ガラールの養子[ヴィル]
「ガラールが養子を取ったのはいつだ」
「さ、最近、かと思いますよ」
「適当なことを言うな」
「ほ……本当、です」
「では、どこの家から入った養子だ」
「そ、そこまでは……ちょっと私では……」
「それならなぜ最近だと知っているのだ。最近とはいつだ!」
「こ、ここに、王宮で申し込みを、確認した……し、証明が、あります……」
イドレの顔は青ざめていた。
ここに『真実の宝珠』があれば、こいつの話が嘘か本当かを暴くところだったが、外で怪しい馬車を探しているクリスに貸してしまったことを悔やんだ。
「見合いの部屋に騎士を入れさせろ」
「そ、それは、できません」
「では、できない根拠を示せ」
「い、い、いま、持って、ない、ので」
「ならば、その名に誓え。貴様も天人族ならば誓いの魔法くらい使えるだろう」
「ぶ、文官を、脅すことは、ほ、ほ、法に反する、のでは?」
また『法』だ。
いつも法が俺の邪魔をする。
はらわたがグラグラと沸騰した。
「ヴィル、時間の無駄だ。そんなクソみたいな奴は放っておけ」
フィデルに止められ、どうにかイドレから手を離した。
「これは警告だ。リアが危険にさらされた場合、貴様の命はないと思え。俺は地獄の果てまでもお前を追う。簡単に死なせてもらえると思うな。長い年月をかけてなぶり殺す。脅迫だと思ってもらって結構だ。王族の俺を訴えたければやってみろ。貴様が賭博場にセッセと通っていることも明るみに出る。尾行にも気づかぬ愚か者め。必ず殺すぞ。覚悟しておけ!」
イドレは賭博の件がバレているのは想定外だったらしく、ガタガタと震えていた。
そして、分不相応に長いローブを引きずりながら、オタオタと無様に離れていった。
俺は近くにいた部下を集め、ガラールが養子を取ったことについて尋ねたが、誰もそれについて知っている者はいなかった。
今から籍を調べにいかせても見合いには到底間に合わない。
明らかに虚偽だと分かっていなければ、見合いを止めさせることもできない。
「くそっ!」
階段付近の警備にあたっていた団員の一部を、見合いの部屋の近くに移動させた。
さらに念を入れて、リアに渡す魔道具の動作確認をもう一度させた。
魔道具屋の爺様に頼み込んで急ごしらえしてもらった緊急通報用の道具だ。今日さえ正常に動いてくれればそれで良い。
リアが見合いの部屋へ入っていく。
イドレのくそったれが邪魔で中が見づらい。
隙間からどうにか見合い相手の顔が見えた。
どこかで会ったことがあるような気がしたが、どうも記憶がはっきりしない。
チラリと左を見ると、アレンが首を傾げていた。
扉が閉まり、廊下に静寂がやって来た。
数分後に再び扉が開き、もたもたノロノロとイドレが出てくる。そして、そそくさと離れていった。
「アレン、知っている男か?」
「見たことがあるような気はしますが、どこの誰かが思い出せません」
「俺もだ」
記憶を辿ったが分からなかった。
中にいた男は、名誉騎士が養子にするには虚弱な印象だった。まるで田舎領主の息子のようだ。
「いくら跡継ぎがいないからと言って、ガラール殿があんなのを息子に選ぶでしょうか。あれではヒト族のガラール騎士団にすらナメられるのでは?」
アレンの言うとおり、ガラール家らしからぬ小男だった。
あれが偽者だと仮定して、どうやったら見合いに潜り込めるかと考えた。
印の偽造、印影証明書の偽造、ガラール子爵を脅して印を押させた等々、実現可否はさておき、いくつか方法はあるだろう。
イドレは王宮が申し込みを受理した証として、印影管理部の証明書を持っていた。
神薙の夫の申し込みは紙一枚の話ではあるが、手紙の封印に使うような簡易な印では申し込めない。
家長は書類を書いて押印した後、王宮の印影管理部に提出する。
印影管理部は登録されている印影と同じであることを確認し、問題なければ証明書を発行する。
そして、書類から印影の部分が切り取られ、代わりに証明書を添付して、イドレの元へ書類を流している。
印影管理部はアレンの父である総務大臣の直轄部署だ。
これ以上なく厳しい目で監視されているため、王宮のあらゆる組織の中で最も真面目に仕事をしている部署だと言って間違いない。
書類がそこを通過したということは、少なくともガラール子爵家の印が押されていたことを意味する。
しかしながら、状況が状況なので先程の男が印を偽造した可能性も否定はできない。
危機管理の観点から家の印影はそうそう他人の目には触れないようになっている。
万が一、印影を誰かに見られてしまった場合は、印を作り替えて登録し直すのもまた常識だ。
それに加えて、印の偽造は罪が重いので、昔ならいざ知らず現在ではほとんど聞かない。
印影証明書を偽造した可能性もあるが、証明書には透かしなどの偽造防止策がいくつも施されていて、偽造は不可能に近いと言われている。
一番気になるのが、ガラール子爵の身に何か起きていることだ。
脅されて押しただけなら、本人が王宮へ連絡してきているだろう。
しかし、あの剣の達人を脅せるだろうか。素手でも強い超人みたいなジジイだ。俺ならやめておく。
とりあえず無事でいてくれれば良いのだが……。
一分一秒が長い。
三十分が永遠のように感じた。
皮膚がヒリヒリする緊張感が続く。
無意識のうちに祈っていた。どうかこのまま何も起こらないでくれ、と。
ほどなくして、虎の腕章を付けた騎士が息を切らし駆けてきた。
クリスの部下だ。
「ランドルフ団長! クランツ団長より伝言です!」
「声を落とせ。どうした」
「『スルトの仲間を捕らえた。百合を守れ』とのことです」
「スルト? スルトだと?」
俺とアレンは顔を見合わせた。
スルト子爵は、小物ではあるが反王派だ。
しかし、王は彼らに適度な恩を売ることと、自分の目が届く範囲に置くことで奴の動きを封じている。スルト子爵とその嫡男は王宮内で小物に相応しい職を与えられていて、今は勤務中だ。
今日の見合い相手にもスルトは居ない。
扉の隙間から見えた男も、スルトの嫡男ではなかった。
今から子爵もしくは嫡男がここに攻めてくるにしても、非戦闘員である彼らがここまで辿り着くことは不可能だ。




