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神薙論 §1

 忙しくはあるもののドレス作りは順調に進んでいた。

 マダム赤たまねぎに塩をまいてからというもの、オーディンス副団長はまるで()きものが落ちたかのように微笑んでいる。

 ――心なしか、イケメンが半分はみ出ているような気も……。

 少し焦点をずらして見ているくらいがちょうどいい。

「今日も図書室へ行かれますか?」と聞いてきたのでうなずいた。

 二人で向かおうとしていると、侍女長のフリガがわたしを呼び止め、手に扇子を持たせてくれた。

 白レースが貼られた「フリフリお扇子」は、宰相から頂いたわたしの防具である。微笑む仏像がハンサム光線を出してきたら、サッと広げて防御するのだ。某有名RPG風に言うと、勇者リアの装備品は「ごうかなドレス」と「いこくのせんす」である。


 エムブラ宮殿の図書室は大きい。

 入り口のある一階から四階あたりまでぶち抜きになっていて、膨大な数の本が詰め込まれている。わたしが引っ越してきた後、陛下のはからいで本が追加され、専属の司書さんも一緒にやって来た。

「リア様、なぜ毎日のように図書室に?」と、オーディンス副団長が不思議そうな顔をしている。

 エムブラ宮殿に来て以来、連日セッセと図書室へ通い詰めているからだろう。理由は単純だ。

 ――殺されたくないからです。


「環境が違いすぎて、時間とともに積み上げる類の常識がないので、不安で……」と、やんわり答えた。

 この国の歴史も知らなければ、文化にもなじみがない。知っていて当たり前の習慣や常識を知らないし、法律だってわからない。地理に疎くて、道に迷ったらおそらく二度と戻って来られない。一番困っているのは、地名を含む固有名詞の知識がまったくないことだ。

 今のわたしは「なぜなぜ期」の子どものようなもの。それにも関わらず、成人として生きている恐ろしさ。これは世界をまたいだ者にしかわかるまい。

 ――夫を選ばないと軍が蜂起すると言うくらいだもの。非常識でパッパラパーだったら余計に殺されやすいでしょうに。

 安全な海外旅行の基本と同じだ。現地の情報を集め、目立たないように常識的な振る舞いをするに限る。

「常識的な人になりたいのです」笑顔を貼り付けた。

「そんなことは周りの人間に任せておけば良いのですよ」と彼は言う。

「頼りきりというのも申し訳なくて」

「大丈夫。私がついていますから」

 彼がニコッと笑った。

「はぅッ」

 微笑に多少慣れてきたとはいえ、急に現れる笑顔は強敵だ。汗を飛ばしながらお扇子で防御していると、司書さんが不思議そうな顔をしていた。


 棚の場所と番号を聞き、階段で二階へ向かう。

 広い図書室にはわたしたちしかいない。いつも静かで、自分たちの歩く音だけが聞こえた。

 本の劣化を防ぐためか、ほかの部屋と比べて明るさは控えめだ。柔らかな光が差し込むよう、小さな窓が絶妙な位置に配置されている。

 息を吸い込むと、木と紙とインクの匂いがした。仮に読みたい本がなかったとしても、癒しを求めて毎日ここに来たくなる匂いだ。

 ほんわりとした空間の中で、わたしを導くのは白い手袋。見上げると、微笑むイケメン仏像。今日も彼は謎に満ちている。彼だけ「石族」とか「岩石人」とか別種族だったりして。


「殺されたくない」が動機とはいえ、新しい知識を詰め込んでいく日々は充実していた。

 ギャップに驚かされたり狼狽(うろた)えたりすることは多いけれども、もともと「暮らすような旅」が好きだし、異文化を知ることも好きだった。自分のいる環境について少しでも早く、多くのことを知ろうと躍起になっていた。

 そんな中、ふと立ち止まってみたら、自分が「神薙」というものについてほとんど知らないことに気がついた。


 神薙は大陸に一人しか()べない。大切な存在らしい。ヒト族の前にはめったに姿を現さない。神薙の体に触れてもよい人は限られている。常に護衛がつく。天人族の子どもは神薙にしか作れない。多くの夫を持つことが許されている――都度、周りから教えてもらったことだけが神薙に関する知識だ。

