼服になる」
「どうしてそんな一目瞭然にする必要が?」
「そういう『しきたり』だ」
「白の服を着て黙っていればわからないでしょう?」
ヴィルさんは大きなため息をつきながら首を横に振った。
「『しきたり』って、意味不明なものが多いよな。よく調べれば何らかの意味はあるのだろうが」
「そうですねぇ」
「結婚式の朝、貴族は王宮へ行って『真実の宝珠』の前で宣誓をする。その宣誓文が厄介だ。『僕は妻に何もしていません』という内容の宣言を読まされる。『すべてイイエで答えろ』と尋問を受けているのと同じことだ。婚前交渉は必ずバレるようになっている」
「プライバシーの侵害ですねぇ」
「色物を着ていれば大勢の前で『自分は忍耐力のない奴です』と宣言しているようなものだ。一般人ならファッションだとか言って適当に言い逃れができるかも知れないが、王族がそれをやると格好悪いだろう?」
「わたしはてっきり花嫁の純潔にこだわる古い慣習なのかと」
彼は腕組みをして「ふむ」と言うと、少しの間考えていた。
「もしかしたら昔はそうだったのかも知れない。しかし、飢えた狼の前でウサギに自己防衛を求めるような話だよな?」
「女性ばかりに純潔を求められても困りますしねぇ……」
男性が恥をかくやり方に変えることで、そういう考え方を改めさせたのかも知れない、と彼は言った。そうすれば、二人で一緒に『男の自尊心』と『花嫁の純潔』を守ることになるからだ。
彼はリボンから手を離し、いくつか深呼吸をした。
「俺の場合、相手が神薙ともなれば、誰もが『色付きの婚姻』をすると思うだろう」
一部の天人族は、いまだに神薙を淫獣だと思っている。自分が白以外の服を着ていたら、それを認めたも同然の状況になってしまうと彼は考えているようだ。
「欲に目がくらんだ虫がリアに近づく隙を与えてしまう。俺はあの見合いの日のような思いは二度と御免だ」
「ヴィルさん……」
「婚姻の手続きをしたあと、俺は記者の取材にも応じなければならない。そこで何を着ていたかは国中の人の知るところになる」
「そ、そうなのですねぇ」
「王族のわりに凡人で申し訳ないとは思っているよ。しかし、俺なりに努力はしてきたという矜持がある。たかが服の色で丸ごと否定されたくない」
真剣なまなざしで彼は言った。
「俺は絶対に、白の礼装でリアの隣に立つと決めている」
わたしは感動していた。
貴族の婚約期間は、男のプライドを懸けた我慢大会でもあるのだ。
知らなかったとは言え、プルプル耐えている姿を面白がったりして申し訳ない気持ちになった。こんなにきちんとした理由があるのなら、わたしも協力したい。話してもらえて良かった。
——なのに、だ。
なんでこの人は、さっきからわたしのお胸を触っているのだろうか。
「ヴィルさん……」
「リアにも我慢を強いてツライ思いをさせている」
「わたしは我慢など強いられていません」
「節度を持っているので、そこは安心してほしい」
「いいえ。ここが図書室で、そこの扉の鍵が開いている時点で節度がありません。そもそも節度があるならお触りも我慢できるのです」
わたしの感動を返して(涙)
やっぱり彼は今日もワンワンしている柴犬だ。
「ちょ……そこばっかり触らないでくださいっ」
「ほかのところがよいのだな?」
彼はするっと手をスカートの中に入れた。
ノォォォーっ!
「ヴィルさん……それは絶対に違います」
「これは調査だ。あくまでも調査だから」
「意味がわかりませんっ」
彼の手が太ももから左腰あたりへ滑っていくと、急にピタリと止まった。
モソモソと指だけが動いている。
くすぐったい。何をなさっているの? もしや、おぱんつのヒモをいじっておられます?
「こ、これは!」
「いい加減にしてください」
「これはぁぁ……!」
彼はまたプルプル震えだした。今度はそっちをほどきたくて葛藤しているのだ。
彼が目指している『白色の婚姻』は、物理的な距離を取らずには達成が難しい。本気で白の礼服を着る気なら、必要以上に触れ合うべきではないし、お触りは自重してもらわなければならない。
彼はこめかみに血管を浮き上がらせ「リア、覚えていろよ」と恨みがましい目で言った。
変なステテコを卒業して普通のおぱんつをはいているだけで、この言われよう。
「逆恨みです。自分で言い出したくせに、わたしのせいみたいに言わないでください」
ヴィルさんのカッコイイおぱんつも作ってあげましょうか? 夫が変なおぱんつだと、わたしもちょっとガクーっとしてしまうかも知れませんから。
「これは、例の赤たまねぎと作っているものか?」
「はい。たった今、男性用のも作ろうと思いつきましたけれど」
「店を出すのか?」
「費用を回収したいので、出せたらいいなと思っています」
「結婚後に?」
「ヴィルさんが見たあとに、ですね」
「では、結婚後だな」
彼は自分に言い聞かせるように、もう一度「うん、結婚後だ」と言った。
「ちょっと確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「……これは引っ張ると脱げるのか?」
意味不明すぎる確認事項である。
「なぜそんなことを確認する必要が?」
「重要な確認だ」
「今引っ張られると困ります」
「脱げるのだな?」
「……ええ」
彼は真っ赤な顔で「やばい」とつぶやき、またプルプルしていた。
そのまましばらく何かを確認しているかのように腰回りをなでまわしていたけれども、結局ほどくことはしなかった。
相変わらず彼はよくわからない人だ。
この中途半端な感じが結婚まで続くのかと思うと少々複雑な心境ではある。ただ、王族として正しく在ろう、民の模範でいようとする彼の気持ちは尊重したい。
後日、彼は王宮へ出向いたついでに「結婚式を早めたい」とイケオジ陛下に直談判したようだ。
そして、当初予定よりも少し早めることができたと言っていた。
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納品された舞踏会用の服を試着し、互いの姿にほれぼれして褒め合うと、最後の通し稽古をした。
いよいよ婚約発表だ。
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