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白花の庭園[ヴィル]

 リアとデートをした翌日のことだ。

 まだ午後の日の高いうちに、クリスが俺の執務室へやって来た。


 「何をしたら、そんなに落ち込めるのだ」と、彼は呆れた様子で言った。

 一方こちらは酷い有り様で、「父のせいだ。いや、俺が悪いのか?」と、頭を抱えていた。


 父に対する感情は、いつだって複雑だ。

 何もかも父のせいにしたくなる俺と、そんなことではいけないと思う俺とが常にせめぎ合っている。


 クリスはまた芝生の匂いがする草汁茶を持ってきていた。懲りない奴だ。

 彼は「心が落ち着く茶だそうだ」と言ったが、この間は「頭がすっきりする茶」だと言って持ってきていたし、その前は何か別のことを言っていた。

 いい加減なのは喫茶室なのか、それとも彼なのか……。いずれにせよ、俺は何度も草汁茶を飲まされている。


 「それはそうと」とクリスは言った。

「北の庭園でデートだったらしいな?」


 机に突っ伏していた俺は、がばっと顔を上げた。

 俺は「神薙をデートに誘う」という話はしたが、行き先までクリスには話していなかった。北の庭園はリアの護衛も入れない場所だ。彼が知っているはずがない。


「なぜ知っている? 見たのか?」

「いや」


 クリスは立ったままソファーの背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。

 俺とは対照的に落ち着いた涼しい顔をしている。


「愛らしいリボンを着けた可憐な女性だと聞いただけだ」

「あ、あいつら、守秘義務を……!」


 再び机に突っ伏すと、勢い余って額が当たり、ゴツンと鈍い音がした。

 痛いな。くそ……っ。


 北の庭園は叔父が所有する特別区域で、第三騎士団が警備に当たっている場所だった。

 俺とクリスが幼馴染であることは有名なので、入り口にいた連中がクリスに喋ったのだろう。俺の私生活が筒抜けだ。


「帰りはお前に支えられるようにして出てきたと……」

「それ以上言うな。思い出すと頭がおかしくなる」

「さて、ヴィル君は何をしたのでしょうか」

「何かしようと思って連れていったわけではない」


 そこへ行けと言ったのは父だ。

 そこで言えと言われたことを言った。

 リアが何を言い、どう行動したかを父に報告すれば良いだけだった。

 あれは任務だ。


 正直言って、父の命令にはうんざりしている。

 叔父と父の命令は似ているようで根本的なところが違う。

 叔父のは頼みごとに近い。猛烈に面倒くさいものの、俺の将来に何かしら好影響を及ぼしそうなことが多かった。買い物に行くことから始まり、国内の主要な貴族と会うことであったり、諸外国の重要人物との会合だったりした。

 魔道具屋の頑固な爺様に可愛がられているのも、幼い頃から「おじうえのおつかい」として数え切れぬほど顔を出してきたからだ。それらは成長してから俺の大事な財産になっている。


 それに対し、父の命令は目的が明かされないことが多い。しかし、俺の行動によって何かの結果が変動しているのは確かだった。

 だからしくじれば叱られた。「小さな仕事で失敗をするな。甘ったれるな」とキツく言われる。俺にはそれが利己的な命令に思えて好きではなかった。


 叔父も俺を叱ることは多かったが、それは生活面のことだけだった。

 頼まれた買い物と違うものを買ってきてしまっても、それに対して叱ることはせず、「もう一度行ってもらえるか」と言うだけだった。

 叔父は完遂を求めていて、父は一発での成功を求めている。

 「王族に失敗は許されない」と父は言う。それは分かる。

 ただ、それ以外にも父に対するわだかまりが多すぎて、俺は素直に話もできないままだった。父に人生相談なんてもってのほかだ。大事なことは何もかも叔父に相談して生きてきた。


 庭園そのものには興味があったが、父の命令で行くのは気が進まなかった。

 しかし、希少な魔法植物である『王の白花(はっか)』は見事に咲き誇っていた。悔しいが、父が言ったとおり、ちょうど見頃の時期だった。

 白花が発した濃厚な魔力が庭園を浮遊する様子は、幻想的で美しかった。

 わずかな時間しか居られなかったが、あの場所にリアが立っていたなら、さぞかし美しく、絵になる光景だっただろう。

 ベンチに座ってゆっくりと花を鑑賞することもできたはずだ。


 父から「神薙に言え」と言われていたことは、幸いなことに事実だった。


 『北の庭園で悪さができるのは、この王国で神薙ただ一人』


 王の白花の近くで神薙が男と交わると、花の魔力が混ざってややこしい『生命の宝珠』ができてしまうらしい。

 これ以上嘘はつきたくないと思っていた俺は、内心「助かった」と喜んでいた。


「悪さができるのは神薙だけ、か……」

「父の用を早く済ませ、リアにすべて話して謝るつもりだった」

「それで? リア様は何と答えたのだ?」

「それが……、庭園に入ってこなかった。怖がって一歩も動けなくなってしまった」

「なぜ? 何を怖がっていた?」


 俺の執務室が沈黙に包まれた。


「直前まで、彼女は美しい庭を喜んでいた。俺が悪い」


 魔法植物に馴染みのない彼女は、花に対して強い興味を示していた。

 彼女は剣の国から来た神薙だ。最初、初めて見た魔法植物を怖がっているのかと思った。しかし、俺の言葉が原因でリアを怖がらせてしまったのだ。

 気がついたときは遅かった。


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