相続
ある日、騎士団長会議で出かけていたヴィルさんが飛ぶように帰ってきた。
玄関で出迎えたわたしにいきなりキスをして、ぎゅうぎゅうと抱き締める。
「聞いてくれ!」
「何か良いことでもありましたか?」
「ポルト・デリングが俺の領地になるぞ!」
「ええっ?」
「婚約とあわせて舞踏会で発表されることになった!」
近くにいたアレンさんがヒュゥーと口笛を鳴らし「さすが。最初からいきなりデカいですねぇ」と言った。
ヴィルさんはアレンさんと固い握手を交わした。
「俺も、まさかあんな良いところを貰えるとは思っていなかった!」
「先日の件が評価されたのでは?」
「市長が口添えをしてくれたらしい」
「これでやっと先輩の貧乏話を聞かされなくて済みますね」
「いいや、まだまだしばらくは世界一貧乏な王族だぞ」
「はははっ」
アレンさんは褒賞としてもらった領地を持っていたけれども、ヴィルさんはこれが初めてもらった領地だった。
領地を持っているか否かで、収入は雲泥の差だと聞く。二人はとても嬉しそうで、最高の笑顔がこぼれていた。
この国の領地は、東京の区よりも小さなものから、アメリカの州に匹敵しそうな大きなものまで、規模がまちまちだ。
すべての土地は王の持ち物で、いずれも『忠誠を誓った者への褒賞』という名目で陛下が貸し与え、管理を任せている土地だった。
領主は自治を行い、そこで得られた税収の中から王に貴族税を支払う。そして、残りは自分の懐に入る。上手くやれば大儲けができるのだけど、広大な領地を一人で切り盛りするのは難しいため、領内を市区町村のような小さな自治体に分割し、家族や部下などに管理を任せていることが多い。
一代かぎりの褒賞として貸し出された領地もあれば、世襲ができる領地もある。騎士がご褒美としてもらうのは、一代かぎりの領地が多いそうだ。
アレンさんの家は世襲貴族なので、いずれはお父様から相続した領地と、自分が褒賞で貰った領地の両方を管理することになる。
ヴィルさんのお父様が持つ領地は広大だ。ランドルフ公爵は日本で例えるなら「東日本知事」ぐらいの勢いだ。
ヴィルさんはその中から『デリング侯爵領』と呼ばれている湾岸エリアを、侯爵の爵位ごと貰うことになった。これは褒賞ではなく、お父様から相続された領地だった。
つまり、ランドルフ公爵領には実質二人の領主様がいて、親子で分担して治めていることになる。
他のお家でも親子兄弟で分けて治めることが許された領地はいくつかあるそうだ。大抵は領主が高齢で、働き盛りの嫡男が父親から少しずつ仕事を引き継いでいるのだとか。
領主が亡くなってから一気に相続して民を混乱させるより、元気なうちに少しずつ継いでもらうほうが陛下としても良いらしい。
相続をするタイミングという意味では、ヴィルさんはかなり早いほうだ。領主としてはとても若い。しかし、親の不幸などで若いうちから領主を務める人も少なくないので、変なレアケースというわけでもなかった。
陛下の決定は、王家の特別扱いと思われるようなものではなく、ごく普通に見えるものだった。息子の結婚が決まり、貧乏では困るからと親が土地を与えたわけだ。
ヴィルさんにとっては大きな転機になるという。
今まで『騎士団長からの参考情報』として意見を述べるだけだった貴族会議で、彼は領主としても発言権を持つことになった。しかも所有しているのが王都経済の屋台骨とも言われる国際貿易港を有するポルト・デリングだ。
「経済に関する発言権はかなり強いものになる」というのが、アレンさんの談である。
わたしにしてみると、普通の騎士様だと思っていた人が実は王族で……それだけでも驚いていたのに、今度は急に国会議員になってしまったようなもの。ポケ●ンじゃあるまいし、何の前触れもなく急に進化するので、ついていくのが大変だ。
「お祝いをしなくてはですね」と言うと、彼はニンマリと口角を上げた。
「実はもう予約をしてしまった」
「なにを?」
「レストランを。料理長に夕食は要らないと連絡済みだ。出かけよう」
「まあ、そうなのですね? では急いでお着替えを」
わたしが『一緒にやりたいことリスト』に入れていたヴィルさんお気に入りのレストランへ行き、ふたりでお祝いディナーをした。
そこは王宮料理人だったシェフが開いたお店で、大小の個室があり、貴族や富裕層の商人がよく利用する名店だそうだ。
ミシュランガイドならぬリアちゃんガイドでは、堂々の三ツ星である。
神薙の来店は初めてのことらしく、オーナーシェフが挨拶代わりにと高級ワインをサービスしてくれた。
美味しいやら嬉しいやらおめでたいやら、わたし達は幸せいっぱいだった。
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