アレンさんの価値
「まあ、真面目な話をするとだな」
ヴィルさんは眉をキリリとさせた。
「今まで真面目じゃなかったんかい」とツッコミを入れたかったけれどもグッと我慢した。言うだけムダのヴィル太郎である。
「アレンの父上は、君が使用人と護衛を大事にしていることを知っていたのだろう。周りの者へ信頼の証として渡すのに最適なものを送ってきている」
「は、はあ」
「貸しを作ったままにするより、これを受け取っておいたほうがいい」
「そうは言っても……」
「君は驚いたかも知れないけど、そもそもあの金額も妥当だった」
十三億円が妥当な金額?
わたしの頭を爆発させようとなさっています?(泣)
「仮に財政状況が悪くて何も出せなかったとしても、叔父が褒賞として代わりに金を出したはずだ」
「どうして陛下が?」
「オーディンス家嫡男の命を救うというのは、国にとってもそのくらい価値がある」
どうしてだろう。貴族で、パパが偉い大臣だから??
わたしは首を傾げた。
「ちょっと、二人で話そうか」
「ん? あ、はい……」
ヴィルさんはわたしを応接室へ連れていくと、人を払ってしっかり施錠した。
促されるままソファーに座った。
「ここで話すことは内密に。本人も語りたがらない話だ」
彼は向かいに腰かけると長い足を組んだ。
「アレンは皆とは根本的に違うところがある。それが原因でいろいろと嫌な思いをしてきている。学校生活もそうだ。最初はあまり楽しいものではなかったと思う」
「何が皆さんと違うのですか?」
「一言で言えば、出自だな」
「出自……?」
「いずれ本人が話すかも知れないが、俺からもリアには話しておきたい」
彼が真面目な顔で言ったので、わたしはうなずいた。
「彼の入学式の日に初めて会話をした。かわいい新入生で、よく笑う子だった」
ヴィルさんは王宮育ちなので、アレンさんのお父様とはすでに顔見知りだった。「今度、息子が入学するのでよろしく」といった会話が交わされていたらしい。
「次に見たときの彼は、別人のように口数が減っていて、表情が硬く、冷たい目をしていた」
「何があったのですか?」
「いろいろあった」
「いろいろ……?」
「俺はクリスと一緒に声をかけた。『お前がアレン? お父上から聞いているよー』『やあ久し振り、調子はどう?』という具合に」
「もしかして、周りから妬まれた?」
彼は口を結んでわずかな後悔をにじませながら、ゆっくりとうなずいた。
「俺たちもアホだった。全然わかっていなかった。様子がおかしいと思って、しょっちゅう声をかけた。彼は普通に返事をしてくれたが、おそらく俺のせいで余計に状況が悪くなっていたと思う」
アレンさんは一部の同級生たちから苛烈な嫌がらせを受けていたそうだ。
「言い訳のようになってしまうが、当時の俺から見て、彼は気弱な少年ではなかった。気弱な子は冷たい目で人をにらまないだろう? 俺にはむしろ好戦的な子に見えた」
「ほむ……」
「幼いなりに戦闘訓練も受けている。いくらでもやり返せたし言い返せたはずだ。何か理由があって、あえてそれをしなかったのだと思う。その証拠に、ある時から急に行動が変わった」
ダニエルさんが編入してきたことがきっかけで、嫌がらせの標的が移った。しかし彼はそれを良しとはせず、ダニエルさんをかばったと言う。
二人は今でもしょっちゅう連絡を取り合う大親友だ。
「彼をいじめていた人たちって、今は何をしているのですか?」
「領主の放蕩息子か、うだつの上がらぬ騎士団員。出世は望めないよ。そんな連中、まともじゃないからね」
ヴィルさんはテーブルに置いてあった小瓶を開け、小粒のキャンディーを一つ取り出して口に入れた。
「あいつら全員か、アレン一人、どちらかを味方に選べと言われたら、俺はアレンを選ぶ。あめ玉が奴らだとするなら、アレンはこの瓶よりも大きな容器に匹敵する。俺は味方が少ないことより、彼を敵に回すことに恐怖を感じる」
彼が軽く瓶を振ると、中のキャンディーがカラカラと音を立てた。
「ダニエルさんは、有名な商家の跡継ぎなのに騎士科に編入したから標的になったと聞きました」
「知っていたのか?」
「ポルト・デリングのバーで話してくださったので」
「なるほど」
「アレンさんはどうして標的に? 皆と違うところって?」
「この大陸で、オーディンス家は神薙の血を引いていない特別な天人族だ」
神薙の血を引いていない天人族なんて……最初に陛下から聞いた話とつじつまが合わない。
「天人族は神薙がいないと子どもを作れないはずでは?」
「そう。この大陸の天人族はそうだな」
「んっ? この大陸?」
「リア、『聖都』の意味はわかるか?」
「習いました。聖女様が降りる都のことですよね? 大陸ごとに一つずつあると聞きました」
「そう。西大陸の聖都はヴィントランツ王国の王都だ」
「ほむ?」
「で、もともとオーディンス家はヴィントランツ王の親戚にあたる家系で、アレンの母親は西大陸の聖女だ」
「えっ、えっ?」
なんだか衝撃的な話を聞いたような気がする。
「アレンさんが西大陸の王族?」
「そう。彼はオルランディア生まれのオルランディア育ちだが、西の聖都を護る聖王ルイ・ヴィントランツの一族だ」
「ど、どうして西の王族様がわたしの側仕えなんかを?」
「彼がそれを望んでいるから、かな」
どうしよう。変な汗が出てきた。
「聖女様のご子息様なんて、そんなにすごい人を……あ、でも、西大陸の天人族は、そもそも全員が聖女様の子なのでしょうか?」
「向こうに神薙はいないからね」
「ということは、向こうに行けば普通ということ?」
彼はクスッと笑ってうなずいた。
「混乱するよな」
ほかの大陸には聖女様がいらっしゃるけれども、東大陸には神薙しかいない。神薙は天人族の繁殖に関わる役割だけを担う「聖女の廉価版」だ。
東大陸にいると聖女の息子であることは特別なことだけれども、西大陸ではそれが普通になる。
「アレンは面白い男だ。西へ渡れば普通になることと、逆に普通ではなくなることの両方がある」
「逆って?」
「ヴィントランツ王家は、皆、明るい茶色の髪に銀灰色の瞳だ。こちらにいると気にならないが、西大陸では一目で王に縁のある人だとわかる。王家にしかそんな人はいないから、忍んで街を歩くのは大変だと思うよ」
「ひえええ~」
「オーディンス家のことをもう少し話しておこうか」と、彼は言った。
「彼らの口から直接この話が語られることはまずないと思う。叔父も誰かから聞いたらしい。俺が生まれるずっと前の話だし、もしかしたら一部は事実ではない可能性もある」
「お、お願いします」
わたしは姿勢を正した。
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