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謎の呪符[ヴィル]

「しかし、一体誰がこのようなものを送りつけてきたのか……」


 市長の手元には数枚の呪符があった。

 彼に相談してきた人々から回収したものらしい。

 内容は理解できないものの一枚一枚の文様が微妙に違っている。それぞれ効果が違うのだろう。

 まだ回収しきれていないというので、馬を飛ばして回収するついでに事情を聞いて回った。

 牧場に漁業組合、図書館や騎士の詰め所、学校、公園の管理事務所など、なんとも一貫性がない。

 フィデルが部下を送ってくれたため、俺一人では回り切れない場所に行ってもらった。

 どこもそれが届いた日を境に、なんらかの様子がおかしくなったと語っている点は共通していた。


 部下と共に呪符をすべて回収すると、市長の元へ戻った。

 王都には護符と呪符に詳しい専門家がいるはずだ。彼らに見せれば詳細が分かるかも知れない。

 俺が呪符をすべて持ち、リアと一緒に行動していれば、彼女の恩恵に包んだまま、他に害を出さずに呪符を移動させられる。安全に王都へ持ち帰って調査を依頼できるはずだ。我ながら名案だった。


 領主である父は、長いことポルト・デリングを訪れていないようだった。

 市長は管理を頼まれている立場なのだが、放ったらかしにされているようで、呪符のほかにも様々な相談をしたがっていた。

 ひどい領主である……。

 これでも王都周辺の領の中では最も税収の多い地なのだが、まさか放置されていたとは驚きだ。

 役に立つかは分からないが、精一杯相談に乗らせてもらうことにして、市長と打ち合わせを始めた。

 聞けば聞くほど、この状況で市長が真面目に仕事をしてくれているのは奇跡だとしか思えず、申し訳ない気持ちになった。王都から差し入れを持ってきていたのだが、もっと良いものにすれば良かったと反省した。

 打ち合わせは終わる気配もなく、翌朝もう一度会う約束をして日付が変わる少し前に引き上げた。


 宿に戻ると、皆それぞれの部屋で過ごしているのか、中央の広間は静かだった。

 帯同した使用人がミストと話しながら、小さなバーにあるグラスをのんびりと拭いていた。


 ミストが小声で「お帰りなさいませ」と言った。

 リアはどうしているかと聞くと、もう上階に居るとだけ答えた。

 相変わらず俺には不愛想だ。


 階段で上階に上がると、アレンがソファーでボンヤリとしていた。

 上着もヴェストも脱いでタイも外し、シャツは襟元のボタンを開けている。まるで一人で部屋にいるときのような格好だ。心なしか髪が乱れていて、何もない空中を見つめている。

 俺に気づくと気の抜けた顔で「お疲れ様です」と言った。


 「どうした?」という俺の問いに、彼は複雑な表情を浮かべた。


「ちょっと自己嫌悪でヤバかったので、一人で反省会を」

「ほう。何をやらかした?」

「個人的なことなので。しかし、こんなに毎日毎日同じことで葛藤することもないですね」

「何で葛藤している」

「もう手を出してしまおうか、いやいや非常識だからやめよう。これの繰り返しです」

「んんーー……」

「早々に手を出してしまった不届き者には縁のない悩みでしょうが」

「ふふ、絶対に言うと思った」

「今日もメガネ君を脱せなかったなー、明日もお仕事を頑張ろう、と思うところまでが俺の一日です。もう大変ですよ毎日」

「はははっ」

「それが楽しくもあるのですがね」


「リアは?」と尋ねた。


「先程、お休みになりました」

「そうか……」


 俺もソファーに腰かけて伸びをした。

 ガラス張りの小さなサロンは港が一望できる。

 伸びをしたついでに上を見上げると、天井までガラスだった。


 「遅かったですね」と、彼は言った。


「なんだか妙な呪符があちこちに届いていた」

「呪符? 珍しいですね。古臭いというか」

「な。一見すると護符に見える。おそらく悪意のある代物だ」


 回収してきた呪符を懐から取り出してアレンに見せていると、呪符の端が焦げたように黒くなっているのに気づいた。


「なんだ、この黒い部分。さっきはなかったが」

「ん? インクですか?」

「いや違う。燃えた後のような……」


 アレンも身を乗り出して黒い部分を注視した。

 すると、俺達が見ている前でじわじわと広がり、見る見るうちに全体を真っ黒に塗りつぶした。


「あっ、っちょ……! 嘘だろう?」


 呪符はわずか数秒の間に燃えカスのようになった。そして、それはひどく脆く、少し手を動かしただけでボロボロと崩れて床へ落ちていった。


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