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再会

「大丈夫か?」と、ヴィルさんが心配そうに言った。

 わたしは「どうにか」と答えた。


 きゃぴきゃぴしたマリンがいなくなってしまったことで、女子チームは急に落ち着いた雰囲気になってしまった。

 イケオジ陛下から新たに侍女を雇うかと聞かれたけれども、なんだかそんな気にはならず、侍女長も今は大丈夫だというので今回はお断りした。


「少し明るい話をしよう」と、ダンスの練習相手をしながらヴィルさんが言った。


「前からお金を稼ぎたいと言っていただろう?」

「ええ、お仕事をしたいです。気もまぎれそうですし」

「相談相手を呼んである。あとで会ってみないか?」


 就職相談のために来て頂けるとは有り難い。

 おぱんつ会議は週に一度だし、今のところそれ以外のノルマはダンスのみだ。働ける余地は十分ある。


 午後、来客だというのでサロンへ行くと、憶えのある顔がそこにあった。

 革のハンチング帽が新品に変わっているけれども、間違いなくあの人だ。

「彼を覚えているか?」とヴィルさんが言った。

「ポルト・デリングの港でお会いした、ヒト以外は何でも売ったことがある……」

「そう、ベルソールだ」

「ベルソールさんでしたね。お久しぶりです」


 名前は忘れてしまっていたけれど『ヒト以外は何でも売ったことがある』という強烈なキャッチフレーズと革のハンチング帽は憶えていた。


「ベルソールがリアと一緒に仕事をしたいと言っている」

「わたし、事務と翻訳なら得意です」

「リアの作ったあの白いソースを王都の飲食店に売るのはどうかな。それから、前に作ってくれた白い泡のような菓子とか、先日の野営で使った混合香辛料なども検討の余地があると思う」

「えっ、マヨとタルタルソースを?」


 確かに冷蔵技術が微妙なこの国で安全に売るならば、業務用の冷蔵設備が整っているレストランを相手にしたほうが良いだろう。外食の付加価値になって良いだろうし、庶民が行く飲食店まで含めたら、相当な数の得意先を抱えることになりそうだ。

 そうなると、わたしは一日にどのくらい生産すれば良いのだろう?


「わたし、そんなにたくさん作れるでしょうか」

「リアは経営者だから、自分では作らないよ」

「あら? では、わたしは何をするのでしょう?」

「ベルソールと一緒に販売戦略を立てるのが仕事だな」

「なるほど、営業部門ですね?」


 そういうことなら前職の経験を活かせそうだ。

 それにしても、予算策定とか売上分析って、パソコンなしでどうやるのだろう? 何か良い魔道具でもあるのかしら? 表計算は絶対に必要ですよね。これはおぱんつのほうでも必要ですよ? この世界も売り掛け払いなのかしら?? 取引先が多いのに請求書を手書きで作るのはしんどいし、やっぱり何か魔道具が必要ですよねぇ……


「リア? リア? 大丈夫か? 考えていることがすべて口から漏れ出しているぞ?」

「はっ! ご、ごめんなさいっ」

「ベルソール商会がそういうのは得意だから、任せればいい」

「それでは営業としてお店へ商談に行かせて頂きます」

「あ、いや……それも専門の人がいるから」

「え? 必ずや王都をマヨラーとタルタリストで埋め尽くして見せますが……?」


 カアー・・・


 どこかでカラスが鳴いた。

 あれ? もしかして、営業部で一緒に働きましょう、という話ではないのかしら? わたし、何か勘違いしている??


「若が急に色々言うからですよ」と、ベルソールさんは横目でヴィルさんを責めるように言った。


「ごめん、俺が悪い」

「あの、わたし、ベルソールさんのお役に立てるよう、がんばりますっ」

「う……。あ、そうだ、散歩に行こうか。今日のドレスもすごく可愛いよ」


 彼は困り顔でわたしをギュウッと抱き締めた。


 カアー・・・


 カラスがめっちゃ馬鹿にしてくるのですけれども……わたしは一体なにをどう間違えているのでしょうか。


 庭園をお散歩しながら詳しい説明を聞いた。ヴィルさんはゆっくりと順を追って話してくれた。

 わたしが異世界から持ち込んだ美味しいものを『神薙の厨房』というブランドで売り出す計画が持ち上がっている。

 商売のプロであるベルソールさんと相談の上、ざっくりとした販売方針を決めたら、あとは彼の会社が何もかもやってくれるそうだ。

 新商品の開発や品質チェック、その時々の状況に合わせてリニューアルを検討していくのがわたしのお仕事。

 一つ売れるごとにいくら、というインセンティブを頂ける。いわばライセンス契約のような感じだ。


 ベルソールさんは超有名な商社『ベルソール商会』の元会長で、現在は引退したご隠居さんだ。ベルソール商会のグループ企業のような形で、国内向けの商売を始めようとしているらしい。事務員として使ってくれても全然構わないのに、なんとわたしは非常勤の役員としてお手伝いさせて頂くことになった。


「リアにとって悪い話ではないだろう?」と、ヴィルさんは得意げに言った。

 それはそれはもう、恐縮するくらい素敵なお話だ。


「ほかに何か要望はあるか?」

「わたしの取り分ですが、半分は料理長の名義でお願いします」

「はッッ? な、なにを言っている。彼はリアの使用人だぞ?」

「使用人……?」


 使用人の感覚が相変わらず良く分からない(だからわたしは皆を従業員と呼んでいる)

 しかし、料理長は共同開発者だ。


「確かにレシピを持ち込んだのはわたしです。でも、オルランディア人の口に合うよう美味しくしてくれたのは料理長ですから。何か頂くのなら二人で折半でなければおかしいかと」


 ヴィルさんは「リアの無欲さを忘れていた」と頭を抱えた。

「割合については、ベルソールと再検討させてくれ」


「はい。よろしくお願いします」

「しかし、さすがに主と料理人で半々はおかしなことになる」

「そうなのですか? 当然の権利だと思うのですけれど……」

「俺に任せてもらえるか?」

「ええ。料理長と認識をすり合わせて下さるのなら」

「わ、わかった」

「食べ物とかお金のことで喧嘩するのは切ないですからねぇ」

「そうか……うん、確かにそうだよな。よし、わかった」


 ベルソールさんはカカカッと笑って「さすがの若も形無しですな」と言った。



 数日のうちに料理長も交えて打ち合わせをし、皆がハッピーなところに話が着地した。

 契約を済ませると、ベルソールさんは待ってましたとばかりに動きだした。

 大きなリスクを背負わないために、最初は夜しか営業していない店の調理設備や、わたしの宮殿の厨房などを間借りして生産すると聞いていた。しかし、そんなことをしていたのかも分からないほど、あっという間に自社工場ができていた。

 いずれ街の反応を自分の目で確かめに行くつもりでいる。


 あまりにスムーズだったので、まだ実感がわいていないけれども、わたしはATMがない国で銀行口座を作り、初めて自分のお金を手に入れた。


次回はミスト視点です。

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