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試作品

「はっ、いけないっ」


 一度はおとなしく座ったものの、すぐに大事なことを思い出してしまった。


「今度はなんですか?」

「今日はマダムに新しい生地見本を見せる予定でしたっ」

「リア様、安静にしていられないのですか?」

「これと……あ、これもですねっ。……あれ? もう一つあったのに??」

「リア様、お願いですから、おとなしくして下さい」


 生地サンプルを詰め込んだ箱を開けてガサゴソやっていると、後ろから大きなため息が聞こえてきた。

 しかし、おとなしくしろと言われても、もう極限までおとなしくしている。これ以上おとなしくするには、もうどこかに座ってモアッと口から魂を吐き出すほかない。


「リア様……」

「はい。あの、もうちょっとですので」

「言うことを聞かない子はこうです」

「へ? きゃっ」


 箱に手を突っ込んだまま生返事をしていたら、ガバチョと抱き上げられてソファーに運ばれてしまった。


「うう、生地見本が……今日必要なのですぅ」

「ミストに探させますからご心配なく。あなたはお薬の時間です」

「ぶぅぶぅ」

「ぶーぶーしないの」


 彼は粛々とわたしの薬を用意し、飲みやすいようにして渡してくれた。

 一方、ミストさんはわたしが探していたものをシュバッと一撃で取り出すと、必要な見本をまとめて会議室へ運んでいった。彼女はハイスペック美女執事だ。

 わたしは、しょんもりとお薬を飲んだ。


 アレンさんに監視されながら口から魂を吐き出して遊んでいると、時間どおりマダムがやって来た。間髪入れずに仕立屋の担当さんも到着。

 男子禁制おぱんつ会議の開催時間である。


 大会議室に集合した女子軍団は興奮していた。


「ま、マダムっ! デザイン通りですよ~!」


 わたしはマダムと手を取り合って歓喜した。

 仕立屋さんはゆっくりと『おぱんつプロジェクト試作品第一弾』を机に並べる。一枚、二枚、三枚……。徐々に皆のボルテージが上がってゆく。


「まだむうううッッッ」

「リア様ぁぁぁ!」


 マダム赤たまねぎと熱い抱擁を交わした。

 ついに、ついに、この世界で普通の下着(試作品)が産声を上げた。わたしがステテコおぱんつを脱ぐ日が来たのである。


 うおー、おぱんつの夜明けは近いぜよぉ……ッ!



 生まれ変わったマダム赤たまねぎは天才だった。

 マダムのペンはいつぞやの変な儀式をしなくても止まることを知らず、コンセプトやイメージを伝えるだけで紙の上を滑り続けていた。わたしが言葉でイメージを伝え切れず絵を描いて説明すると、マダムがそこに描き加えて、共作としてデザインを完成させた。


 わたし達は基本となる機能デザインをした後、三つのコンセプトを決めていた。ゴージャス系、カワイイ系、機能重視系の三パターンだ。いずれは販売する前提で作っているので、先々までブレない軸を作るためだ。すべてのデザインをこの三つに分類しながら作業を進めた。


 しかし、試作品第一弾の仕立てに向けて動き始めたとき、事態は一転した。素材の一部が思うように入手できず実現できないものが出てきたのだ。

 その中でも、体型補正に使うボーン素材が手に入らないことは大誤算だった。

 当初、コルセットのボーン素材を使う予定だったのだけれども、よその業者に取られてしまったのだ。

 先々を見据えて、神薙とは別名義で発注していたことも災いしていた。神薙のオーダーだと言えばすぐにでも調達できただろうけれども、皆で商売の船に乗りかかっているのに、ここで「わたしは神薙ヨ、その素材をよこしなさいっ」なんてことを言うのは違うと思った。


 ボーン素材を扱っている素材商人は、こちらが無名だという理由だけで交渉のテーブルにすらついてくれなかった。複数の業者と交渉を試みたけれど、どこも状況は同じ。わたし達は唇を噛んだ。


「もっと小規模な商会をあたったほうが良いのでしょうか」と、ミストさんが眉間に深い皺を刻んで言った。正義感の強い彼女は、人一倍その状況を悔しがっていた。

「会ってももらえないので、交渉の余地がありません」


 マダムは首を振った。


「これは商売の世界では当たり前のこと。昔から素材商人は人を見るようなところがあります。そのくせ、同業と張り合って少ない客を取り合っているのです」


「取引する価値がある相手だと思わせたい」

「そうですわね……」

「それに必要なものが知りたい」

「実績ですわ。商人は現実主義者なのです」

「まだ店もないのに、実績なんて作れませんよ!」

「だから骨無しで作るのですよ」と、マダムが言った。


「大丈夫。これほど斬新な考えで作られたものです。まずは骨無しで商品を作り、店を出してみてください。そうしたら、現物を見せながら交渉できますわ」


 マダムの提案は『新たな素材を手に入れたらリニューアル』を繰り返すことで、徐々に品質を上げていく作戦だった。


「商品が売れれば、業者との立場が逆転します。『ウチから買ってくれ。もっと安くできる』と向こうから言ってきます。これはどの業者にも同じことが言えますわ」


 マダムと仕事をして良かったと思うことは多かった。

 この国で実績のある彼女が言うほうが、わたしが同じことを言うよりも説得力がある。特に業者との付き合い方は、すべてマダムが教えてくれた。


「ミストさん、あの業者を見返しましょう。必ず頭を下げさせてやりましょう」

「望むところです。ちょっと悔しくて燃えてきました」


 話が落ち着いたところでわたしの出番だ。マダムのおかげで楽をさせてもらっている。


「では皆さん、先を見据えてちょっと作戦会議をいたしましょうか」


 ぽんぽんと手を叩いて皆を集め、ボーン素材がなくてもそこそこ「寄せる・上げる」や「クビレ補正」が機能するよう、部分的にデザインを再検討して修正した。


 商人街のテナント料や人件費の相場などを調べつつ、ミストさんとソロバンを弾いて予測利益を計算した。十分商売として成り立ち、おぱんつの開発費用も回収できる見込みだった。



 試作品とはいえ発注数が多かったため、それに対応できそうな大きめの仕立屋を選んだ。神薙のドレスを作るような高級店は使えない。これからそういう店になりたいと思っていそうな仕立屋さんを探して依頼した。

 創業から三代目になる社長さんは、作るものが女性用下着だと聞いた途端、担当を女性に変更する気遣いを見せてくれた(イイヒトです)無名だからと門前払いを食らわせた失礼な素材業者とはえらい違いだった。

 ウチのおぱんつには皆の思いが詰まっている。ぞんざいに扱われると傷つく人が大勢いるのだ。


 仕立屋の担当者は試作品を綺麗に並べ終えると、大仕事を終えたかのようにニッコリと微笑んだ。お針子さんたちの興味も相まって、作業をしたがる人が多かったという。


 会議室にはわたしの分身マネキンの他に、市販の小、中、大サイズのマネキンがスタンバっている。オルランディア規格なので、日本のSMLサイズより大きい。

 次々と着せてサイズを確認してから、受領書にサインをした。


 まずは自分達で身をもって商品を評価する。

 モニターはわたしと侍女三人、マダム母娘、メイドさん達など宮殿の老若女子軍団、そしてミストさんだ。

 サイズ別に紙袋に入れて配布し、皆で一斉に試用を開始した。


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