十三億円
6 十三億(POV:リア)
アレンさんは一週間の特別訓練に出かけていった。
郊外の保養施設で自然に癒されながらの「リハビリコース」だと聞いたので、安心して送り出した。
ところが、周りの証言により、実際は山にこもって心身ともに鍛える地獄の訓練だということが判明。正しくは「パワーアップ」が主目的だと言う。
わたしが反対すると思って、だまして出かけたのだ。ひどすぎる……。
「ヘーキだよ。余裕余裕」
具合が悪かったときの彼を見てもいないのに、ヴィルさんは軽い調子で言った。
余裕とか余裕がないとか、そういう問題ではない。彼は病み上がりで普通の状態ですらないのだ。なのに、なぜ普通の人でも音を上げるような訓練に参加しているのか意味がわからない。
行き先が「保養施設」というのもウソだった。
実際は宿なんてあってないようなもので、大半は「テント」でキャンプ。お食事は「自分たちで作る野営料理」だそうだ。
山の大自然も、おそらくは癒しではなく脅かし担当に違いない。
困惑するわたしをミストさんが心配そうな顔で見ていた。
彼から何か聞いていないか尋ねると、彼女はいっそう深刻な表情になった。
「実は以前、少しだけ聞いたことはあるのですが」と言葉を濁すので、思わず身を乗り出した。
「何て言っていたの?」
「それが、一日で服がボロボロになるほど厳しいもので『初日にゲロ吐いて逃げ出す人がいる』という話で……」
イヤぁーーッ!(泣)
「ヴィルさんっ! 話が違うにもほどがあります!」
「まあまあ」
「どうして止めてくださらなかったのぉぉー!」
「いや、彼なら大丈夫だから」
「何が大丈夫ですかぁーっ、山の中で具合が悪くなっても助けに行けないのに。なんて無責任な! うキィィッ!」
「わかった。わかったから落ち着け」
あわや第二次ヴィル・リア戦争勃発か。
そんなタイミングで執事長がサロンに入ってきた。
何やら慌てた様子で「急な来客」だと言う。オーディンス侯爵の使者様が来ているとのことだ。
「……それって、アレンさんのパパですか? 先触れもなく?」
「ご用件は『お礼の品のお届け』とのことで」
アレンパパといえば、アルベルト・オーディンス総務大臣だ。
王宮へ行くと高確率で顔を合わせるので、こまめにコミュニケーションを取らせていただいている。
アレンさんがそのまま歳を重ねたような、ステキなオジサマだった。
オーディンス家は懐に入れる相手を慎重に選ぶところがあり、親しくなると全然印象が違う。
よそ行きのクールなイメージと、身内だけに見せる冗談好きで毒舌家な一面はギャップがあって面白い。
偉いオジサマから「リア様」と呼ばれることに抵抗があったわたしを、最初に「リアちゃん」と呼んでくださったのはパパ様だった。
「若様を助けていただいたお礼とのことです」と、使いの人は言った。
大きな箱ではあるけれども、男性が一人で運んできている。
箱のサイズと、前にパパ様と交わした会話とを踏まえて考えると、一つ思い当たるものがあった。
このズッシリ感……「最近ハマッている」と話していたブランデーケーキではないかしら。この宮殿の全員で楽しめるように、たくさんに発注してくださったのだわ♪
舶来物のお酒をたっぷり使ったシロップを、バターケーキに染み込ませた貴族ご用達の逸品で、冷やしてから生クリームを添えて食べるのがオススメだと聞いている。
「念のため、中身を確認してください」と言われたので、嬉々として開梱した。
「気を使わせてしまって、かえって申し訳ないですねぇ~」
さーて、紅茶にしようか珈琲にしようか。お三時が楽しみで顔がにやけてしまう。
「あらっ?」
ところが、開けてみるとお菓子ではなかった。
箱の中から、イケオジ陛下の絵がたくさんこちらを見ている。
「こ、これは……」
まさかの現ナマ。
まさかのキャッシュ。
まさかのお札束だ。
「きゃーッ! げげげ現金!? ちょっちょっ、お待ちください使者様! これは頂けません!」
慌てて振り返った。
「……あら? 使者様は!?」
使者がいない! こつぜんと消えている。
「え? まさか帰った? 帰ってしまったの? ウソでしょ?」
最初からこちらの反応がわかっていたのか、使者は逃げるように立ち去っていた。
軽くパニックに陥ったわたしは、大慌てで状況把握に乗り出した。
「今朝の新聞のチラシをっ!」
「肉屋のがありました」
「ありがとうミストさん。えーと、これはわたしの母国だと百三十円ぐらいですから、これとこれが同じ価値だとすると本日の為替レートは……」
「一シグが百五十八エンですね?」
「さすがです。お札束を数えましょう!」
届いたお金を数え、日本円に換算する。
出ました!
約十三億二千五百三十万えーん! (テッテレー♪)
「こ、これ……どうすればいいのでしょう」
全身がガクガクブルブル震えた。
小さな国の国家予算みたいな金額を、宅配便のノリで送ってくる人は初めてだ。
「前の世界では貯金が趣味だったと言うくらいだ。ちょうどよかったね」
ヴィルさんが屈託のない笑みを浮かべて軽やかに言った。
「……は?」
ちょっと何言ってるかわからないのですけど。
もしかして、またわたしがおかしいの? 常識知らずみたいになってしまっている? ここの常識だと、息子を看病してもらったら十三億円をプレゼントするのですか?
そんなわけないでしょう! ああぁ~~~っ!
大変なことが起きているというのに、ヴィルさんはわたしの髪をなでたり巻きついたり、スンスンと匂いを嗅ぎまわっている。
ええい、あなたはさっきから何をしているの!? ベタベタスンスンお邪魔ですわーっ(泣)
お読みいただきありがとうございました。




