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貴公子と庶民飯

 シンが手合わせをしていた相手は、さっきの岩とはまるでベツモノだった。

 茶色い髪、銀灰色の目、整った顔、無駄なく鍛え上げられた体。姿絵が売られているだけある。超が付くイケメン騎士様だ。


 「あれって、どっかの王子様か何か?」と尋ねた。

 「次期侯爵様らしいよ!」と、イヴが興奮して答える。彼女はぴょんぴょん跳ねていた。


「あ、そういえばオーディンスって言ってたな」

「すごーい、大臣の息子じゃーん!」

「なんで大臣の息子で次期侯爵が、メガネ岩で特務師の訓練を受けにくるの?」

「知らないよー。うひょー、顔面強度エグいなー!」

「変わらないのは背の高さだけか……」

「ヤバい、ファンになりそー。超かっちょええ!」

「そんなことより、さっきちょっと教えただけなのにねぇ」

「そうそう。シンの奴、ヤバくてどんどん手数増えてやんの」

「大抵の騎士様は空振りしまくってスタミナ切れするのに、息も切れないか」

「シンのほうが先にへばったりして!」

「それはダサいけどちょっと面白いな」

「頑張れー! イケメン騎士様ぁー!!」


 ずいぶんと大物のお客さんが来たものだ。

 その日の訓練は、男子を中心に随分と盛り上がっていた。


 数週間もすると、イヴの予想が現実味を帯びてきた。

 メガネ岩にシンが速さで負けそうになっている。訓練所がどよめいていた。

 人が十年以上かけて身に着けてきたものを、わずか数週間でブチ抜いていこうとしていた。


「ダメだ、ダメだぁー! 本気出さないともう追いつかねぇー!」


 シンがヘロヘロになってしがみついてきた。


「うああぁ、やめろ! 汗だくでしがみつくな! キモい!」

「あいつ強いんだけどぉ! お前、何教えたんだよぉ」

「基礎だけです」

「あんな顔してクソ強え。戦場での実績が結構あるらしい」

「メガネしてたのは最初だけだね」

「メガネ?」

「あれ、女避けの魔道具みたいだよ?」

「なんて悲しいんだ……俺は『女寄せ』の魔道具が欲しいってのに」

「そんな汗だっくだくで近づいてくる男を好きになる女子はいません」

「っきしょー! 一個ぐらい勝てるもんがないとやってられねえ! ちょぉっとお前、俺と手合わせしろ!」

「わかったから離れろ。ウザいしキモい」

「こっちにも特級特務師の矜持ってもんがある!」

「わかったから、離れろってば」


 ギャーギャーうるさいシンの相手を終えて水分補給をしていると、今度はメガネ岩が近づいてきた。

 彼はメガネを外すと半径三メートルくらいにお星さまを飛ばしながら歩く生き物だった。


「強いのだな。シンと良い勝負をしていた」


 いけ好かない騎士口調だが本物の騎士だから仕方がない。

 「これでも特級特務師なので」と、私は答えた。

 強いか強くないかで言ったら強い部類に入るだろう。

 任務も他人様に言えないようなヤバいのが多い。


 私たちは当たり障りのない日常会話を交わした。

 メガネは今まで来た騎士様のように「キミも殺しの仕事やってるのー?」といったクソみたいな質問はしてこなかった。

 代わりに「この近くに美味いもの出す店ある?」と聞いてきた。

 岩に変身する以外はめちゃくちゃ普通で常識的な男だった。

 訓練所の裏に美味しいモツ料理を出す店があると話すと、興味を持ったらしく手帳にメモをしていた。

 奴はなんでも手帳に書き留めるクセがあった。



 メガネは訓練を休まなかった。

 嫌味かよと思うくらい時間ぴったりに現れ、無機物なのかよと言いたくなるくらい黙々と訓練を積む。


 訓練が終わると紺の騎士服か、どこで買ったんだよと聞かずにいられない私服に着替え、爽やかに星をまき散らしながら、見るからに高そうな白馬に乗って帰っていった。

 誰かが「馬もナイフとフォークで飼い葉を食べていそうだよね」と言った(笑)


 最初に基礎を教えた縁で、顔を合わせるたびに雑談をするようになった。

 ウラ特務師の訓練所内は、隊長など「長」が付く人以外は上下関係を持ち込まないという決まりがある。年齢や勤務年数、そして身分、そんなものは度外視だ。王都特務師団という組織は、実力主義かつ結果主義だった。


 ここで騎士様は「お客様」に近い存在だ。皆遠慮して敬語で話すことが多い。

 しかし、彼はここの決まりをよく理解したうえで「かしこまるな」と言ってくれた。

 次期侯爵とこんなにくだけて話していいのだろうかと思いつつも、図々しくタメ口をぶちかましている私だった。


 ある日、訓練の帰りに気の合う連中と食事に行く話になった。

 シンがメガネに「一緒行くぅ?」とふざけて誘ったところ、彼は「行くぅ」と答えた。

 イヴがブリっ子口調で「牛モツ煮込みのお店でもいーいぃ?」と聞くと、同じ調子で「いーよぉ?モツだーいすきぃ」と答える。大爆笑だった。


 ウラの特務師なんて皆平民だ。孤児も多い。

 そんな連中と世襲貴族である侯爵嫡男との格差は大きい。

 それなのに、訓練所のすぐ裏にある庶民的な店に彼はいた。エール片手にモツを食べながら、普通に皆と会話を楽しんでいた。

 そして会計を皆で割り勘にしようというとき、さらっと女子の分をすべて支払ってくれた。

 女性特務師の給料が安いことを知っているのか、それとも普段からそうなのか……いずれにせよ感動モノだ。

 その後も数回食事に行く機会があったけれど、いつも女子の分は彼が出してくれた。


 そればかりか、別の日に「ちょっと聞きたいことがあるから食事に行こう」と誘われた。

 二人とも制服だったので、騎士団の事務所近くにあるレストランへ行った。

 他の客は紺の騎士服だらけだ。そこに特務師の黒い制服が一人紛れてもまるで違和感がない。

 しかし、個室が予約されていた。


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