王宮からの発表[ヴィル]
文官の汚職が絡んでいた一連の事件は、何がしかの正式な発表をしなくてはならず、王宮では議論に発展していた。
イドレの汚職、そしてスルトの謀反について、どこまでを発表するのか。
主要な新聞社に概要を説明して事前質問を受け付けたところ、どこの新聞社も『当日降った雨』について説明を求めてきた。
事件の日、リアが涙を流したことで王都に小さな雨が降った。
降るべき場所で降るべき量しか降らせないはずのそれが、無計画に王都全体の地面をしっとりと濡らしたのは久々のことだ。
リアは知ってか知らずか、感情を爆発させることなく声を殺して静かに泣いた。
それは彼女の心の均衡を保ち、かつ王都を大雨洪水被害から守る唯一の方法でもあった。
先代神薙の時代、王国の民はありとあらゆる自然災害に悩まされていた。
これまで新聞や雑誌の記者たちは、起きている事実を独自に観察し、分析して記事を書いていた。天候は商売や国民生活に直結するため、昔から関心が高い。
彼らは噂のような形ではなく、王宮の正式な見解を知りたがっていた。
最近の素晴らしい天気は今だけなのか、それとも当代の神薙が在位している間ずっと続くものなのか。長年愛用してきた砂塵よけの外套に帽子、防塵布、ヴェール……ありとあらゆる対策用品は捨てても良いのか。
そんな中、無理もないことなのだが、彼らは久々の雨に対して過敏に反応していた。
よもや再び大雨洪水・落雷突風に砂埃を食らい続ける日々が戻ってくるのではあるまいな、と。そう不安に思う気持ちは俺にもよく分かる。
もともと王宮では、リアの功績を何らかの形で国民に伝えようという動きがあった。
俺個人としては、こういった悪い知らせに混ぜるような形で発表をするのは反対だ。願わくは明るい話題として彼女のことを知ってもらいたい。
しかし、雨に関する質問を無視すれば、神薙の印象が悪くなる懸念があった。
議論の結果、神薙に関する部分についても発表をすることになった。
神薙が夫を選んでいること。
その過程で謀反人が文官と結託し、事件を起こしたこと。
神薙を人質にしたが、第一騎士団がそれを阻止したこと。
すべては法の中で行われたことではあるが、神薙が深く傷つく結果になったこと。
これを踏まえ、王宮は組織と法の見直しを行うこと。
このようなざっくりとした発表ではあるのだが、起きた事実の大半が網羅された内容となった。
王宮がここまで文官の不祥事について発表をすることは稀だ。
「それだけのことが起きていながら小雨で済んだ。当代の神薙は慈悲深く、民への影響は最小限で抑えられている」と王宮は発表した。
どの新聞社も何がしかの確信を持つに至ったのだろう。リアに対し、好意的かつ同情的な記事を書いた。
その後、リアは元気を取り戻し、震えも止まって毒沼のような薬とお別れした。
主の回復とともにエムブラ宮殿には平穏な日々が戻り、俺達の心も安息で満たされた。
それは単に彼女の体から癒しの魔力が漏れているという理由だけでなく、彼女が微笑んでいたからだった。
甘い菓子を食べながらホワホワと話す彼女は、存在そのものが俺達にとっての癒しだった。
あの日、鬼の形相でスルトを殴り殺そうとしていたアレンも、(腹の中がどうなっているかはさておき)リアの隣で穏やかに彼女を見守っていた。
団員達が遠征を伴う訓練に行きたがらないのも無理はない。
リアのそばを離れたくないのだ。
アレンがボヤいていると、慈悲深いリアは自らも訓練へ参加すると言ってくれた。
彼女はあのようなひどい目に遭ってもなお親切で礼儀正しく、側近護衛を大事にしてくれる。
俺が徹夜明けの失態を詫びたときも、彼女は気にしないようにと言ってくれた。そればかりか、俺がやらかした翌日からずっと変わらぬ態度で接してくれている。
しかし、そんな平穏な日々は、あっけなく壊れてしまった。
犯人は他でもないリアだった。
彼女が俺達に秘密を作ったのだ──
アレンは俺の顔を見るや否や不満そうに口を尖らせた。
そして「また収穫なしですかぁ?」と言う。
「仕方ないだろう」と、俺は答えた。
彼がぷくぷくと頬を膨らませ、「もぉー、ダメなヴィルさん」とリアの真似をしたせいで、周りにいた団員がドッと笑った。俺も思わず吹き出した。
最近、アレンのモノマネの精度が上がっており、忘れた頃にポツリと披露するので、団員達に大うけしている。もともと器用な男ではあるが、すっかり宮廷訛りを使いこなしていた。
「軽く質問しただけだからな」
「侍女と侍女長もですか?」
「彼女たちは意外と肝が据わっている。というか、リアへの忠誠心が強い。あれは死んでも喋らないぞ」
「大事にされていますから仕方ないですね」と、アレンは顎をさすった。
「俺だって拷問にかけられても彼女のことは喋りませんよ」
徹夜明けの俺が理性をぶっ飛ばして大暴走する中、リアは何か「問題がある」というようなことを言った。
ずっとそれが気になっていたため、後日「俺のベッドで言っていたのは何だったのか」と真意を確認した。すると、思わぬ返事が返ってきた。
「すみません。殿方にはお話しできないのです」
彼女は俺やアレンだけでなく男という男をすべて払い、女性だけで秘密の話をするようになっていた。
フィデルは「そんなこともあるんじゃないのぉ?」と、軽く流した。
彼は今でこそ部下だが、俺の先輩だ。
昔から頭の中に常夏の太陽とヤシの木が生えた砂浜があり、心臓がココナッツの殻で覆われている男などと言われている。
繊細そうに見えて、とてつもなく強心臓かつ強靭な精神を持つ男だ。
「気にならないのか?」と聞いてみた。
「女性だけで集まっているのも可愛いじゃないの」と彼は笑う。
陽気すぎるというか明るすぎるというか、大物すぎて話が噛み合わない。
アレンは「警備のことがありますからね」と、至極まともなことを言った。
寡黙なマークは無言で「うん」と頷いただけ。
俺の部下は皆とても優秀だが、少々個性が強すぎる。
方針も何も見えていない状態で話し合う相手は、やはりアレンが適任だった。




