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状況把握

 ――俺の体からヘルグリン菌が消えていた。

 あの発光魔法は本物の【上位浄化】もしくはそれに近い【浄化】だったということだ。

 白い神薙は頭と顔に巻いていた布を外して「もう安心」と微笑んだ。

 艶やかな茶色の髪がこぼれ落ちるのと同時に、神薙の花の匂いが広がった。


 まずい……メガネをかけておかないと心臓を潰される。

 キョロキョロと探したものの、病人にまったく必要のないそれは、ベッドから最も遠い棚の上に置いてあった。

 俺はあきらめてひどい動悸に耐えることにしたが、病み上がりに神薙のお花は毒だ。

 ノペッとした変な服なのに、なぜ彼女はこんなにも可憐(かれん)なのだろう……。

 手の平に乗せて愛でたい。できることなら懐に入れて一日中持ち歩きたいし、そこかしこでなで回したい。


 俺が空腹で目が覚めたことを知ると、彼女は「お昼と夜は普通のお食事で大丈夫そうですね」と声を弾ませた。

「今日、くまんつ様がアレンさんのために釣りへ行っているらしいのです。釣れたらお夕飯の支度に間に合うよう持ってきてくださるそうですよ」

「え……クリス先輩が釣り?」


 あのデカい先輩が釣りにいくと宣言する日は、確実に釣れることがわかっている場合だけだ。つまり、団長も一緒である可能性が高い。

 団長は子どもの遊びの延長で釣りをしており、自分では食べないくせにド派手な大物を釣るのが得意だ。

 自分が何を釣り上げているのかほとんどわかっていないし、巨大高級魚を釣り上げても価値がわからない。だからポイッと誰かにあげたり、魚屋に立ち寄って売ってしまったりする。

 かたやクリス先輩は本職の漁師からウチで一緒に働かないかと誘われるほど、職人級の腕前と知識を持っている。欲しい魚を狙って入念に準備を整え、確実に釣るために「引きの強い」団長を利用する。

 二人一緒に出かける日は、クリス先輩が用意した装備でアホな団長がゲラゲラ笑いながら派手に釣りまくるという構図になるから、美味い魚が大量に届くはずだ。


 何を釣るつもりか知らないが、今日の夕食は期待できる。

 すごいものが届くはずだと伝えると、神薙はうれしそうに「では、お昼はお肉にして、お夕飯はお魚ですねぇ」とかわいい顔で笑った。


 ☟


 食器を隣の部屋へ運んでいく彼女が「ヴィルさんの出禁も解除しなくてはですねぇ」とつぶやいた。

 その背中を見ながら、俺は再び頭を抱えた。


 ちょっと待て、白い神薙。

 出禁ってなんだ? 俺のいないところで何が起きている?


 片付けを済ませて戻ってきた神薙は、再びベッド脇の椅子にちょこんと腰かけ、経緯を話してくれた。


 ――団長が神薙から出入禁止処分を食らっていた……。


 神薙が俺を助けるために浄化魔法を学びたいと相談したところ、団長が猛反対して大ゲンカに発展。「邪魔するなら出ていけ」と追い出して出入禁止にしたらしい。


「そんなわけで、婚約破棄の危機に瀕しておりまして……えへ」

「お、俺のためになんてことを……」

「だってヴィルさんったら、いじわるなのですっ。理由も言わずに魔法はダメだって怒鳴るのですよぅ? もうぷりっぷりに怒っちゃって」


 白い神薙は両手で眉尻をぐいっと持ち上げると、眉間にシワをよせて顔を作り「リア、なじぇ俺の言うことが聞けないっ」と、団長の真似(?)をした。

 慣れないことをするから少し()んでいる。かわいすぎて死ぬからやめてほしい。


「女子は皆さんカンカンです。ミストさんなんか結婚は再考したほうがいいって言っているくらい」

「ミストも残っているのですか?」

「あ、全員いますよ?」

「全員っ!?」

「はい、感染対策はしていますけれども、基本的にはいつもどおりですねぇ」

「全員そろっている場所で団長はそれを?」

「そうなのです」

「最悪な振る舞いだ……これは外に出ると思いますよ」

「うわさ話的に?」

「彼が神薙を怒鳴りつけたことだけなら、外で話しても罪にはなりません。神薙に追い出されたことは、あなたの行動が含まれるので漏らすと罪になりますが」


 団長は相変わらずだ。

 他人の気持ちを考える機能が生まれつきぶっ壊れているのかと思うほど、誰に対しても説明が足りない。理由も言わずにそんな言い方をしたら、話がこじれるに決まっている。


 避難するかしないかでモメたのならまだしも、魔法を習うことに猛反対したということは、すなわち「まだ神薙と深い関係になっていない」と周りに知らせているようなものだ。

 最初の夫として説明すべきことをしていなかったのだろう。今の神薙の言い方だと、まるで何も聞かされていない感じだ。

 あんなにえげつない口説き方をして、あんなに騒いで念願の婚約をしたくせに、何をやっているのだろう。


 しかし、団長が何かやらかすたびに神薙がこうして俺に愚痴をこぼしてくれる。俺だけが得をしている気がした。

 何も知らない神薙はプクプクと頰を膨らませて口を尖らせている。

 ……クソかわいい。熱がぶり返しそうだ。誰かあのくそったれなメガネを取ってくれ。


「婚約破棄されたらどうしましょう」

 神薙はシュンとしている。

「大丈夫ですよ。そんなことにはなりません」

 彼女の頭をなでた。

 膝に乗せてご機嫌を取りながら甘ったるいケーキを食わせたい。


 ☟


 それにしてもこの一件、団長にとっては少々酷な出来事だ。

 死の病から避難しないことも、魔法を使うことも、神薙には危険すぎる。下手をしたら彼女が命を落としていた可能性もあるだろう。

 彼女を失うことは王国にとって大損失だ。仮に、ほかの団員が神薙の指示に従ったとしても、団長だけは神薙の決断を支持できないし、してはならない立場だった。


 一刻を争う事態にも関わらず、肝心の神薙は病を怖がるどころか「魔法を習いたい」と言い出したのだから、さぞかし仰天しただろう。

 重要事項の説明もしていなかったとなると余計にややこしい。手っ取り早く「ダメだ」と言ってしまいたくなる気持ちも理解はできる。


 話し合いがこじれた時点で、無理やりにでも馬車に乗せて避難させなくてはならなかった。

 しかし、早々に脳みそが沸騰して冷静さを欠き、喚き散らして避難の対応が遅れた。

 挙げ句の果てに自分だけが追い出されたのだから、陛下と王兄から死ぬほど説教を食らっていることだろう。いや、その前にフィデルさんがブチ切れて狂犬化していたら無傷では済まない。

 無事なのだろうか……。釣りに行くぐらいだから、一応生きてはいるのだろうが。


 神薙が絡むと彼は可哀想なほど機能が低下する。つくづく間に入ってやれなかったことが悔やまれた。


いつもお読み頂きありがとうございます<(_ _)>


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