場外乱闘
くまんつ様がタイミングを見計らったようにやって来た。
ぷるぷる震えていたヴィルさんは玄関へ走っていき、バァンと大きな音を立ててドアを開けた。
「お前、わざとだろう!」
ヴィルさんの剣幕に驚いたくまんつ様は、「うおっ! なんだぁ?」と言った。
「なんだぁじゃない! 今、今、すごく、すごーくいいところだったのに……っ!」
「はあ? あ、リア様、お加減いか……ガアッ!」
「うるせえ、話しかけんな! 俺のだ!」
「まだお前のじゃねえだろ! ってか、いてぇな! 何すんだ、このやろう!」
「畜生! この馬鹿力のクソゴリラぁぁぁ!」
「誰がゴリラだ、この金髪クソヤロぉぉぉ!」
でっかいお子さまがふたり……玄関先で互いに頬をつねり合っていた。先程の対戦の続き(場外乱闘?)だろうか。
ヴィルさん、お口が悪いですよ?
くまんつ様、紳士キャラはどうなさいました?
おふたりとも、イケメンキャラが崩壊して面白くなっちゃっていますよ?
「はなせ金髪ぅぅぅ」
「うるせぇ、ゴリラぁあ」
このじゃれ合い、もしやケンカなのでしょうか。
どうすれば良いのでしょう? こんなに大きなお二人、わたしには仲裁のしようもないのですけれども……。
一人で困っていると、コツコツと靴音が近づいてきた。仏像もといアレンさんが戻ってきたようだ。
少し前まで普通のイケメンメガネ様だった彼は、すっかり仏像風味が復活して『イケ仏様』に戻っていた。またメガネを直す癖が片合掌に見えるようになり、ついつい般若心経を唱えたくなる。かっこいいアレンさんを返してと内心むせび泣いた。
しかし、裂け目をガチガチ言わせる鼻のないメガネ岩よりは数百倍マシだ。
わたしは彼といる時間が一番長いので、岩だったり枝だったりするとあまり都合が良くないのだ。
彼は特別訓練の手続きに行ったものの、団長のサインが足りなくて追い返されたらしい。
「裏のここにも署名が必要だそうです」と書類の裏面を見せている。なのに、ヴィルさんは依然としてくまんつ様のほっぺを力一杯つねっていた。
「ちょっと待てアレン。今忙しい!」
ホトケは呆れてため息をついた。
「……頬をつねり合うケンカ、その歳でもまだやっているのですか?」と眉をひそめる。
「殴ったり蹴ったりして、当たりどころが悪くて死んだら困るだろう。それでなくても、さっき死にかけて、リアは倒れるわ、ゴリラと変態は群がるわ、お前にはネチネチと小言を言われるわで散々な目にあったばかりだ!」
ヴィルさんは顔をしかめながら言った。
頬をつねられているので喋れば喋るほど痛いのだろう。王族様と国内トップの貴族様のケンカにしては笑えるほど平和である。
アレンさんはチラリとわたしのほうを見た。
「仲が良いのは結構ですが、リア様が見ていますよ? そういう子どもっぽい姿は見せないように気をつけていると言っていませんでしたっけ」
「はっ!」
冷静な指摘を受け、ヴィルさんはびくりとしてくまんつ様の頬から手を離した。
「カッコイイ旦那様になるのだとほざいていたな。どうせすぐ化けの皮が剥がれるからやめておけと助言しても聞く耳を持たなかったよな」
くまんつ様はようやく解放された頬を撫でながら言った。
ほほう、そうなのですか。
それは良いことを聞きました。わたしが見ていたのは、だいぶカッコつけているヴィルさんだったわけですね。でも、宮殿で暮らすようになってからは、柴犬オーラがモワモワ出ていましたし、匂いフェチで毎日スンスンしていますし……。
「五歳児め、フラレてしまえ」と、くまんつ様が悪い顔で言った。
「自分を棚に上げやがって。あの竿と疑似餌の収集品を見せたら、リアは確実に引くからな!」
「てめえ、リア様の前でその話をするんじゃねえ!」
「リア、こいつの部屋には数百本の竿と千個近い疑似餌があって、釣りのために船まで買おうとしているのだぞ。しかも貴族であることを隠して船舶免許を取ろうとしている大悪党だ!」
「全部まとめて言うんじゃねえ!」
「びっしりと壁に飾られた疑似餌がギラギラしている寝室でグースカ熟睡できるようなド変態ゴリラなのだぞ!」
「誰が変態ゴリラだ! 芸術品なんだよ疑似餌ってのはぁ!」
「リアがくれた蒸し鶏のサラダも、クリスが全部食べてしまったんだぁ!」
「お前がたまごを独り占めしたからだろうがー!」
「俺だって親のほうも食べたかった!」
「鶏肉を『親のほう』って呼ぶんじゃねえ! このクソバカ金髪野郎!」
「なんだと毛むくじゃらのエロゴリラぁ!」
まるで昼間やらかした悪事をママに言いつけ合っている双子だ……。
しかも途中から、ヒヨコと若鶏は親なのか子なのかというワケの分からない言い合いになっている。
「この人達の話を真面目に聞くとアタマが腐りますからね?」と、アレンさんは両手でわたしの耳をそっとふさいだ。
あまりに長々と二人がギャンギャン揉めていたので、「ヴィルさん、アレンさんの書類に署名をしないと」と口を出した。
すると彼はくまんつ様から手を離してササっとサインをし、叱られた子犬のような顔でこちらを振り返った。
うぷっ……可愛い。
わたし達はゆっくりと支度を整えてヴィルさんの部屋を出た。
宿舎の中を移動する間、右側をヴィルさん、左側をくまんつ様、体力的にまだ本調子ではないアレンさんはわたしの後ろにつき、ぐわーっと群がってくる騎士団員から守ってくれた。
本当に不可解なのだけれども、すごい勢いで人がこちらへ向かってくるのだ。
くまんつ様が近づいてきた人をむんずと掴み上げ、「むやみに近づくと釣りのエサにするぞ」と、本気か冗談か分からないことを言って二人ほどポポーイと投げた。
皆でアレンさんの申し込み書を出し、お世話になったくまんつ様にお礼を言った。
馬車に乗り込んで手を振ると、くまんつ様も振り返してくれた。
すべては元通りに戻っていこうとしていた。
ずっと繋いでいたヴィルさんの手は変わらず大きくて温かかったし、アレンさんはイケ仏様に戻ってしまったけれども穏やかなホトケの微笑を浮かべていた。
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