チリポテト
ヴィルさんをペイッとして席を立ち、お茶とお菓子のワゴンへ向かった。
彼の金銭感覚は、王族としては決しておかしくないように思える。しかし、横綱の浴衣を着せられて困り果てているダブダブのわたしに「ちょうどよかったね」と言っている時点で、金銭の授受に対する感覚はちょっとおかしい。
考え事をしている最中に横からあれこれ口を出されると面倒なので、少しの間、彼を黙らせることにした。
口に物が入っている間は静かなのでおやつ作戦である。バスケットに紙を敷き、ポテチを山盛りにして彼の前に置いた。
「これは?」
「少し考え事をしたいので、それを食べていてくださいませ」
「おっ、美味い! 薄い揚げイモか。パリパリしていい。なんだこの赤い粉は」
「わたしの母国の美味しい粉ですわ」
「おおお!」
十三億か……。
なぜ十三億なのかしら。まさか全財産ではないだろうから、宛先を息子と間違えた可能性も? いやいやいや、それなら銀行振り込みにするでしょう。なぜわたしに??
誰か、取るべき対応を一緒に考えてほしい。フィデルさんに頼りたいところだけれども、彼はヴィルさんの代理で仕事をしていて、大人気の連載を抱えた漫画家のごとく締め切りに追われている。今ここに呼んだら別のところで問題が起きそうだ。
やっぱりわたしにはアレンさんが必要だ。ましてや現金の送り主が彼のパパなのだから、彼に相談をしたい。
ああ、戻ってきてイケ仏様! そしてパパ仏様を止めてください!
「ヴィルさん、一大事ですので、今すぐアレンさんを呼び戻していただけませんか」
わたしの深刻な顔が見えていないのか、彼はチリパウダーがついた親指をなめながら「無理だよ」と軽く言った。
「彼は今、まあまあ高い山の頂上付近で訓練中だ」
「それならアレンパパにお手紙を書きますっ」
「お礼状か?」
ちがうっ(泣)
もうっ、おやつ食べて静かにしていてくださいっ。
未来の夫がちっとも頼りにならないため、わたしはパパ様にお手紙を書いた。
とてもこんな大金は受け取れません。お気持ちだけをありがたく頂戴いたします。
わたしはただ自分にできることを精一杯やっただけなのです。なぜなら、わたしの生活にアレンさんは必要不可欠な存在だからです。たった今もそのことを痛感しています。彼なしでは生きていけません。
彼を失いたくなくて、自分のためにがんばっただけなのです。影ながら支えてくれた宮殿の皆も同じ気持ちだと思います。
結果的に、お父様にも努力を認めていただけて光栄です。彼が元気になってくれたおかげで、わたしも生きていけます。
お礼をすべきは、こちらのほうなのです。
彼を育ててくださったパパ様には心から感謝しています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
……という調子で『パパのためにやったんじゃないアピール』をつらつらと書きつづる。そして執事長にお札束と手紙を託し、厳重すぎるほど厳重な警護をつけて丁重にお返しした。
「相変わらず無欲だなぁ」と、ヴィルさんは言った。
彼の視線はチリ味のポテトチップスが盛られたバスケットから一ミリたりとも動かない。打ち合わせに来ていたベルソールさんと二人で「うまいうまい」と楽しそうに食べている。
「エールが欲しくなるよな。このチリ味とやら、中毒性が高すぎやしないか? 野営のときに肉にかけた粉に似ているが、あれの比ではないぞ。まったく俺のリアときたら……すぐにこうやって美味いものを作ってしまうのだから困ったものだ」
文句を言っているのか褒めているのかよくわからないコメントをしながら、指をなめてはパリパリパリパリ食べ続ける未来の夫。
「はあー、まいったな。すべて食べ尽くさないかぎり止まらないじゃないか」とブーブー言っている。
その隣でベルソールさんが「この粉は売れますよ」と鋭い目を光らせた。
「これを持って飲食店に営業をかければ、すぐに飛びついてきます。ぜひとも『神薙の厨房』でやりましょう」
「こんなの売れますぅ?」
「大丈夫、任せてください」
さすが大貿易商の元会長だ。十三億円のお札束が目の前を通過しているのに、ポテチに振りかけた「粉」を売ろうとしている。
二人は原価数百円のポテチに夢中で、明るいうちからエールを飲み始めた。
なんだか十三億円に動揺しているわたしのほうがおかしいような雰囲気だった。
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数日後、アレンパパから大きな箱がドサドサと送られてきた。
「すんなり引き下がる気はなさそうですよ」と、執事長が小声でつぶやいている。
運んできた使者は「中身は貴金属でございます」と言うと、またもや逃げるように帰ってしまった。
貴金属……。十三億二千万円が化けて出たのだ。
「こうなったら、わたしが自分で返しに行きます!」
返す準備で大騒ぎしていると、背後からノンキな声がした。
「へえ~、これはなかなかいいね」
ああ、嫌な予感がする……。
勢いよく振り返ると、ヴィルさんがちゃっかり箱を開けていた。
「なんで開けているのですか~ッッ!!」
彼の行動はわたしの実家にいる柴犬とほぼ同じである。
「宅配便の中身はすべて俺のもの」というジャイアン的思想が染みついてしまっているのだ。
箱の中には小さな化粧箱がぎっしりと詰まっており、彼はそれを取り出していた。化粧箱を開封し、貴金属を包んでいる薄い紙を破いて中身を出してしまっている。しかも素手で!(泣)
うちの犬ですら、パッケージを破ってまで中身を出そうとはしないのに。
「どっ、どうしてそんなことができるのですか……」
「リアも見てごらん。ほら」
彼は楽しげな笑顔を浮かべながら、こちらへ箱を向けた。
メンタルが柴犬を通り越してシベリアンハスキー級だ。ポジティブすぎてついていけない。
彼が手にしていたのは、ジャケットの襟に着けるラペルピンと、女性用ネックレスの二種類だった。いずれも百合の花をモチーフにした小さな金のメダルを加工してある。
「これは高級だぞ」と、彼は言った。
侯爵が息子の命を救ってくれたお礼として用意したものだから、さぞかし高級品だろう。
「俺に似合いそうだな~。ちょっと着けてみよう」
「だ、誰か、シンドリ先生にジコチューを治すお薬を頼んできてください……」
あぁぁっ、飼い主さん、早く帰ってきて。今すぐ帰ってきて。わたしを一人にしないで~っ!
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