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昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど  作者: 睦月はむ


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やっぱり使いたい

 婚約発表の日が迫っている。

 わたしたちはダンス漬けの日々に戻っていた。

 練習が熱を帯びるほど、わたしは魔法を使いたくてウズウズ、モジモジ。

 魔力がほとんど回復しない残念体質だと知らされたときは「もう魔法なんか使うもんか」と思ったものの……ごめんなさい、やっぱり使いたい。


 ダンス中、ヴィルさんとわたしの距離はとても近い。婚約者なので普段からボディータッチも多めだ。汗をかいている状態だと申し訳ないし、仮に彼が気にしなかったとしてもわたしは気になる。

 浄化魔法が使いたい……。


 アレンさんはきれい好きで気遣いの人なので、彼が一緒だと、何かするたびに【浄化】をかけてくれる。

 ちょっと踊ると【浄化】

 何か食べる前に【浄化】

 食べ終わっても【浄化】

 フィデルさんは彼ほどではないけれど、やはりこまめに【浄化】を掛けてくれる人だった。

 彼らがいないときにダンスの練習をすると、途端にわたしは汗だく神薙になってしまう。


 午前の練習が終わると、大急ぎでバスルームに駆け込んでいる。汗を流して着替えてお化粧して、それからお昼ご飯だ。午後の練習のあとも同じプロセスを繰り返すことになるので、これが毎日だとさすがに忙しくてくたびれてしまう。

 アレンさんが一週間不在になることで、衛生面にまで不便が生じるとは想定外だった。

 だからと言って、ヴィルさんに【浄化】をお願いするのもなんだか恥ずかしい。


 それとは別に「お掃除がしたい」という思いもある。

 わたしはシンクの掃除やお風呂掃除、ベランダ掃除などが好きだ。

 でも、やらせてもらえない。

 これまで何度か掃除道具を借りにいったことがあった。しかし、バケツやデッキブラシを持って歩くと、やや潔癖気味なアレンさんの心をえぐってしまうのだ。

 彼自身が掃除道具を持つ分には平気なのに、わたしが持っていると生理的にダメらしい。

「バッチイものに触ってはいけません!」と、真っ青な顔で怒るのだ。

 一応、話し合いは試みた。

「わたし自身から出た汚れなのだから、自分で掃除するのは当たり前でしょう?」と言ったら、彼は「あなたに汚れなんかない」と答えた。

「いやいや、人は皆バッチイものを出して生きているでしょ?」

「あなたの体からバッチイものなど出ない!」

 どうもその界隈の話になると、彼の考えは極端だ。

「推しはトイレになんか行かない」とか「推しの吐く息に二酸化炭素は含まれていない」とか、極めてしまったアイドルオタクのように、ゼロ廃棄物(ウェイスト)&ゼロ炭素(カーボン)思想になってしまう。

 雑巾で窓を拭くのもアウトだったので、もう仕方がない。道具を使ったお掃除はあきらめざるを得なかった。

 【浄化】は、アレンさんの心の平穏を保ちながら、わたしの掃除願望を叶えられる唯一の手段でもある。


「あーあ、魔力さえあればなぁ」と、一日一度はため息をついていた。

 ヴィルさんはわたしの悩みの本質まではわかっていないものの、魔法を使いたがっていることは理解してくれているようだ。仕事帰りに『魔素茶』なるものを買ってきてくれた。ユミール先生から教えてもらったらしい。


 夕食後のサロンで、彼は人差し指を立てて説明をしてくれた。

「これは魔素の含有量が多く、人体への吸収率が高い特別な薬草で作った茶らしい。薬師のシンドリが友人のために作っているものなのだが、もしこれが飲めるのであれば、リアの分も作ってくれるそうだ。お試し用として分けてくれた」

