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お買い物 §1

 車輪が石畳を(きし)ませる音と馬のひづめの軽快な音、そこに少しずつ街のざわめきが混ざり始めていた。時折、威勢のいい商人が客を呼び込む声が聞こえる。

 車窓を左から右へと流れていく景色をながめながら、わたしは相変わらず王都(ここ)での人生に悩んでいた。

 死亡ルートを回避する――言うは易く行うは難しである。

 次から次へといろいろなことが起きるので、その日の出来事や自分の考えを整理しないと頭が爆発しそうだ。

「日記でも書こうかな」と思っていたところに、連日悩む様子を見かねた執事長が、外出を勧めてきた。

 エムブラ宮殿に引っ越して以来、外に出たのは一度きり。しかも、王宮へ行っただけ。さすがに引きこもりすぎだ。

 それならば日記帳を買いに出かけよう、と考えた。


 行き先は「商人街」と呼ばれる商業エリアだ。王宮から放射線状に伸びる街道沿いがにぎわっていると聞く。

 その中でも、王宮の南側は高級志向な店が建ち並んでいることから「貴族街」と呼ばれていた。非番の騎士なども買い物に出ているため、ほかと比べても治安が良いらしい。

「金持ちケンカせず」の法則は世界が違えど同じ。慣れない通貨で会計時にモタついたとしても、裕福な人たちはレジが混んでいるくらいでは文句は言わない。土地勘のない初心者が買い物デビューをするには最適だ。


 車窓からはさまざまな建物が見えていた。

 モダンな高層ビル、重厚なレンガ造り、歴史を感じさせる石造りの家々。新旧が混ざり合い、まるでパッチワークのような街並みだ。

 強制的に連れてこられたことはさておき、歴史を感じる建物が好きなわたしは、この街のレトロモダンな雰囲気にすっかり魅了されていた。

 大きな街道沿いは比較的新しい建物が多く、一階が店舗になったアパートメントや、背の高い商業ビルが連なる。店の外壁は鮮やかな青色や、暖かみのあるオレンジ色などカラフルに塗られ、店先には花を植えた植木鉢やプランターが必ず置かれていた。

 この彩り豊かで華やかな街が、日本と飛行機で行き来できる場所だったなら、どんなに良かっただろう。


 王宮にほど近い場所で馬車を降りた。歩き始めると、どこからともなく花の香りがふわりふわりと漂ってくる。空は真っ青に澄みわたり、お買い物日和だった。

 目指すは文具店。わたしが必要としているのは、日記帳と(けい)線のないお安いノートだ。民の血税から頂戴した大切なお小遣いなので、ムダ遣いは禁物である。

 ――善良なるオルランディアの皆さま。どうかこの一文無しのわたしに、ノートをお与えください。


 神薙は平民の前には姿を現さないものらしく、お忍び用の変装をしなくてはならなかった。

 オレンジ色のコットンドレスは、かわいらしいフリルとリボンがついている。侍女長いわく、テーマは「ちょっと裕福な庶民の変装をした貴族令嬢の変装」だそうだ。変装のそのまた変装で混乱する。「ちょっとお金持ちの庶民」ではダメなのだろうか……さじ加減がよくわからない。

 明るい街並みのせいか、それとも富裕層が行き交う貴族街だからなのか、道ゆく人々の装いは華やかだ。

 薄手のストールで髪を覆った女性が多い。宗教上の理由なのかと思ったら、砂ぼこりの舞う日が多く、髪を守るためだそうだ。

 わたしも変装の一環で、ドレスと同系色の薄いストールを髪に掛けていた。


 高級そうなお店のショーウィンドウを横目に見ながら歩いていると、隣にいたオーディンス副団長が声をかけてきた。彼も変装中なので見慣れない私服姿だった。

「あちらが王家御用達の宝石店です。お買い物にちょうどいいですよ?」と彼が言うので、一緒にショーウィンドウを見に行った。

 ぎょっとするほど大きなルビーやエメラルドのアクセサリーが「どうだスゴイだろう」と言わんばかりに鎮座している。どのあたりをわたしに「ちょうどいい」と思ったのだろうか。

