模擬戦
はぁ……それにしても困りましたねぇ。まさかあんなド真ん中にいるなんて……。
てっきり団長二人は高いところから訓練の様子を眺めているだけだろうと思っていたので、想定と大きなズレが生じていた。
久々にヴィルさんに会うからと、朝から侍女コンビの気合いが凄まじく、新品のドレスは出てくるわ、髪も熱心に編み編みするわで、お披露目会ばりの大騒ぎ。
「一週間も一年も変わりませんわ。磨き上げなくては!」と、頭から爪の先までピカピカにしてくれた。普段通りで良いと思っていたのはわたしだった。
で、婚約者が平日に飾り立てて職場にやって来るって、どうなのでしょうか……。しかも、それが休日前の午後だなんて、イタすぎるし恥ずかしすぎませんか?
地位の高い男性の目線だと、婚約者が職場へ訪ねてくるのは「非常に嬉しいこと」であり「憧れのシチュエーション」だそうだ(アレンさん談)
そして貴族令嬢の目線でも「素敵なこと」であり、憧れの……以下同文。
午前中から連れていって訓練のすべてを見せたい(練り歩きたい)アレンさんと、終業後にコッソリ行きたいわたしの間で意見は割れた。
どうにか間を取って「終わる寸前に行く」というところに着地させて今に至る。
いずれにせよ神薙様がビカビカに着飾って職場へ突撃していることに変わりはないので、わたしは恥ずかしい(アレンさんは嬉しそう)
まずは目立たないようコソッとヴィルさんに話しかけ、素早く一緒に帰る約束を取りつける。そのあと、知り合いにササっとご挨拶だけしてお暇する。これが本日のベスト・プラクティスだった。
ところが、現時点でそれはほぼ不可能に近く、このまま彼がアリーナに留まるようなら計画全体を改める必要がある。もう全部あきらめて帰るとか、そういう次元の話なのだ。
二人が同時に剣を構えた。
周りから「ウオォォォォィ!」と漢の歓声が上がる。
地響きのようで普通に怖い……。
アレンさんの言う「むさくるしい」の意味が完全に理解できた。眼前に広がる世界が男男しくて熱いのだ。
かつて古代オリンピックが一人を除いて女人禁制だったように、ここも女性の精神的な居場所がない場所だ。
気づけばジリジリと後ろに下がっており、アレンさんに隠れるようにしてアリーナの様子を窺った。
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「始め!」の合図と同時にくまんつ様が飛び出し、二人の剣がぶつかった。
その速さと音の大きさが、わたしの予想をいきなり飛び越えてきた。「ひぅ」と喉が鳴り、アレンさんの背中にしがみつく。
なに今の。
無理ですよ……無理無理無理、怖いです。怖すぎます。
スポーツ観戦のようなものだと思っていた五分前の自分をハリセンで殴りたい。
「あんなのが当たったら、死んでしまいますっ」
「大丈夫、当たりませんよ。どうして隠れているのですか?」
アレンさんは爽やかに歯を見せた。
慣れって恐ろしい。わたしは木剣がぶつかり合う音が聞こえるたびに体がすくむ思いなのに。
「で、でも、あんなに、あんなに力いっぱいにやらなくても。あぁあ、また……」
ガァン! と大きな音がした。
「ヒイィィィ……」
我が家のお庭で和気あいあいとバーベキューをしていた二人が懐かしい。
楽しいジョークを連発し、じゃれ合い、気絶しそうなほど面白い絵を描いて、たくさん笑顔をくれた。
とても目の前で戦っている人達と同一人物だとは信じられない。
あれは多分ヴィルさんじゃない。
あんなにコワイくまんつ様も知らない。
こ、怖いよう……(泣)
ふと二人の口が動いているように見えた。
「何か話しながら戦っているのですか?」と聞いてみると、アレンさんは首を横に振った。
「あれは詠唱です。剣で戦いながら魔法も使うのですよ」
彼が言い終えないうちに、ヴィルさんの左手から燃え盛る炎の球が勢いよく飛び出した。
「きゃ……っ」
巨大という言葉がぴったりな炎の塊が、わたしの大好きなくまんつ様に向かって飛んでいく。炎の熱気で周りの気温が上がった。
