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神薙のドレス §1

 二か月以上先のお披露目会へ向け、連日、準備で大騒ぎしている。

 新しいドレスを一から作ることになっており、それが騒ぎの発端だ。

 侍女三人組は腕の見せどころだと意気込んでいるけれど、本当にそこまでする必要があるのだろうか。

 珍しくクローゼットに入った(入れてもらえた)わたしは、数ある新品ドレスの中でもひときわ上品なものを指さし、遠慮がちに尋ねた。

「あのぅ、これではダメなのでしょうか?」

 侍女たちは時が止まったかのようにしばし沈黙すると、一斉に崩れ落ちた。

「リ、リア様、それは部屋着ですわ」

「えええっ!?」

 侍女長のフリガは壁につかまり立ちして肩を震わせている。

「大丈夫、わたくしたちにお任せください」

「そうですよ。別の世界から来たばかりなのですもの」

「なんでも聞いてくださいませ。淑女として必要なことでしたらお教えできますから」

「うう……皆さん、いつもすみません」


 またしても、やってしまった。

 お恥ずかしながら、この世界でわたしは重度の世間知らず。特にドレスは頭の痛い問題で、相変わらず部屋着とよそ行きの判別ができない。

 ――そもそも、服の構造が謎に満ちているのよね……

 ドレスといっても、わたしが知っているワンピースとはまるで違う。上下が分かれているだけならまだ良いとして、袖や襟、ポケットまでもが別パーツになっていることがある。

 特にポケットは衝撃的だった。肌着の上にスカートをふんわりさせるペチコート、その上にぶら下げ式のポケットを装着。さらにその上から、スリットが入ったスカートを巻きつけるように着るのだ。

 上半身も似たようなもので、前後左右から重ね着をする。まるでロボットを組み立てているかのよう。

 どれも一人で着ることを想定していないらしい。背中を長いヒモで編み上げるなんて、どうやっても誰かの手を借りないと無理だ。


 着るのも面倒な服を一から作る――これがどれほど大変なことかを痛感していた。


 エムブラ宮殿の中だけで騒いでいるならまだいい。しかし、どういうわけかイケオジ陛下までもが騒いでいる。

「ドレスは白地に金の装飾にしないか」と提案を受けた。陛下が言うには、神薙様のオフィシャルカラーは「白と金が基本で、たまに紺」と決まっているらしい。

 厳格な決まりではないようだけれど、提案どおり進めることにした。当日は第一騎士団も白と金の礼装だと言うから、合わせたほうが締まって良さそうだ。

 色が決まった後は、素材で大騒ぎが始まった。ナントカという国のシルクはどうだ、ホニャララのレースはどうだと、ことあるごとに陛下から使者が飛んでくる。


 ついには王宮が手配したデザイナーが、弟子を引き連れて乗り込んできた。

 皆は彼女を「マダム」と呼んでいる。陛下の服も作ったことがある有名デザイナーだ。

 見た目年齢六十歳前後の大ベテランは、大きな宝石のついた指輪をいくつも着けており、耳にも首にも巨大宝石をぶら下げていた。金持ちアピールもエスカレートすると、まるで秘境のシャーマンだ。大きくて丸いシルエットのアップヘアが、赤紫色の髪と相まって「赤たまねぎ」によく似ていた。

 八人の弟子はすべて若い女性。全員が制服と思しきネズミ色のダボっとした服を着て、色とりどりの髪をおだんごに結っている。赤たまねぎの弟子は子たまねぎなのだ。


 たまねぎ軍団のせいでサロンは異様な雰囲気に包まれていた。

 マダムはわざわざ「サロン」を指定し、そこでなければ良い仕事ができないと言った。そのほかにもあれやこれやとリクエストがあり、こちらとしては会議室を使いたかったのだが仕方がない。おそらく、飾られている絵やタペストリーなどに興味があるのだろう。

「サロンでなら良い仕事ができる」と自らハードルを上げているから、言われたとおりにした。

 柔らかな陽光に包まれ、まったりとした癒し空間だった我が家のサロンに、会議用デスクや掲示板などを運び込むと、雰囲気はぶち壊しだった。


 侍女がわたしのイメージやドレスの要望を伝えると、マダムは目を閉じて精神統一の儀式(?)を始めた。

 顔の前で合掌したかと思いきや、それを頭上へ。おおげさに息を吐き出しながら両手を離して腕を広げる。この動作を何度も繰り返している。

「フゥゥ…スゥゥゥ~~……フゥゥ~……シュゥ~~~」

 マダムの後ろでは弟子たちが呼吸を合わせていた。

 ――わがままシャーマンが、全力で笑わせに来ているのだけど……これ、何?