「ス、スゴイ、デス、ネー……」値段に圧倒されてリアクションに困ってしまう。


 城()町とはよく言ったもので、お城や宮殿がある王宮区画は、街よりも一段高い場所にある。歩いていると、どこにいてもお城がよく見えそうだ。

 まるでコスプレをしてテーマパークをお散歩しているような感覚で楽しい。

 ただ、周りを取り囲む護衛の物々しさが少々気になった。

 初めての街歩きとあって、かなりピリピリしている。わたしの警護に集中するため、今回は侍女の同行も却下されてしまった。目立たないよう私服で来てくれているとはいえ、さすがに八人にも囲まれていると買い物はしづらい。


 オルランディアに来て初めてお財布を手にした記念すべき日だった。もちろん、財布も中身もすべて頂き物だけど。

 せっかくこちらの通貨「シグ」のお札を全種類見て覚えたのだし、ここは開き直って好きに動こう。文具店を目指していることは伝えてあるし、きっと皆がこちらの動きに合わせてくれるはずだ。


「――すみません。ちょっと、そこのお店を見てきますね?」

 右側を固めている騎士様に声をかけ、警護の壁を抜け出して外界に出る。その勢いであちこちの店をのぞき、日本にいた頃のようにウィンドウショッピングに興じた。どの店も店員の感じが良く、外国人だとわかると丁寧に説明してくれるのでありがたい。

 すてきな文具店を見つけたので日記帳を探した。しかし、売られているのは鍵付きの高価なものばかりだ。

 わたしの場合、日本語で書くので鍵をかける必要はない。普通のノートで十分だという結論に至り、ピンクのマーブル模様のノートを選んだ。さらに無地の落書き帳二冊を加えてレジでお会計。思っていたよりスムーズに支払いが済んだ。

 紙のショッピングバッグもオシャレで気分が上がる。さすが貴族御用達の文具店だ。


 その後、帽子のお店とお飾りのお店、洋服屋さんに靴屋さん……と、五店舗ほどを巡り、元の大通りへ戻った。

 護衛の人たちから少し距離ができていた。

 王宮から離れるにつれ買い物客が増えており、人でごった返しているお店もあるので、全員でずっと一緒に行動するのは難しい状況だ。わたしが動きやすいよう少し距離を取ってくれたのだろう。

 そこでふと気がついた。

 ――これはもしかして、久々の「おひとり様」なのでは?


 この世界に来て以来、ずっとそばに人がいる生活だった。完全なるフリーは久しぶりだ。

 面倒を見てくれている皆には少し申し訳ないけれど、やはり長年の習慣もあり、ついつい解放感のほうが勝ってしまう。

 鼻歌混じりで散策していると、それまで見てきた貴族向けの店では決してやっていなかった「呼び込み」をしている店がチラホラ現れた。

「一時間かぎりの値引きだよ! 表示価格からさらに安くしますよ!」

 上品な扇子屋の隣にある靴下屋で、元気な女性が客を呼び込んでいる。

 呼び込みを避けるように扇子屋へ入ると、店主が「うるさくて申し訳ございません。なにぶん外れなもので」と言った。

 貴族街と呼ばれるエリアは、その店の付近までのようだ。


 扇子屋を出て「どうしようかな」とつぶやいた。

 時計台を見ると、歩き始めてまだ一時間経っていなかった。自由で楽しい時間が終わってしまうのは少し寂しく感じる。来た道をそのまま引き返すのももったいないので、別の道を歩きながら王宮方面へ戻ることにした。にぎわう大通りの横道や裏通りに隠れた名店があるのは定説だ。


 ところが、横道で「こんにちは」と声をかけてきたのは、すてきなお店の店員さんでも、呼び込みのお姉さんでもなかった。


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