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使命 §1

 馬車の窓から見えた景色は、まるで絵本の中かテーマパークのようだった。

 道路標識や商店の看板は見たことのない文字で書かれ、道ゆく人々の服装は古風を通り越してコスプレっぽさすら感じる。

「敷地を出てみたら、やっぱり東京でした」というオチも期待していただけに、それが外れてしまったのはショックだ。


 自分に何が起きているのだろう……。

 馬車から降りた後も不安でいっぱいだった。

「ここは王宮です」と、くまんつ団長が教えてくれた。

 街も、人も、目にするあらゆるものが非日常的な雰囲気をまとっている。その中でも、巨大な宮殿とその奥に見えたお城は突出していた。


 王宮の長い廊下を歩くわたしの周りを、騎士団員がグルリと囲んでいた。

 彼らが護衛として守ってくれているのはわかっているし、とても感謝している。

 大きな動物の周りを鉄格子が取り囲んでいる場合、人はそれを「オリ」と呼ぶけれども、筋肉バキバキの大きな人が、まるでオリのように自分の周りを取り囲んでいるこの状態はなんと呼ぶのだろう。やはり「完全包囲」か「護送」あたりだろうか……。

「そこまでしなくてもいいのに」と思うほど物々しい雰囲気だ。


 王宮内を移動すること十数分。さらに待機室のような場所で待つこと二十分ほど。

 わたしはなぜか国王と会うことになっていた。

 くまんつ団長が言うには、本来「神薙様」のことに最も詳しい人は、捕縛された魔法使い軍団らしい。

「彼らの役目は神薙に知恵を与えることでした」と彼は言った。

 不安と破廉恥な要求はタップリと頂戴したけれども、知恵らしきものは何ひとつ頂いていない。

 不祥事の責任を取るべく、国王自ら説明しに出てくると言うのだから王様も大変だ。

 ついでに教えてもらったのは、捕まった人たちの通称が「魔導師団」だということ。

 危ないカルト集団のような組織名だ。わたしが命名した「魔法使い軍団」という仮称も、あながち間違いではなかった。


「お待たせいたしました、神薙様」

 案内の人が呼びに来た。

 くまんつ団長はさっと手を差し出し、わたしが立ち上がるのをサポートしてくれた。歩き出す時はたくましい腕が出てきてエスコートまでしてくれる。

 挨拶を交わして以来ずっとこの調子。レディーファーストにしてはずいぶん丁寧だ。

 ドレスの丈がわたしには少し長く、靴の先がよく見えないので助かってはいるものの、仮にそういう不安がなかったとしても「一人で歩けます」とは言いにくい雰囲気があった。

 まるで「一人で勝手に歩くな」と言われているような感じがする。


 ☟


 特別な区画に入り、さらに長い廊下を歩いた先に国王の執務室があった。

 案内の人によれば、本当は応接室で会うつもりだったものの、仕事がバタついて机から離れられなくなってしまったとのこと。部下が報告に戻ってくればフリーになるので、その後お部屋を移動するかもしれない、と。


「本日降臨された神薙様をお連れしました」

 くまんつ団長が背すじを伸ばして言った。

 国王は年配の男性だ。机上の書類を見たまま「うむ」と答え、一拍置いてから顔を上げた。

 くまんつ団長は落ち着いた口調でわたしを紹介すると「すぐ後ろに控えております」と言って後ろへ下がっていく。つかず離れず絶妙な距離にいるのが気配でわかった。一緒にいてくれるだけで安心感のある人だ。


 国王の第一印象は「大きな人」だった。

 がっしりとした体をしていて、面長で彫りの深い顔をしている。髪はダークブロンドのようだけど、かなり白いものが目立つ。見た目年齢なら四十代後半から五十代前半くらいだけど、もう少し上かもしれない。若い頃はさぞかし格好良かったのだろう。いわゆるイケオジだ。


 豪華な応接セットに大きな体を沈めると、簡単な自己紹介をしてくれた。

 フォーなんとか、オルなんとかという名前らしい……。

 人名をパッと記憶できないのは、わたしの残念な仕様だ。申し訳ないけれども、仮に「イケオジ陛下」とさせてもらいたい。「陛下」とお呼びすれば、お行儀の点でも問題はなさそうだ。

坂下(さかした)莉愛(りあ)です」と自分も名乗った。

 サカシタが発音しづらそうだったので「リアでいいです」と伝えた。


「よくぞ参った。リア殿!」

 ロールプレイングゲームの始まりによくある王様のセリフだ。

 劇場型の政治家なのか、それともお国柄なのか。陛下の自己紹介が始まったあたりから、ずっと大げさなセリフ回しと身振り手振りで困ってしまう。

「自分の意思でここに来たわけではないのですが」

 思わずスンとして冷静に答えてしまった。


「――我々がそなたを神薙として召喚した」

 イケオジ陛下があまりにもサラッと言ったので、わたしは「はい?」と聞き返した。

 自分がなぜここにいるかわからないと話したところ、その返事として放たれたのが「召喚」という言葉だった。

 自分の人生を振り返ってみても、ゲームに出てくる召喚獣っぽい要素は一つもなかった。ただの会社員でしかないわたしを、なんのために()ぶというのだろう。

 そもそもこの王様は肝心なことがわかっていない。本人の同意を得ずに連れてきてしまった時点で、正しくは「拉致」という呼び方になるということを。


「昔は聖女と呼ばれていたのだが、時代の流れとともに役割と呼び方が変わった」と、陛下が言った。

「はあ……」

「今は神薙と呼ばれている」

 悲しいほどどうでもいい情報だった。

「神薙は国にとって唯一無二の存在なのだ」

「えー、と……」

 このまま黙っていると、さらにどうでもいい情報が飛び出してきそうだ。

 早々に謝っていただいて、家に帰してもらいたい。こちらの要求はそれだけだ。


 ところが陛下は「神薙が召喚に疑問を抱くのは想定外だ」と言った。

 ポジティブを煮詰めすぎて頭がおかしくなっているのだろうか。人を拉致しておいて罪悪感がないどころか、被害者に向かって文句を言っている。

 魔導師団の件もそうだ。

 くまんつ様は「陛下からおわびと補償の話があるはず」と言っていた。しかし、この人は部下の不始末に対しての謝罪もしていない。それどころか「拉致したけど文句あんのか」ぐらいの勢いだ。


「すみません、念のため確認なのですが、家に帰していただけるのですよね?」

「それは無理だな」と、イケオジは即答した。

「我々は異世界から人を連れて来る方法は知っているが、戻し方は知らん。ここはそなたが暮らしていた世界ではない。そこにある地図が我々の世界だ」

 横柄なイケオジが指さすほうを見ると、壁に大きな地図が掛けてあった。

 見慣れた大陸が一つもない。日本なんて、影も形もなかった。

 信じられない……。

 わたしは本当に異世界にいたのだ。


「陛下、おそれながら申し上げます」

 横柄なイケオジに食ってかかったのは、意外にもくまんつ団長だった。


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