 執事長やメイド、侍女三人組に護衛の騎士団員、皆が固唾(かたず)を飲んでマダムを見守っている。

 わたしの前には背の高い間仕切り(パーティション)があり、たまねぎ軍団からは姿が見えないようになっていた。木製なのにマジックミラーのような特殊加工が施されており、不思議とわたしからは皆の様子がよく見える。

「神薙様は平民の前には姿を現さないものとされています」と執事長は言う。だからわたしは、この場にいないことになっていた。声も出すな、ひとり言もダメ、笑ってもいけない。


 マダムはくわっと目を見開いた。

「ハアッ!」と甲高い声を上げると、ガラスペンをつかみ、紫色のインク瓶にドボンと浸す。そして、一心不乱にデザイン画を描き始めた。

 周りは上半身をぐーっと前に傾け、マダムの手元に視線を集中させている。

 そんな中、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。

 フルオーダードレスには無知なので、どこまでが「常識」として許容されるのかは判断が難しいところだ。少なくとも日本のデザイナーは自分のオフィスで仕事をしているだろうし、客先で妙な儀式はしない。しかし、これで無事にドレスができ上がり、連日の大騒ぎが収束に向かうのなら「まあ、いいか」とは思う。


 ティーカップを唇につけたままポカンとしている間にも、デザイン案は次々とできてゆく。完成したものを弟子たまねぎが押しピンでボードに留めていた。

 デザインは全部で五つ。系統は同じで、色やパーツが少しずつ違っている。

 ――全パターン「ほぼハダカ」なのは気のせいですかね……?

 ウエストを思い切り締め上げてオッパイを半分放り出し、布面積を極限まで減らしたドレスだった。

「白地に金装飾の上品なドレス」と注文しているにもかかわらず、色指定が黒と紫と赤でデザインが下品。さすがに皆も絶句している。


 侍女は気を取り直して意見を言い始めた。

「これは先代様が着ていたようなドレスですわね?」

 先代はセクシー系だったようだ。

「わたくしたちの神薙様は、こういったドレスはお召しになりませんわ」

 ええ、着ません。絶対に。

「色も指定のものと違いますわね」

 真逆でビックリです。

「もっと清楚(せいそ)でなくてはいけませんわ」

 異議なしっ。

 心の中で三人を応援した。

 彼女たちは本当に人間ができている。注文と正反対のものが出てきても冷静に一つ一つの不備を指摘していた。

 一方、マダムはデザインを変える気がないらしい。

「神薙様のドレスとはこうあるべき。経験豊富なわたくしの言うとおりにするべきです」と主張している。


 侍女長は奥の手を出すかのように「露出は控えてシンプルなもの、というのが神薙様のご要望です」と、わたしが事前に言ったことをそのままマダムに伝えた。

 神薙が話した言葉を外部の誰かに話すことは法で禁じられていると聞いたので、侍女長としては捨て身の戦法に出たわけだ。

 しかし、マダムから戻ってきたのは反発のみ。

「あなたがたは神薙様のドレスというものをわかっていらっしゃらない!」と、鼻を膨らませて金切り声を発している。

 なんて辛口なたまねぎだろう。離れた位置から見ているだけで、目がしみてショボショボしてくる。

 どうやら彼女は先代のドレスも作っていたらしい。

「ずっとこうだったのだから、これでいいのだ」と、バカボンのパパのようなことを言っていて一歩も引かない。


 いったい先代の神薙はどういう人だったのだろう。まさか裸族?

 仮にそうだったとしても、注文どおりに仕事ができないのは問題だ。このままマダムに頼んでしまって大丈夫なのだろうか。


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