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優先事項

「皆さん、まずは落ち着きましょう。今、わたし達が最優先すべきことは二つです」


 この局面で誰かを責めてもアレンさんの熱は下がらない。

 わたしは皆に話しているようで自分に言い聞かせていた。


 一つ目、アレンさんの苦痛を少しでも和らげること。

 二つ目、自分たちの安全と身の振り方を考えること。


「苦痛を和らげるには彼の症状を知る必要があり、身の振り方を判断するには病のことを詳しく知る必要があります。今、この二つより優先されるものはおそらくありません。ですから、それに集中しましょう」


 料理長がすまなそうに「申し訳ない」と言ったので、わたしは首を振った。


「料理長の言ったとおり食は生命の源であって、医療と本質は同じです。普段と体調が違うときは必ず厨房に相談をすること。厨房の皆さんはそれに応えてくれます。全従業員と騎士団に周知して徹底しましょう」


 朝食後の嘔吐は半ば人災だった。二度も三度も繰り返せば、体力がさらに消耗してしまう。それだけは避けなくてはならない。


「これ以降、アレンさんの食事は厨房で管理して頂けますか? 厨房の許可なしに彼の口に入れるものを運んではいけないという決まりにしましょう。皆さんよろしいでしょうか」


 全員が返事をしてくれたので、話を先に進めた。


「では、まずシンドリ先生のところへ使いを出しましょう。ヘルグリン病の症状を少しでも抑えるお薬と、用心のために整腸剤など腸のほうのお薬も頂いておきたいですね」


「承知しました」と、執事長が言った。


「それから……わたしがダンスのときに飲んでいる飲み物ですが、あれは普通のお水よりも吸収が早いので、リンゴとレモンの薄切りを加えたものを準備いたしましょう。胃を素通りできますし、水分補給のついでに高熱と嘔吐で失われたものを多少なりとも補給できます」


「承知しました。常温で用意しましょう」と、料理長が言った。


「まずはそれを運んで……。それからお食事をもう一度、メニューを変えて用意しませんか?」

「油脂を抜いた病人食にしましょう。スープに油抜きのパン。パンはスープに浸して粥にしたほうがいい」

「そうですね。具材はすべて細かく切って煮溶けるまで良く煮てください。胃に滞留する時間が極力短くなるように」

「承知しました」


 グルメなアレンさんは三度の食事を重視している人だ。

 本当は色々なものを食べたいはずなのに、仕事の日はあえて毎朝同じものを食べる。彼は気分良く仕事を始めるため、決まった料理人に決まった手順で同じように作らせているのだ。

 でも、休みの日の朝は皆と同じメニューの朝食を食べる。それが休日の楽しみの一つになっていると話していた。


「あの……味が毎食同じにならないようにできますか? 難しいとは思うのですけれども、実は、彼はいつも同じものが食べたいと思っているわけではなくて、単に仕事のために自分を厳しく律しているだけなのです」

「なるほど。彼はポリッジ派でしたね?」

「ええ、儀式の一つのようなものですが、一応、好きは好きみたいです」

「それなら、以前お聞きしたコメの粥も使いましょう。美食家も満足できる病人食にしますよ」

「ありがとうございます。あと、絞りたてのジュースなんかもあると良いですねぇ」

「かしこまりました。ちょうど美味いイチゴが入ってきています」


 料理長は下積み時代に病院の厨房で勤務していた経験がある。

 厨房には他にも栄養士の免許を持った人がいるので、食べる人が病人だと分かっていて、なおかつ病状が情報共有されていれば安心して任せられる。


 問題は感染対策だ。

 アレンさんが「扉に触るな」と言ったわけだから、少なくとも接触感染はするのだろう。それがマスクと手洗いうがい程度で良いのか、それとも皮膚や服に付いてもダメなレベルなのかが分からない。仮に後者であるならば、感染者は彼一人では済まない気がする。


 厨房が急ピッチで準備をしてくれている間、ヘルグリン病に関して知り得るかぎりのことを周りの皆に話してもらった。ところが、一番詳しいのはミストさんで、他の人からは「怖い」「治らない」以上の情報が出てこない。

 おそらくこの宮殿で最もヘルグリン病に詳しいのは患者になったアレンさんなのだろう。


 そうこうしているうちにミストさんの使いで本屋へ行ったスタッフが戻ってきた。

 本を受け取り、目次をざっと確認する。取り急ぎ知る必要があるのはヘルグリン病を引き起こす原因と感染経路、それからその病原体の除菌ができるか否かだ。

 感染予防ができて、除菌なり殺菌なりができるのであれば、彼を置いて避難する必要はなくなる。


 病原の項目を開くと、菌っぽいけれどウイルスっぽくもある『真ん中へんくらいのナニカ』の絵が載っていた。一瞬、ナンジャコリャ??と思ったものの、すぐに「こういうものなのだろう」と頭を切り替えた。

 なにせここは人が魔法を使う異世界だ。微視的世界にわたしの理解できないものが広がっていたとしても何ら不思議ではない。

 わたしもここでの生活に慣れてきたせいか、戸惑いから諦めまでの工程が簡素化されてゴチャゴチャ考えなくなっていた。


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