辛い別れ
お茶を飲みに来ていたユミールさんと入れ違いのように、第五騎士団の使者が駆け込んできた。
用件は、訃報だと言う。
「第五騎士団員三名が、遠征先のエルディル辺境伯領で戦死した」と、使者は言った。
なぜ、その訃報がここに届けられたのか分からないまま、わたしはその詳細を聞いていた。第五騎士団に知り合いはいない。それなのに、なぜ?
要約すると、こうだった。
場所はエルディル辺境伯領の国境付近。敵の計略に嵌められたオルランディア軍は、態勢を立て直すために一時撤退を余儀なくされた。王都から援軍として戦いに加わっていた第五騎士団が殿を務め、大勢のヒト族の兵士を逃がすために追手と対峙した。
そこで三名が命を落とした。
「立派な最期を遂げられた」と、使者は声を震わせながら言った。
突然聞かされた生々しく血生臭い戦の話は衝撃的で、強い不安と恐怖から手が震えた。
ヴィルさんの袖をつまんで軽く引っ張ると、彼はハッとしたように「大丈夫か」と言って、わたしを抱き締めてくれた。
「その三名とは?」と、彼が亡くなった三名の名前を聞くと、そばに立っていた侍女のマリンが急に倒れた。
三名の中に、ソレント子爵の嫡男フィスカスという人物がいた。それが、マリンのお兄様だった。
そこでようやく第五騎士団の使者がエムブラ宮殿へ来た理由が分かった。使者はマリンに兄の戦死を伝えに来たのだ。
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オルランディア王国は、侵略することを良しとしない。自ら他国を攻撃することはなく、侵略者から国を防衛するためだけに戦っている。
「かつて東の聖都だった矜持がある」と、イケオジ陛下は言っていた。
聖都とは、各大陸には一つずつ存在する『聖女の降りる都』のことを指す言葉だ。
聖都を有する国は各大陸でリーダーシップを取り、秩序と平和を維持する役割を担う。昔々、この王都は聖都であり、オルランディア王国はこの大陸の代表国だった。
ところが今、この東大陸にだけ聖女がいない。
わたしもまだ歴史を十分に把握できていないので原因までは分からないけれども、オルランディアに降りていた聖女は、何かをきっかけに降りなくなっていた。
かつて聖都であったプライドがあるので侵略はしない。しかし、隣国はオルランディアに攻め入ってくる。こじつけのような、良く分からない理由で侵略しようとする。
かつてパトラという国が、オルランディアの北東にあった。
現在、その国は既に滅んでおり、オルランディア領に旧パトラという地名が残っているだけ。その土地の存在が、血の気の多い隣国から侵略戦争を吹っかけられる口実になっていた。
「パトラが滅んだ後、神の遣いに復興を頼まれて今の状態になった」というのが、オルランディアの主張だ。
神の遣いとは何なのか、この主張が本当なのかはさておき、オルランディア側ではそういうことになっている。
西大陸の歴史研究家が「よそ者視点」で書いた歴史書にも「焦土と化して一切の生物がいない旧パトラを、少しずつ人の住める地へと復興させていったのがオルランディア王国だ」と書いてあった。
パトラという国は、滅ぶ際に焦土になり、人もいなかったということのようだ。
一方、血気盛んな隣国さんは、こう主張している。
「オルランディアがパトラを侵略したに決まっている。そんなことをするから聖女が降りなくなったのだ。だからこちらが侵略しても文句を言うな。善良な我が国に聖都(今の王都)をよこせ」
もし本当にオルランディアがパトラを侵略したのなら、わざわざ復興に手間とお金のかかる「焦土」にはしないと思う。それに、侵略した後も働き手は必要だから、少なくとも人は残すはずだ。
わたしも「よそ者視点」でこの世界を見ているけれども「オルランディアがパトラを侵略した」という主張には少し無理があるように思えた。それに、どのような理由があろうと侵略は正当化できない。
新聞や本で読んでいた対岸の火事が、突如目の前にやって来た。こんなにも身近で悲劇が起きるとは想像もしていなかった。
胸が痛くて潰れそうだった。
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悲しみに暮れるマリンと一緒に、亡くなった三名の国葬に参列した。
領地にいる親御さん達は、国葬の当日に王都に入る予定だった。とてもマリンを一人にはできず、せめてご家族と会えるタイミングまではと思って付き添った。第一騎士団の団員も大勢参列した。
後継ぎを失ったソレント子爵家は、マリンが結婚して跡を継ぐことになった。
子爵というのは決して爵位の高い家ではないけれども、ソレント家は大昔からの伝統を守って代々神薙の侍女を輩出している御三家の一つだ。嫡男がいなくなったからこれでお終いというわけには行かないらしい。
マリンはいきなり政略結婚をすることになってしまった。
唯一の救いは、その相手であるサムエル・トールマンが、彼女と幼馴染で仲が良いことだ。彼女は幼い頃、彼に想いを寄せていた時期があったと言う。
彼女が侍女を辞めてソレント領へ戻る日に合わせ、お婿さんになるサムエルさんが王都まで迎えに来た。一目でマリンを好いているのが分かる、穏やかな好青年だった。
再会を約束して、マリンを見送った。
それは、身を削られるような辛い辛い別れだった。
明るいマリンはエムブラ宮殿のムードメーカーだった。皆に可愛がられていて「第一騎士団の妹」とまで言われていた。彼女のことを好いていた団員もいた。
辛くて、辛くて、わたしは王都に何度も雨を降らせた。でも、辛いと言葉に出すことはできなかった。一番辛いのはマリンだった。
戦争が、彼女の人生を変えてしまった。




