救出[ヴィル]
「一体、なぜスルトが……」
言いかけた瞬間、ポケットの中の魔道具が震えた。
部屋の中からリアが助けを求めている。
「リア!」
すぐさま扉のノブに手を掛けた。
しかし、開いているはずの鍵が掛かっている。
扉が開かない。
ガチャガチャと動かすうち、手の平に魔法鍵の感触が伝わってきた。
「あのクソ野郎! 扉に細工をしやがった! アレン、開錠を手伝え!」
「了解」
「一班! イドレを捕らえろ!」
「はい!」
「四班! 左右の部屋が使えるか確認しろ!」
「承知しました!」
「五班と六班! 馬車を回して先に侍女と従者を乗せろ。リアを乗せたら直ぐ出発できるよう準備しておけ!」
「了解っ!」
後ろから声がした。
「団長、イドレがいません! 鞄などの荷物もありません」
「まだ遠くへは行っていないはずだ。周辺を捜索しろ!」
「了解!」
どこへ逃げようと、奴は既に隠密に追跡されている。
しかし、合法的な追跡で捕まるならそのほうが良い。
「第三騎士団の連絡係はまだ残っているか!」
「二名おります!」と野太い声が聞こえた。
「団長に伝令! 緊急配備を要請する。文官マヌエル・イドレを謀反の罪で生け捕りにしろ!」
「はっ!」
「フィデル! 各所に伝令を出せ!」
「分かった。第一騎士団より特務師団へ、第三と同内容で伝令!」
「はい!」
「第一騎士団より宰相へ、王宮内でスルト家による神薙襲撃事件発生中。イドレの謀反とあわせ、それぞれ一族の捕縛を要請する!」
「承知しました!」
「第一騎士団よりエムブラ宮殿へ……」
フィデルが次々と連絡を飛ばし始めた。
多少落ち着いてきていた胃の中が、再びグラグラと沸騰する。
魔法鍵が開錠できない。
アレンと二人掛かりで外そうとしても、猛烈にややこしい術式が幾重にも掛けられていた。
「くそっ、なんなんだこの鍵は!」
「団長、これは後で開けることを前提として掛けられた鍵ではなさそうです」
左右の部屋を確認しに行っていた団員が戻ってきて、両脇の部屋も同様に魔法鍵が掛かっていると言った。
「隣もめちゃくちゃな鍵です。開錠を試みますか?」
器用なアレンでも手こずるほどの魔法鍵は、時間稼ぎが目的だろう。
中で何をしようとしているか容易に想像がつく。冗談じゃない。
「開錠は無理だ。扉を壊す!」
扉を破壊する準備に取り掛かろうとしたとき、中から微かにリアの悲鳴が聞こえた。
「リア様!」
「リア!」
全身の毛が逆立ち、血が沸騰して逆流した。
途方もない怒りと共に、得も言われぬ後悔が押し寄せてきた。
「彼女を人質に取られる。俺は外から入ります! こちら側に注意を引きつけてください!」
「頼むから落ちるなよ。アレン、窓から突入して背後を突け! そこの三人、アレンの援護! 急げ!」
「はいっ!」
「四班、この部屋の窓の下で待機しろ。仮にアレンが落下しても死なせるな! 連絡係、万が一に備えて王宮医を呼び、四班と共に現場に待機させろ」
「了解しました!」
「皆、離れろ。爆破する!」
「待て、ヴィル! 後ろに警報機がある。魔法禁止区域だ。俺がやる!」
「構わん! 部下に罪を被らせるほど落ちぶれていない」
制止するフィデルを振り払い、右手に意識を集中した。
叔父がいれば「何が何でもリアを救え」と言うだろう。
俺が罰せられる分には構わない。
もともと向いていない仕事だ。クビになっても仕方がない。
しかし、下手に魔法を放って王宮を火の海にすれば本末転倒、逆にリアが危ない。
思い切り集中して繊細な操作をしてやれば、小さな範囲を燃やさず爆破できるはずだ。
幼い頃から嫌というほど魔力を絞る訓練ばかりしてきた。
「王族に失敗は許されない」という父の言葉が、今日も頭の中を駆け巡る。
詠唱を始めると魔法報知機が作動したのか、警報が鳴り始めた。
「くそったれな報知機め」
舌打ちした。
攻撃魔法にはすぐ反応するくせに、イドレの汚い魔法鍵には作動しない。使えないにもほどがある。
悪の本質が分かっていない人間の考えるものは、至るところで正義の力を弱体化させ、アホウにばかり有利なものや制度を生み出している。
王宮はアホウドリの巣窟だ。
警報を聞きつけ、王宮の警備にあたっていた第三騎士団の一隊が駆けつけたが、残っていた伝令が神薙を救うところだと説明したようだ。
腹が立ちすぎて死にそうだった。
よくもリアに手を出してくれたな。ガラールだかスルトだか知らないが絶対に許さん。
「リア! 扉から離れていろ!」
厚さの分だけ歴史のある扉は、建て替える前の王宮から移築したものだった気がする。確かこの棟は全体が重要文化財だ。
もう知ったことではなかった。
王の建物を王の甥が壊して何が悪い。
罰したければあとでご自由にどうぞだ。
「皆、聞け! たった今より第一騎士団長のすべての権限をフィデル・ジェラーニに委譲する!」
扉を破壊すると、腰から剣を外し、フィデルに向かって放り投げた。
第一騎士団長が代々持っている国宝の剣だ。
「フィデル先輩、俺に万が一のことがあったら代わりを頼む」
「馬鹿野郎。こんな時に先輩なんて呼ぶな」
「お喋りをしてくる」
「ヴィル、ごく普通に、ゆっくり喋れ。すぐにアレンが来る」
「分かった。もし死にそうになったら、ちょっとだけ助けてくれると嬉しい」
「ちょっとだけと言わずたくさん助けるから心配するな」
「いつもありがとう」
俺は大馬鹿野郎だ。
もっと早くこうするべきだった。
神薙法も、見合いも、初めから全部ぶっ壊してしまえば良かった。
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