ご褒美
ヴィルさんのはからいで、魔法の講義を引き続き受けられることになった。
もともとユミール先生との定期的なお茶会があるので、ただ雑談をするよりも有意義な時間になる。
わたしは魔法を教わりたい。先生は神薙の能力の研究をしたい。魔法を教えるついでにさまざまなデータを取ることができるので、先生も「ぜひやりたい」と言ってくださった。
ヘルグリン病は「治る病気」として、国を挙げて対策をしていくことに決まった。
まずは治癒師の能力詐称や、根拠のない理由で治療を拒否することを禁じる医事法を構えるようだ。
陛下はわたしに褒賞を出そうとしていて「何が欲しい?」と聞いてきた。もう神薙予算として十分すぎるほど頂戴している(というか、余っている)ので、ご褒美は固辞した。
ところが後日、王宮から荷馬車が何台もやって来て、図書室奥の部屋に大量の本が運び込まれた。
目をぱちくりさせていると「街の書店では売っていない本だよ」と、ヴィルさんが言った。
その部屋の管理責任者は司書さんではなく、第一騎士団長になっていた。
鍵は団長と副団長で管理するし、入り口には常時警備の騎士が立つと言うから、まるで宝物庫のよう。
「そんなに貴重な本なのですか?」と尋ねた。
「実は俺も初めて見る」と、彼は言う。
分厚い扉は、開けたらすぐに閉めたほうがよいとのこと。
「繊細と言えば聞こえはいいが、かなり古い本だ。劣化を防ぐために温度と湿度を管理している。もともとこの部屋はそういう書物を置くために使われていたらしく、設備が整っている。光の量も控えめだ」
「本を読むには少し暗いですね」
「手元用の照明がある所が、何か所がある。そこで読むといい」
「どうだ?」と彼が言った。
本棚にびっしりと詰まった本は、確かにどれも年代物だ。ものすごく古くて、古本屋さんの一番奥の棚に埋もれているお宝本のような雰囲気を醸し出している。
「魔法とか魔力とかに関する本なのですね?」
「そうか?」
「あ、違いました。分類がされていないだけですね?」
「ほう」
「いろんな本がごちゃ混ぜです。ほら、園芸の本の隣に氷魔法の入門書がありますよ」
「ふむ。……やはり、リアはこれが読めるのだな」
彼は本棚から一冊引き抜いて開くと、赤茶けた紙をそっとめくった。
「俺にはまるで意味がわからない。お手上げだ」と肩をすくめている。
まじまじ本を見てみると、文字がオルランディア語とは違っていた。
「これ、何語なのですか?」
「わからない」
「へ?」
「誰一人として知らない言葉だ」
「それをわたしの家に持ってきてしまったのですか?」
「リアなら読めるのではないか、という話になってね」
「な、なんてテキトーな……」
北東にある亡国パトラの王宮だった場所で図書室ごと出土した本らしい。
てっきり亡国の本なのかと思いきや、これらはパトラ語でもなく、魔術語の基礎になった古代語とも違う。
解読しようにも取っ掛かりになる情報がなく、すべてが謎のままだったと言う。
「リアが旧パトラと関係があるのではないか、というのは我々の勝手な憶測だ。訛りがパトラの王族と同じだからね。それに、誰からも教わっていないのにオルランディア語を話し、隣国の王族とも現地の言葉で会話ができる。旧パトラと無関係だったとしてもリアなら読めると思った」
訛り? 今、訛りって言った?
「あの、わたしって訛っているのですか?」
「ん?」
「それでヴィルさんに恥ずかしい思いをさせていませんか?」
「いやいや、変な訛りではないよ」
「でも、皆さんと同じ発音でお話ができるよう直さないと」
「無理をする必要はないぞ」
「身分がバレてはいけない場面もありますし」
「……たしかに、リアは街に出るからな」
「ヴィルさんの奥さんになるので、振る舞いには気をつけなくては」
王都で暮らす公爵夫人が「平民の格好で街をふらふらしていて、訛っていて、行儀も悪い」とか言われるとよろしくない。故郷の方言ならわかるけれども、異世界育ちのわたしにそれは通用しないのだ。
オルランディア語には巻き舌が多いので、それが続いたときの巻きが甘いとか、そういう類の訛りかも知れない。
「言葉遣いもそろそろ本腰を入れて直さないと……ヴィルさんのためにも」
「またそういうことを言って俺をドキドキさせる」
彼はわたしの髪をするするなでると、顔をのぞき込んだ。
フェロモンのアマゾン川みたいな人がよく言う。こちらは彼がそばにいるだけで心臓が忙しくて仕方がないのに。
「ドキドキさせられているのは、わたしのほうなのですが」
「薄暗い密室で飢えた狼を煽るとは勇気がある」
「え? 煽……ちょっと待ってください。それはやめたほうが……っ!」
彼はひょいとわたしを持ち上げると読書用の長椅子に座らせ、どセクシーな口づけをした。
確かに部屋が薄暗いのでそんな気分になるかも知れないけれども、わたしたちの状況的にはあまりオススメできない。
予想どおり、胸のリボンに手をかけたところで彼はプルプルと震え始めた。最近これが王道のお笑いコントのようにパターン化しているのだ。
「ああ~~、くそっ、どうして俺はこういつもいつも性懲りもなく!」
相変わらず彼は結婚するまで清い身でいることにこだわっている。しかし、信念と本能との板ばさみで苦悩していた。
あきめてはどうかと提案したけれども「婚約者の肌を暴くなんてとんでもない」と彼は言う。
「婚前交渉をした夫は、結婚式の日に色物の服を着ることになるのだぞ?」
「イロモノ?」
「王族が『色付きの婚姻』だなんて格好がつかない。大恥だ。指を差してばかにされる」
ヴィルさんはうつむきながら言った。
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