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岩に癒しを

 ミストさんはこの日を心待ちにしていた。

 神薙の護衛もできるほど武術に長けているという彼女は、アレンさんからの信頼も厚い。騎士団の人達と同様に、彼女も定期的に訓練へ通っていた。


 しかし、そこで手合わせをしている凄腕の男性にだけは、どうしても歯が立たないそうだ。それは鳴り物入りで入ってきた人物で、とても強いらしい。

「一発でいいからマトモなのを入れたい」と常々話していた。


 激しい動きを伴う戦闘訓練で、彼女の悩みはただ一つ。「胸が邪魔」だと言う。彼女が得意とする武術はコンパクトで速い動きが多いらしく、しっかりホールドしておかないと本領が発揮できないそうだ。さらしを巻いて奮闘していたけれども、満足度は低いとのことだった。


 わたしは脱ステテコ、彼女は脱さらしを目指していた。目標が明確な彼女は、会議でも積極的にアイディアを出してくれた。

 ヒト族の女性には、彼女のように激しい動きを伴う職に就いている人がそれなりにいるらしい。開発チームに彼女がいることで、そういう人達に『どストライク』な商品を作れている自負がある。

 スポーツタイプは素材問題の影響も受けなかったため、当初想定通りの品質で出来上がってきていた。

 彼女は試供品をじっくりと確認すると「ついに来た」と拳を握りしめた。


 メイドさん達は安価で可愛いものをたくさん欲しがった。侍女はレースが付いた豪華なデザインが好き。冷えと肌の乾燥が気になるメイド長は、保温と保湿に優れた柔らかな素材を気に入っている。皆、顔を合わせるたび嬉しそうに感想を教えてくれた。


 わたしも自分用の試作品を見てニヨニヨが止まらない。

 かわいいのも、セクシーなのも、試作と言えども一通り揃えた。これさえあればもう安心。

 さあヴィルさん、どこからでもいらして! と言いたいところだけど、こういう時に限って何も起こらないから残念無念。最近の彼は出かけると帰りが遅く、とても忙しそうだった。



 一週間も経たないうちに、思わぬ事件が起きた。

 アレンさんが頬骨あたりにひどい青あざを作って現れたのだ。訓練で負傷したものの、治癒院の休業日に当たってしまい、治療が受けられなかったと言う。


「ど、どうしてそんなことにっ?」

「訓練中には良くあることです」

「でも……でも……」

「大したことはありません。不慮の事故というやつですよ」


 彼がそう言うと、わたしの後ろでミストさんが「ほう、事故ですか」と呟いた。そろりと振り返ると、ミストさんがニマッと口角を上げている。


「ま、まさか……」


 ミストさんの手合わせの相手って。後から来たのに誰も敵わない男性って。……アレンさんのことですか?


 どうやらミストさんは、念願のクリーンヒットをお見舞いできたようだ。良かったですねと言ってあげたいけれども、相手が身内となると複雑な心境だ。


「ど、どうしましょう。とっても痛そうです」


 わたしが彼を見上げて言うと、ミストさんが再びニンマリと微笑んだ。


「リア様に治して頂いたほうが良いのでは? 岩が窪んで見えますよ」

「岩……???」


 一瞬ハテナが浮かんだ。

 しかし、当初、彼が石に見えていたことを思い出した。


 わたしの場合、初めて王宮で彼を見たとき、長細い石に見えた。

 しかし、次に見たときは無表情な仏像になっていた。

 現在の彼は、あの不思議なメガネをかけているのに、パッと見は普通の人だ。ただし、少し表情が固いのは否めないし、触れても体温を感じない。それに、日によって仏像と人の間を行ったり来たりしているので、おかしいことはおかしい。


 てっきり彼が段階的に人間化しているのだと思っていたけれど、見る人によって違う見え方をしているようだ。ミストさんには岩に見えると言う。

 本当に、なんなのですか、そのメガネは……。


「こういう青あざも、わたしの変な力で治るのでしょうか?」と、聞いてみた。

「自分の魔力を変な力と言う人を初めて見ましたよ」と、アレンさんは呆れたように言う。


 やってみないと分からないので、ソファーに座ってもらってメガネを外した。ぶわっと押し寄せるイケメン光線に踏ん張って耐える。気のせいか背景にバラが見えた。少女漫画によくあるアレだ。

 相変わらず彼は兵器だった。目を見るとこちらが石になりそうなので要注意。過去に何度か食らって学習している侍女は一斉に目をそむけ、ミストさんもわずかにのけぞってヒクリと顔を引きつらせた。


「訓練中もメガネをしているのですか?」

「いいえ、危ないので外しています。誰かさんと手合わせをすると、ヤバい蹴りも飛んできますし、こうして普通にぶん殴られますから」


 ちらりとミストさんを見ると「武器を持つともっとすごいらしいですよ?」と笑っていた。アレンさんもつられて笑っている。

 この顔を殴れた彼女の肝っ玉は豪傑級だ。しかも、蹴りまで繰り出しているとは恐るべし。

 この美男美女が訓練所でバキバキ戦っているのは、果たして正解なのだろうか。普通は何かもう少し違う関係性になるような気がするのだけれども……。


 彼の青あざにそっと手を当てると、少しずつ消えていった。わたしの謎の手は健在だ。


「痛くないですか? ほかは?」


 彼は首を振ってお礼を言うと「大丈夫です。二度と同じ手は食らいませんので」と、ミストさんを見ながら言った。

「ほうー、そうですか」と、彼女が挑発する。


「昨晩、攻略法が見つかりましたのでね。いやー、久々に悩みました」

「それはそれは、次の訓練が楽しみですね」

「ふっふっふ」

「はっはっは」


 高身長の二人に挟まれてタジタジである。

 アレンさんと互角にやり合うなんて、ミストさんは相当強いのだろう。

 わたしも守って頂くばかりではなくて、少しは身を守れるようにならないといけないのかも知れない。


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