お花の兵器[ヴィル]
ミストは彼女の『内緒話』を瞬く間に突き止め、俺の執務室へ報告しにやって来た。
所要時間はわずか数時間。
女性だというだけで、そんな簡単に? と、おおいに傷ついた俺達である。
しかしミストは、俺とアレンだけに話すという条件を付けた。
「本当に殿方に話すようなことではありません。リア様の個人的な極秘事項です。業務上どうしても必要なら致し方ないと思いますが、もし興味本位でしたらおやめになって下さい」
リアを庇うようなミストの言葉に、俺とアレンは顔を見合わせた。
神薙付きになることや任務の内容を伝えても顔色一つ変えなかったミストが、俺達に話すことを躊躇していた。
一体、リアから何を聞いたのだろうか。
外部の人間が入り始め、内容が分からないと警護の方針が決められない。備えができないことを話すと、ミストは目を伏せた。
「それも理解できます。致し方ありません」
そう言うと追加条件を出してきた。「他言厳禁」と「見せる資料はすぐに回収して処分する」だ。
どんな話が飛び出すのか恐ろしくなったが、俺とアレンは同意した。
ミストは腹を決めたかのように、懐から折り畳まれた数枚の紙を取り出し、俺達に見せながら淡々と話し始めた。
目の前に置かれた紙に、俺達の目は釘付けになった。
裸婦の胸部と下腹部を、小さな布と紐で隠しているだけの刺激的な絵だった。
男向けの性風俗的な類の絵ではなく紛うことなきデザイン画なのだが、とにかく刺激が強い。
数分のうちに俺達は真っ青、いや真っ赤になった。
「し、下着……を作っている、だと?」
俺はかろうじて答えたが、アレンは右手で真っ赤になった顔を覆い、直立したまま固まっていた。
「こちらは不採用になったデザインですが、概ねこういったものです」
「こ……、これ、この、こう、こういうものを、リアが、着るのか?」
「先輩、もうそれ以上聞かなくていいから」
「ちょっ……だってお前、これとか……これを、リアがだぞっ?」
「こっちに見せないで下さいよッ!」
胸の真ん中と下腹部を包む小さな布の両脇にリボンが付いていた。
「ここを引っ張ったら脱げてしまうのではないか?」と言って指差すと、怒ったアレンが「そういう目で見るな!」と、俺からデザイン画を取り上げた。
取り上げた途端、絵の全体が目に入ったのだろう。アレンはそのまま固まった。長細い岩だ。
そういう目で見るなと言われても、もはやどういう目で見ればいいのかが分からない。
俺は物理の話をしているのだ!
腰の紐を引っ張れば、ほどけて左右の均衡が崩れ、あの小さな布は重力に負けて下へ落ちるだろう。つまり、脱げるのだ。
そうなった場合……、いや、まずいな。これ以上想像するのは良くない気がする。
ミストは冷ややかな目で、「こういった装飾の多いタイプは『ランジェリー』と呼ぶそうです。夫を喜ばせる効果もあると仰っていました」と言った。
アレンの目がダンゴムシのように小さくなっていた。
焦点が合っていない。
どうやら思考を停止させることで、己の精神の平和を死守しているようだ。
戻ってこい。俺を一人にするんじゃない。
夫を喜ばせるだと?
それは喜ぶだろう。大喜びだろう。
男はリアを抱けるだけで、既に大喜びなのだ。
彼女があんなものを着けていたら、そしてあのリボンを引っ張ってほどいても良いのだと知ったら、夫は跪いてその喜びにむせび泣くだろう。
もし、俺が引っ……ダメだ、考えるな。冷静でいられなくなる。
心臓が弱い夫だと命に関わるぞ。
これは、閨で死人が出る案件だ!