歓声で聞こえるわけもないけれど、思わず「くまんつ様、逃げてー!」と祈るように言った。
当たる寸前のところで何かの魔法を使ったのか、相殺するように炎をかき消すくまんつ様。
ところがヴィルさんは、その隙にくまんつ様の懐へ飛び込んでいた。
「な、なんてことを~~っ!」
「あの派手な魔法は最初から囮です。あのように相手の懐に入ってトドメを刺すためです」
「ト、トドメ……? くまんつ様にトドメを刺すのですか? いけません、そんなことっ」
ああ、もう無理です。
申し訳ございませんが、感情がおかしくなって泣いちゃうので、そろそろお暇をさせて頂きたいと思います。
逃げようとしていると、アレンさんが「まずい、危ない!」と声を上げた。
何が危ないのか聞きたかったけれども、喉が詰まって声が出なかった。
ヴィルさんは危険を察知したのか、急に後ろへ飛び退る。
それとタイミングを同じくして、くまんつ様がビリビリと音を立てている電気(?)の球のようなものを放った。
当たったら感電して死ぬのではないかしらと思うのだけれども、それが剛速球でヴィルさんに向かっていったのでわたしはショックで死にそうになった。
いやあぁぁぁ!
くまんつ様、そういうことはメジャーリーグに行ってやってくださいぃぃ!
ヴィルさんもすんでのところでそれをかき消し、飛び込んできたくまんつ様に対応する。
アリーナから唸るような大歓声が上がった。
もう、もう、もう、怖い。全部怖い。ぜんぶ……。
「やはり見応えがありますね。剣の腕もさることながら魔法が速い。威力も桁違いです。さすがは王国の獅子と虎ですね」
アレンさんは感嘆の吐息を漏らした。
わたしはと言うと、見応えを感じる前に燃え尽きて灰になりかけている。
これは本当に無理なやつだ。本気度が高すぎて、とてもスポーツ感覚では見られないし裸眼で直視するのがしんどい。
天人族の肉体がどれほど頑丈なのかは知らないけれど、どちらかが避けられなかったら軽くて大怪我、最悪は死んでしまう気がする。少なくともわたしなら死ぬと思う。
わたしがプルプル震えていると、アレンさんが耳を疑うようなことを言った。
「もう少し前に行きましょうか」
「え……?」
う、嘘でしょう? これ以上前に行くなんて、満腹の人に大食いチャレンジをやらせるようなものですよ?
「立ちっぱなしでは疲れるでしょう?」
「でも、あっ、ちょっ、待ってアレンさんっ……」
「そこの特等席が空いています。座りましょう」
ご機嫌なアレンさんに手を引かれてスタンドの階段を下りた。
アリーナには簡易的な道具置き場が作られているため、人のいない箇所がある。その真後ろのスタンドを降りていくと、ど真ん中で観戦できる特等席になっていた。
彼は前から五列目くらいの位置で足を止め、座面に浄化魔法をかけてくれた。
「近すぎませんか?」と、わたしは言った。
「ちょうど良いと思いますよ?」と、彼はにこやかに言う。
「ヴィルさんの炎で熱いのでは?」
「その時は私が風でフーフーします」
彼は満腹のわたしに蒸し立ての小籠包を差し出して「大丈夫だ。ふーふーしてやるから食え」と言っている(泣)
諦めて席に着くため、ドレスの裾をさばきながらアリーナに目を向けたときだった。
はたと目が合った。
ヴィルさんと、である。
彼の口が「リア」と言っているように動いていた。
「あれ? どうしてヴィルさんがこちらを見ているのでしょう?」
身体の震えに合わせて声も震えた。
「ん?」と、アレンさんが顔を上げてアリーナのほうへ向き直った。
くまんつ様が上段に構えた木剣が、振り下ろされようとしている。
その光景がまるでスローモーションのように見えた。
「危ない!」「団長!」
アレンさんとほぼ同時に声を上げた。
わたしたちの声が聞こえたわけではないだろうけれど、こちらの表情を見て我に返ったのか、彼は咄嗟に回避を試みていた。
でも、わずかにタイミングが遅かった。
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