「見た目は普通の茶葉のようですねぇ?」

「うむ。鍋で煮出して作ると書いてある。リアの場合、一度にたくさん飲むより、一日に何度も飲むほうが効果的だと言っていた」

「早速頂いてみましょう」

 薬草を極めたシンドリ先生が言うのだから間違いない。これは期待できる。


 添付されていたレシピどおりに作ってもらったところ、赤茶色のお茶が完成した。

 色はルイボスティー、名前はマテ茶に似ている。マテ茶が「飲むサラダ」ならば、こちらの魔素茶は「飲む魔力」だろう。さあ、来い来い。わたしの魔力、戻ってこぉーい。

 熱々をフーフーして、ゆっくりと味わうように口に含んだ。

「んんっ……? ん、ぐっ!」

 強烈な苦みが口に広がり、思わず顔をしかめた。すぐに味わう余裕もなくなり、大急ぎで飲み込む。

 苦い余韻に身構えていると、不思議なことにスッと消えてしまった。もう少し苦々しいものが口の中を占領していてもおかしくないほど強い苦みを感じたのに。


「んー……」

「どんな味だ?」

「なんというか、美味しくないにしてもちょっと拍子抜けと言いますか……」

 中国の苦丁茶(クーディンチャ)のようなものだろうか。ゴーヤもそうだけれども、苦いとマズイは必ずしもイコールでは繋がらない。慣れてしまうと美味しく感じる苦味もあるわけなので、少し飲んだくらいではわからない。

 もう一口、次はしっかり集中して味わってみた。

 あっ、やっぱりものすごく苦いっ!

 でも、考えてみればジャスミンティーも最初は苦手で飲めなかっ……

「う、グッ?」


 ごッ……フ……ッ!


「リア!」

「リア様ッ?」

「ひいぃッ!」

「リア! 大丈夫かッ!」


 二口目を飲み込む手前で、わたしの体に異変が起きた。

 ヴィルさんが目を見開き、侍女が立ち上がる。お茶を作って持ってきてくれたメイドは、真っ青になってヘナヘナと腰を抜かした。

 とっさに口元を押さえたけれど、指の間から、赤い魔素茶がポタポタと滴り、ドレスを赤く染めていた。


 安心してください。吐血ではありません。ただの粗相です(しくしくしく)

 恥ずかしいのでこちらを見ないでいただけると助かります。

「ヴィルさん、悲しいお知らせです」

 涙目で口の周りとドレスにこぼしたお茶を拭った。

「この見た目で、そんなにまでマズいのか?」

 彼はカップの中をのぞき込み、匂いを嗅いだ。

「別に変なニオイではないな。ずいぶん赤いとは思うが、普通の茶の香りがする。んー……【鑑定】で確認をしてみたが異常もない。ただの薬草茶だ」


 シンドリ先生の名前を聞いたときから少し嫌な予感はしていた。先生のお薬は苦いことで有名なのだ。

 普通なのは見た目だけ。いつぞや飲んだ『しばふペースト』が美味しく感じるレベルだ。

「これは罰ゲームの味です……」

「せっかくいれてもらったし、俺も飲んでみるか」

 彼は「どれどれ」と言うと、カップに口をつけた。


「ンンォッ! んん……?」

 やはり彼も首を傾げている。そしてゴクリと飲み込んだ。

「ただならぬ苦み。まっずい、にっがい味だ」

「でしょう?」

「しかし、すぐに消えた。意外と俺は平気かも知れないな」

「そうですか?」


 彼は機嫌よく二口目を含んだ。その所作には王族らしい優雅さがある。

 しかし、すぐに「ングッ!」とうめき声を上げた。普段の彼なら有り得ないけれども、ガシャンと音を立ててカップをソーサーの上に戻している。

 そして次の瞬間、わたしの隣で世界一イケている噴水と化し、ブフォーッと大量のお茶を口から噴出させた。

 さすが王族だ。粗相をするときも派手な演出を忘れない。シンガポールにいる有名なライオンの噴水も、彼を二度見して悔しがるだろう。


「オォエッ。ウェッ」

 可哀想に(ちょっとだけ面白いけれど)

 どなたか、彼の顔にモザイクをかけてあげてください。


いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m


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