 過去の神薙たちは、何を思い、どう生きていたのだろう。生涯でどのくらいの『生命の宝珠』を作ったのか。夫がいない昼間は何をして過ごしていたのか……。わたしは神薙のリアルを知りたいと思った。


 先代の神薙に対する疑問もある。

 これまでに聞いた話によれば、先代は魔導師団と仲が良く、お肉とお酒とお宝が好きで、食べ物の好き嫌いが多い。服はセクシー系を好み、触ると爆発する(気性が激しい?)人というイメージだ。

 それに加えて「百人くらい夫がいた」という話を聞いた。かなりアンビリーバボーな人だ。

 しかし、ここに来た日に陛下からこんな話も聞いていた。

「天人族の人口は年々減り続けている」「少子化が問題になっている」と。

 百人もの夫がいるのにおかしな話だ。

 先代も召喚された際、同じことを言われているはずだった。夫を見つけてください。『生命の宝珠』をたくさん作ってください。天人族の繁殖ができるのはあなただけです、と。

 しかし、先代は作らなかった、もしくは作れなかった。

 ――百人全員との関係が冷めきった? そんなこと、あるのかしら?

 周りに理由を聞いても、はっきりした答えがもらえない。それならば図書室で調べよう。

 この国の法では、神薙の私生活について話すことは禁じられている。だから詳しい本があるとは考えにくいのだけれども、わずかでも情報があればありがたい。


「リア様、こちらの棚です」と、オーディンス副団長が言った。

 わたしたちが足を止めた場所は、宗教系の本がまとまっているコーナーだった。そこに「神薙」とラベルのついた段がある。

「あらまあ、並んでいると圧巻ですねぇ」と本棚を見上げた。

 この国の本は万人向けと、天人族向けの二種類がある。天人族向けの本は魔法関係の本が多く、一般の書店では売られていない専門書だ。高価なだけあって装丁は豪華でインテリア要素が高い。

 神薙の本が並んでいる段は、すべてが天人族向けの本なので、ペカーっと輝いて見えた。一冊のお値段はヒト族の労働者の平均月収を超えていると聞く。

「さすが上級国民向け……」

「我々も基本的には街の書店で売られている万人向けの本を読んでいますよ?」と彼は言った。

 こと小説に関して言えば、ヒト族が書いた本のほうが面白いし、人気作家と呼ばれる人たちも圧倒的にヒト族が多いそうだ。文章力があったとしても、創造力ではヒト族に手も足も出ないのだとか。


 ――さて、どれにしましょうか。

 新しいジャンルの本を読むとき、最初の一冊目はカンに任せて選ぶことにしている。いわゆるジャケ買いだ。見た目と本のタイトルだけでバシッと選んでしまおう。

「よし、これにしましょう」

 手に取ったのは『神薙論』という本だった。なんだかちょっとカッコいい。

「リア様、まさかそれをお読みになるのですか?」と、彼が引きつった顔で聞いてきた。難しい本なのだろうか。

「もしかして、哲学書ですか?」

「いや、まあ、その傾向がある箇所もないことはない……ですが」

 彼は歯に物が詰まったような言い方をした。

「神薙とはこうあるべきだ、という内容なのかと」

「どちらかというと、神薙の夫とはこうあるべき、という話に重点が置かれています」

「そうなのですねぇ。では、これはお部屋で読むことにいたしますね」

「部屋で……そう、ですか……」

 何か変だな、と思いつつも『神薙論』をお持ち帰り用の箱に入れた。


 図書室にある机につくと、前日に読んでいた歴史の入門書を開いた。

 昼間、図書室でじっくり読むものは、外に出ても恥ずかしくない人((イコール)殺されにくい人)を目指して読むお勉強の本だ。

 優先的に読むのは、マナーの本、王国の仕組みや法が簡単に書いてある本、それから歴史概略、この三つだ。どれも最低限のことは知っておかないと失敗しそうなので早めに頭に入れようと思っている。

 法や歴史の本はオーディンス副団長が探してくれたものだった。概略をざっくり捉えるなら子ども向けが早いと言って、中学生くらいを対象にした本を勧めてくれた。


 彼は珍しくわたしから離れ、司書さんと何やら話し込んでいる。打ち合わせでもしているのか、ぼそぼそと二人で話す声が聞こえていた。

「まさかそれを読むのか」という質問の意図がわかったのは、その日の夜だった。


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