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特別なお茶

 キラキラときらめきながら宙を舞った魔素茶は、ヴィルさんのお高い服と超高級カーペットにパタパタと落ちていった。

「お……お……おお……ぉ………」

「美味しくないって言っているのに、たくさん口に入れるから」

 言葉が出ないほどのダメージを受けた彼の背中をさする。


 魔素茶は徐々に牙をむく飲み物だ。

 口の中と脳がシビれるような苦さがあるものの、その持続時間は短い。だから「平気かも知れない」という気にさせるのだ。

 調子に乗って二口目に差しかかると、一拍遅れて謎のえぐみが口の奥をビリビリと刺激し始める。この第二波がキツい。

 シビレに動揺していると第三波が来る。かつて経験したことのない臭気が鼻の奥を突き上げ、体が全力で拒絶するのだ。

 世界征服をもくろむマッドサイエンティストが作り出した化学兵器のようなお茶だった。

 シンドリ先生の柔和な笑顔にだまされてはいけない。あの方は美味しくないものを作る天才オジイチャンだ。


 口元を拭いてあげると、彼は涙目でプルプルしていた。

「こんなにひどい茶は初めてだ。執務棟でクリスが買ってくる変な茶が美味にすら思える」

 わたしの目からも涙がテロテロと流れていたので、思わず窓の外を見た。

 きれいなお月様が見える。えずいて出た涙は天気に影響しないようだ。


「砂糖を入れたら飲めるのではないか」

 懲りない彼は山盛りのお砂糖をスプーンに三杯も入れてグルグル混ぜている。

「余計にひどくなる気がしますよ?」と忠告したけれども、もう飲む気満々だ。

 わたしはショックで腰を抜かしていたメイドさんに声をかけるため、いったん席を立った。かわいそうに、まさかここに美味しくないお茶が持ち込まれるなんて思いもしなかっただろう。知らぬ間に自分が毒入りのお茶をいれてしまったと勘違いしたようだ。

 メイドさんと一緒に紙ナプキンを持ち、あちこちに飛んだ『王家の飛沫』を拭き取った。

 たぶん【浄化】ではお茶のしみは落ちない気がする。明日は朝イチで服とカーペットのしみ抜きを頼んでもらわなくては……。


「よし。リアは待っていろ。俺が毒味をする」

 彼は眉をキリリと上げ、中腰でいつでも駆け出せるような体勢をとった。

 それはスピードスケートの選手が「位置について」の号令と同時にとる構えであって、決してお茶を飲むときの姿勢ではない。しかし、再び『ヴィル汁』をまき散らすよりは、その姿勢で飲んだほうがいいだろう。


 予想どおり、口に含んだ瞬間「ふぐッ」と顔をしかめ、彼はだいぶフライング気味にスタートを切った。そのまま猛スピードでバスルームへ向かってダッシュしていく。

 『魔素茶ダッシュ』初代ゴールドメダリストが誕生した瞬間である。

「やっぱりね」とつぶやきながら、サロンを駆け抜ける未来の夫にハンカチを振った。

 こんな時に不謹慎だけれども、走っている姿もステキだ。腕の振り方がいいし、フォームが美しい。


「変な化学変化を起こしているかも知れない。砂糖は危険だからやめておけ」

 バスルームから戻ってきた彼はひどい鼻声で言った。涙目を通り越してボロボロ泣いている。

 口直しに普通のお茶を飲むと「普通って尊いよな」としみじみと言った。ぐすんと鼻を鳴らして、ハンカチで涙を拭っている。

 もともと飲食に保守的な彼が、よくこんなものを何度も飲んだな、と感心してしまう。


「冷やしてみましょうか。わたしの国には千回振り出してもまだ苦いセンブリ茶というのがあって、それは冷やして飲むと多少マシだと聞いたことがあります」

 その冷やしたセンブリ茶もイタズラと罰ゲームでおなじみだったけれど、とりあえずそれは言わないでおいた。

「よし! 冷やすのは得意だ」と言うと、彼はカップに手をかざし、小声で詠唱をした。すぐに氷の粒がちらちらと現れてお茶を冷やしていく。

 冷えた魔素茶を二つのカップに分け、今度は「せーの」で同時に挑戦だ。

「んおっ!」

「んんん……」

 破滅的に美味しくないけれども、あとから来る謎の臭みが少し和らいでいる。ただ、やはり一口が限界で、二口目の壁は破れなかった。


 ☟


 翌朝、魔力量を計測してみると、魔素茶を飲む前と比べて回復量が多いことがわかった。

 効果があることを数字が物語っているのだから、もう気合いで飲むしかない。

 結局、お茶として飲もうとしていることが間違えているのだという結論に至り、冷やしたものを「苦いお薬として」飲むことにした。「良薬は口に苦し」だ。

 一口ずつを一日に何度も飲めばいい。欲張らないことが大切だ。慣れてきたら少しずつ量を増やしてみようと思う。


 地獄の山ごもりから戻ってきたアレンさんは、帰ってくるなりヴィルさんから魔素茶の話を聞かされていた。

「たかがお茶で泣くとか……フフッ」

 鼻で笑ってバカにする彼に、ヴィルさんが砂糖入りの魔素茶を差し出している。

「そう言わずお前も飲んでみろ。これが飲めたらすごいぞ」

 アレンさんは自ら志願して魔素茶チャレンジを行い、まんまとバスルームにダッシュした。そして、ジャバジャバと滝のような涙を流しながら「なんてものを俺の神薙に飲ませているのだ!」と怒っていた。


 小さなおしゃれグラスに注がれた冷たい魔素茶。毎食後、クーっとひと思いに飲み込む。

 余裕があれば食前にも飲んだ。美味しいものに挟まれていれば精神的な苦痛が和らぐため、三時のおやつの前後もねらい目だ。


いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m


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