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捕縛[ヴィル]

 イドレは待ち合わせの場所へ急いでいた。

 分不相応な長い文官のローブを引きずり、約束の場所に停まっている馬車へ向かってヨタヨタと走る。

 息を切らしながら馬車の扉を開けて乗り込もうとした瞬間、肩を叩かれた。

 驚いて振り返ると、デカい騎士が彼を見下ろしていた。


 この時すでにクリスには俺の伝言が伝わっており、第三騎士団と第一騎士団の一部が王宮区画内に散らばってイドレを捜索していた。

 クリスは「一緒の馬車で逃げるのではないか」と考え、あえてスルトの馬車をそのままにした。

 部下と共に物陰に潜んで待っているところへ、まんまとアホウドリがやって来たというわけだ。


「やあ、どうもこんにちは、文官殿。今日も良いお天気ですね」


 クリスは感じ良く話しかけた。

 イドレは内心ひどく動揺していたが、こんなに早くバレるわけがないと平静を装った。


「こちらの馬車の持ち主は文官殿ですか?」と、クリスは訊ねた。

 イドレは否定した。


「あーでは、ご友人ですかね?」

「ああ、ええ、あの、はい。友達……ですね」

「そうですか。実は彼らはちょっと急な用事で、つい先程ここを去りました」

「え……」

「行き先は分かっていますので、我々がご友人のところまでお送り致します」

「いや、あの……それは、一体、どういう……」

「詳細は聞いていないのですが、なんでも王宮の地下に急用ができたらしいですよ? ご友人は全員お連れするように言われておりましてね」


 クリスはニコニコしながら言った。

 王宮の地下は階により様々な設備がある。ただ、罪人専用の宿泊施設(・・・・・・・・・)が最も有名かも知れない。


 慌てたイドレは「自分は無関係」というような言い訳をしたらしい。

 しかし、クリスに持たせていた『真実の宝珠』がことごとく赤く光り、すべて嘘だと見破った。


 言い逃れはできないと悟ったイドレは、勇敢にも『王国の猛き虎』の二つ名を持つクリスに殴りかかった。幸運な一撃でも入れば逃げおおせると思ったのだろう。

 賭け事に関してはまるで才能のない彼だったが、拳には多少の運が付いていたようだ。彼の右拳は見事にクリスの頬をとらえた。


 この瞬間を二人の目撃者が見ていた。


 スルトの馬車の隣には、二人乗りの小さな馬車が停まっていた。

 馬車の持ち主は二十歳の男だ。彼は買ったばかりの馬車に付き合い始めたばかりの恋人を乗せ、王宮エリアへやって来た。

 馬車を停めて恋人と手を繋ぎ、王宮と城、それから王宮図書館などの外観を見て回った。

 「次はお城の裏にある湖へ行こう」と話しながら、機嫌よく馬車へ戻ってきたところだった。

 彼らはただデートを楽しんでいる人畜無害の恋人たちだった。


 彼らの小さな馬車のそばで、大きな騎士が誰かに殴られていた。

 「あっ!」「ああっ!」と、二人は声を上げた。

 「騎士様を殴るなんて!」と、可愛い彼女が口元を押さえて言った。

 ところがその大きな騎士は、くるりと彼らのほうを向いて、おかしなことを聞いてきた。


「今、俺、殴られた?」


 二人が目をまん丸にしてこくこく頷くと、大男は「やっぱりそうか。変なことを聞いてすまなかった」と言って再び背中を向けた。

 そして「ここは駐車禁止だ!」と言うと、比べ物にならないほど強烈な一撃でやり返した。

 さらに駐車違反の切符にぷちぷちと穴を開けると「貴様は特別に五万シグだ。耳揃えて払えよ、このクソヤロウ」と言って、それを男のポケットにねじ込んだ。


 五万シグという天文学的数字(に彼らは思えた)を聞いて、初々しい恋人たちは真っ青だ。

 隣に停めてある馬車は自分達のものだと自首して(いるつもりで)必死に詫びた。

 すると大きな騎士は「案ずるな。俺は善良な恋人たちの味方だ」と言って見逃してくれたらしい。


 当該大男(クリス)いわく「なんか顔にポコンと当たった気がしたが、殴られたという確信がなかったから人に聞いた」だそうだ。

 お前のツラの皮は一体どうなっているのかと言いたくなるのだが、もうクリスなので仕方がない。

 この目撃証言をしてくれた二人には、彼がお礼として食事券をあげたらしい。


 こうしてイドレもまた、あっけなく牢へ放り込まれた。



 一方、スルトは武器を隠し持った状態で見合いの部屋に入っていた。

 彼は神薙に触れたばかりか、短剣を向けて彼女を人質に取った。

 それは俺にとって悪夢のような光景だったが、彼女の安全確保を最優先として、必死で自分を抑えた。


 俺はフィデルに言われたとおり、ゆっくりと話した。そして、落ち着いてスルトと話をしてみた。

 時間稼ぎとは言え俺が話すことで武装解除ができれば幸いだし、それが最も平和的な解決方法だ。

 しかし、ちっとも話が合わない。

 反王派というのはこういうことなのだろうか。驚くほど気が合わなかった。


 スルトは王都が欲しいらしい。王になりたいそうだ。

 無職で何の功も立てていないくせに、自分の領地が欲しいとはめでたい奴だ。しかも王とは笑わせる。

 

 すぐにアレンの姿が窓の向こう側に現れた。

 屋上から窓の掃除人が使う縄を一本拝借して降りてきている。

 リアのお花の香りが部屋に充満しないよう換気目的で窓を開けていたことが功を奏した。おかげで彼は音もなく窓から侵入することができたのだった。

 彼は素手のまま、いとも簡単にスルトを武装解除させた。


 アレンは俺でも近寄りがたいほどブチ切れていた。

 下衆男がリアに触れたうえに、武器を向けたことに腹を立てているのだ。

 リアのことになると異様なほどの潔癖症が出る彼は、正直言って手のつけられない状態だった。


 彼女の安全が確保できた時点で、一応、抜剣の許可を出したが、彼が瞬殺しかねないと思ったので「可能なら殺すな」と付け加えた。

 予想どおり、フィデルを始め部屋に突入した団員達は、スルトを素手でなぶり殺そうとしているアレンを必死で止めることになった。

 生ける凶器と化した彼を止められるのは、俺の代理で指揮を執っていたフィデルぐらいしかいない。

 フィデルは間一髪ギリギリのところで彼の攻撃を避けながら、どうにかスルトから引き離した。

 そして「助けてくれ」と泣きながらすがりついてくるスルトを捕らえて牢に入れた。

 結局、誰一人として剣を抜くことはなかった。


 全体で負傷者は四名。

 クリスは相当手加減をしたらしく、捕縛時のイドレは一応(・・)軽症だった。

 スルトは重症だったが牢の中で治癒魔法を受けさせ、無理やり軽症の状態まで回復させてから取り調べ室に放り込んだ。


 ほか二名はアレンを止めようとして負傷した不運な団員だ。

 いずれも見た目は軽症だったが『クーラム』の殺人技を変な角度で食らって脳震とうを起こしていた。

 用心のために一日だけ入院させたのだが「食事が美味しくないから早くエムブラ宮殿に帰りたい」と文句を言っているらしいので心配はなさそうだ。


 イドレとスルトの取り調べは続いている。

 二人には余罪もありそうだ。スルトは恐喝、イドレは横領。どうしようもない二人だ。


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