「リア様の母国は、こういったものが豊富だったそうです。相当な経済大国かと思われます。これから夫を決めて共に暮らすうえで、こればかりはこの王国の現状に耐えられないと嘆いておられました。侍女を含む使用人の女性は、老いも若きも全員がこの件に関与しています。各々の立場や環境で、デザインや試作品について意見をしても良いという権限を与えられています。今日来たばかりの私にもです」
これがリアの「殿方には言えない問題」だったのかと、俺はようやく合点がいった。
彼女がいた世界の男は、さぞかし強靭な心臓を持つ戦士ばかりなのだろう。
我々と違って魔法を使わず剣一つで戦う種族だ。男達の心肺機能は並大抵ではないだろう。同じ武人として負けていられない。
「ドレスと同様、種類と数が必要だということで、かなりの費用を要します。しかし、その経費を回収するため、商売を始めることを視野に入れて動いています」
くれぐれも他言厳禁だと言うと、ミストはサッサとデザイン画を回収して懐に押し込み、俺の執務室から去っていった。
「他言厳禁て……」と、俺は言った。
「他の団員になんか言えるわけないだろう」
「最初の夫は大変そうですねぇ」と、アレンは言った。
「二人目以降だって大変だ。なにせあれは外から一切見えない場所にある殺人兵器だ」
「店なんか出したら大騒ぎになりますよ?」
「世の男は歓迎するだろうな。この宮殿で既に盛り上がっているということは、世の女性も歓迎するのだろう」
「あのお花の兵器が、まだ殺傷力を上げようとしているなんて信じられないです」
「あのお花は商魂もたくましい」
リアは民の税金に頼りきりで暮らすことを良く思っていない。
金を稼ぎたいと言っていることは聞いていたが、まさか本気とは……。
いつぞや手帳に書いた「リアの商会を作る」というメモを思い出した。
「商会を作るとしても、商売そのものはどう進めます?」と、アレンが言った。
「特務師を使おう」と、俺は答えた。
「ちょうどベルソールが暇を持て余している」
「オモテ側の人間だけで何とかならないのですか? 候補にあがるのが最初からウラ社会の人間というのも何か違う気がしますが」
「ベルソールがオモテの顔で彼女の手伝いをすれば良いだろう?」
「特務師であることを伏せてもらうと?」
「そうだ。彼女の『金を稼ぐ』という目的が果たせないと意味がないからな」
オモテの彼らは世界に名の知れた大貿易商だ。まず、商人としての腕を買う。これが大前提。
ベルソール商会の人間がそばにいれば、他の業者や職人が関係することになっても調査が容易だ。それに護衛もできる。多少そういったウラの仕事も発生するだろうが、それはあくまでもオマケだ。
ちょうど新しい鳥打ち帽と家でも買ってやろうかと思っていたところだった。
さすがの彼も下着は売ったことがないだろうが、リアはこれまでいくつか異世界のものを再現している。
白ソースや野営用の香辛料、最初に作ってくれたパイなどがそうだ。
あれらは売れるのではなかろうか。しかも爆発的に。
「あの白いソースは全国的に広めたい」
「あー……あれは美味ですよ」
「商人としての刺激的な老後をベルソールは望んでいる」
「ほう、そうなのですか」
「広場に屋台を出して何か売りたいとか、最近はそんな話ばかりしていた。彼は商売が好きなのだよ」
「お互いに必要なものを持っているというわけですね」
「新しい商材と頼りになる安全なおじいちゃん。そういうことだ」
ノックの音が聞こえたので応えると、カチャリとドアが開き、リアが顔を出した。
今日は全体にレースが使われた淡い緑のドレスだ。可憐なこと、この上ない。
俺の邪念が腹の下で渦巻きそうだったので、咄嗟に目を逸らして別のことを考え、落ち着かせた。視界の端では、アレンが慌ててメガネをかけている。
「そろそろお食事の時間なのですけれども……お忙しいでしょうか? 今日は料理長がカニとクリームを使ったコロッケを作って下さっていて、ぜひ温かいうちに」
アレンと目が合うと、「何の話をしていたのでしたっけ」と、彼が言った。
俺が聞こうと思ったのだが、先に言われてしまった。
「まったく忙しくないということだ」と俺は答えた。
ニコニコと微笑むリアに笑いかけ、俺とアレンは執務室を後にした。




