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神薙の厨房

 安心したせいか急激に空腹を感じた。

 最後にまともな食事をしたのはいつだっただろう……もう思い出せない。


「なあ、帰ってクリスの厨房でこの肉を焼かないか。ワインを飲みながらさ」


 俺の提案に彼はニヤリとすると、声をうんと小さくして「王族のくせに行儀が悪い」と言った。


「仕事終わりに一杯飲みながら厨房で肉を焼き、アツアツをその場で食す。お行儀は悪いが独り身の特権だと、俺の婚約者が話していたことがある。良い機会だから真似をしてみたい」

「やはりそのくらい豪胆でないとお前の婚約者は務まらないのだろうな。よし、ではその特権を行使しよう。なーんて、俺もたまにやっているから、最高の焼き加減で仕上げてやるよ」


 俺達は急いで宿舎へ戻り、リアが用意してくれた前菜をつまみながらワインを軽く飲んだ。美味い美味いと騒ぎながら、肉を焼く支度を始めた。

 クリスの部屋は相変わらず釣り具店のような有り様だったが、彼いわく「湖畔にある釣り具屋とレストランが合体してる店だと思えばオシャレに見えてくる」とのことだった。言われてみればそう見えなくもない。


「よし、肉を焼くぞぉー」

 クリスが両手をこすり合わせながら言ったその時、ユミールの従者が一人で報告にやって来た。

 これまでは連絡係が来ていたのだが、従者が来たということは何か理由があるのだろう。

 仕立ての良い灰色の三つ揃えに、洒落た鞄を持っている。真っ黒な髪は七対三に分け、艶の出る整髪料でピッタリと押さえつけていた。

 長髪を風になびかせている主とは正反対の髪型をした男だ。


 俺がリアの様子を尋ねたところ、彼は「とてもお元気にされています」と笑顔を覗かせた。

 そして、アレンの体からヘルグリン菌が消えたことを、まるで何かのついでのようにサラッと告げた。


「えっ?」

「なにっ?」


 俺とクリスは顔を見合わせた後、ユミールの従者に向き直って「上位浄化ができたのか?」と尋ねた。

 彼は答えに困った様子だった。


「神薙様は術式を自ら書かれているため、上位浄化かと聞かれると……何とお答えしたものか判断いたし兼ねます。しかし、普通の浄化魔法なのかと聞かれても、それはそれで見た感じが違いました」


「え? ちょっと待て。術式を自分で書く……?」

「術式なんて、どうやって書くんだ?」


 俺とクリスは再び顔を見合わせた。

 ユミールが彼を寄越したのは、俺達がこうして質問攻めをする可能性が高いと踏んだからだろう。


 なぜリアは術式を書けるのだ?

 術式は古代語を基にした魔術語だろう?

 リアは古代語も分かるのか?

 いや、そもそも詠唱はどうした?

 上位浄化でないのだとしたら何の魔法を使ったのだ?


 彼は俺達が矢継ぎ早に放つ質問とは少々角度の違う返事をした。


「人体の中には、健康を保つために必要な菌というのがあるそうで、それがすなわち悪いものから人を守る働きをしているそうです」

「んんっ?」

「なに??」

「言葉を変えると、それらの菌は人の『抵抗力』の一部であるとのことです。『そもそも抵抗力が弱まっているときに、良い菌も含むすべてを殺菌することは好ましくない』と、神薙様は仰いました」


 俺達は少しの間沈黙していた。

 先に動いたのはクリスだ。


「何だ、健康に必要な菌というのは?」とコソコソ聞いて来た。分かるわけもなく、「俺に聞くなよ」と答えた。

 説明した張本人である従者も詳しくは分からないらしい。彼も首を振っていた。


「これは傍から見ていた者の推測でしかありませんが、オーディンス様に必要な浄化項目だけを組み合わせた独自の術式を組んでおられるようでした」


 追って主から詳細を説明すると従者は言った。

 俺は了承し、リアが術式を書いている件についての質問攻めはそこで止めた。


「ヘルグリン菌が消えた後はどうなるのだ?」と、クリスが尋ねた。


「高熱などの症状で弱っている体を癒すだけだそうです」

 従者はそう言うと、リアがアレンに治癒魔法をかけていると付け加えた。またもやサラリとした言い方だった。彼はヒト族だてらに魔法学の知識を持つ変わった男だ。


「リアは治癒魔法も使えるようになったのか」と聞くと、彼は頷いた。そして、苦労しているのは魔力操作だけだと言った。

 ユミールは人命優先でやむなく使用許可を出したようだが、彼女の魔法は依然として『暴発』に近いものがあり、引き続き魔力残量には細心の注意を要するとのことだった。

 従者は一通り報告を終えると丁寧に一礼して去っていった。


「……なあクリス、浄化魔法と治癒魔法って暴発するものなのか?」

「いや、聞いたことがない。どこかの王族は頻繁に火炎魔法を暴発させて、庭や校舎を燃やしまくっていたけれどな」

「ほじくり返すなよ。俺なりに苦労していたのだぞ?」

「知っているよ」

「しかし、同じ理由で暴発しているのなら、抑え方を教えてあげられるかも知れない」

「しかし、良かった。お前の出禁解除も間近だろう」

「……解除されなかったらどうしよう」

「その時は、海釣りに行こうぜぇ♪」

「あと何を釣ればリアのもとへ戻れるのだ……」


 落ち込んでショゲているのに、馬鹿みたいに釣れるせいで周りの見知らぬ釣り人達から誉めそやされる。今日は愛想笑いがツラかった。


「イカ釣り漁船に乗せてやるよ。冬でも疑似餌で釣れる場所がある」

「む、無理だ。あれが生きてウニョウニョ動いているところなんか見たら死んでしまう」

「お前はまだイカが分かっていない。あいつは墨まで美味いぞ」

「うえぇっ、そんなものを食べると腹黒い人間になってしまうぞ」

「リア様が墨まで好きだったら?」

「く……っ、これ以上俺の悩みを増やすな」

「はははっ、さあ、肉を焼くぞ」

「ちょっと待て、ワインのおかわりを準備しよう」

「次は赤にしようぜぇ」

「やはりリアの料理は美味だよな。ワインが進む」


 その晩、俺はクリスの部屋のソファーで死んだように眠った。

 夢の中で、白と金のドレスを着たリアが頬杖をついてふわふわと笑っていた。


次回はリア視点に戻ります。


いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m


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