異世界召喚
「我は魔王。よく来たな、勇者よ。では、死ね」
「ちょっ、待っ」
25歳サラリーマン、歳の割に老け顔とか言われている絶賛ブラック企業勤務だった俺。
魔王と名乗る真っ黒な露出度高めなドレスを着た美女に殺されそうな件。いや、正しくはお付きの暗黒騎士っぽい奴に後ろから剣を首に突きつけられてるんだが……。
どうしてこうなった!?
〜数時間前〜
「………久しぶりに……帰れる」
30連勤、社内泊なんてブラックな事をさせられていた俺だがやっと仕事が終わった。急いで支度して帰らねば。
「識、これ明日までに資料作っとけよ」
「〜〜〜ッ…‥はい、わかりました」
ハゲヅラ上司がひょこっと顔を出して俺に仕事を持ってきやがった。自分でも体の限界なことはわかってんのにパブロフの犬よろしく受け取ってしまうんだからダメなんだろう。
そもそも、俺の仕事じゃ無いし押し返せばいい。
「いやぁ君がいると助かるよ、これからも、よ、ろ、し、く」
ハゲは俺の肩に手を乗せて気持ち悪い顔で笑って去っていった。あのタイミングで資料を返すなり、顔を叩くなりしろよ、俺。
「いや、どうせ無駄だな。さっさと終わらせよう」
「やっっっと終わった………」
もう、俺の場所以外電気がついていない会社を出て帰路に着く。今頃、ハゲどもは宴会か?忘年会シーズンだもんなぁ、忘れるのは俺の存在か。
「ははっどうせ忘れるんなら俺も酒でも買うか」
俺よりもブラックな24時間営業しているコンビニによる。いや、俺と違って交代制だよな。
「らっしゃっせー」
スマホを弄りながら店番をするアルバイト。おい、良いのかそれ。羨ましいにもほどがあんぞ?
あ、レモンの酒好きなんだよなぁ、名前なんだっけ。
「あーこれこれ。いつのまにかラベルも変わってやがる」
「200円になりゃあす」
「…………」
アルバイト君のダルそうな感じは気にしない。俺も似たような顔をしているだろうから。最近、鏡で顔見たことないけど。
「ざっしたー」
プシュゴクッゴクッ
「ぷはぁーッうめぇ、もっと買っておけば良かったか」
砂漠でカラカラになった喉に流し込む水みたいに身体に行き渡るアルコールが気持ちいい!
「クソ上司ィ!テメェの仕事全部俺がやってんだぞぅ!?オメェに残ってんのなんかテッペンの髪の毛一本だけだぁ!」
うへへ、良い気分。今まで堰き止められてたタールが押し流されていくみたい。あー最高。
「そういやぁ、あれ、どうなったんだっけ?最新刊買えなかったやつ……」
学生の頃から読んでたシリーズものの小説だがハゲのせいで買いに行けなかったんだ。俺の代わりに小説買ってこいや、ハゲ。ハーゲーイーツしろや。
「ヒロインが可愛かったんだよなぁえーと?………邪魔だハゲ!?ひょっこりしてくんじゃねぇ!」
くそっ思い出そうとしてもハゲしか出てこねぇ……もう、終わりだ、死にたい。
「ぐはっ!?」
「邪魔だ、オッサン!」
突き飛ばされた?俺が?一瞬過ぎて理解が追いつかない。と言うか、オッサンじゃねぇよ!!見た感じお前より若いわ!彼女なんか侍らせて今から玉突きですか?えぇ?
とはいえ立ち上がる勇気も体力も無く道端に崩れ落ちる俺。どうしてこんな風になっちまったんだろうなぁ。
小中高しっかりと進んで良い大学にも入った。勉強だって頑張った。なのに面接だと俺より不真面目そうなやつばっかり採用されてく。是非にと採用された会社は超ブラック。
好きな人が出来たこともあったけど隈が酷いし頬もこけた俺には不釣り合いだと諦めた。
「現実は小説より奇なりだっけ?んなけねーだろ、ファンタジー小説の方がよほど夢があるっての」
そろそろ起き上がって家に帰ろう。どうせ明後日にはまたブラックだ。
俺が千鳥足で立ちあがろうとした瞬間、目の前が真っ白になった。
気のせいかもしれないが悲鳴とクラクション、あと誰かの泣く声が聞こえた気がする。
「ここどこ?」
俺は気が付いたらさっきとは真逆。真っ暗な場所にいた。
「あ〜なるほど。多分死んだな、俺」
三十連勤の身体に酒ぶち込んで路上で倒れてたらそうなるか。
「いや、お前はまだ死んでいない」
「えっ」
おいおいおいおい!まさかこの声は!
よくある女神様の声ですか?ごめん、数分前の俺、現実の方がよほどファンタジーだったわ。
「もしかして、貴女は……!」
「そう、我こそは……」
ん?空中に紫色の炎が……いや壁にある蝋燭に火が。それに奥の方に椅子?みたいなのも。もしかして女神様ではなく王女様でしたか。ちなみに何故こんな真っ暗サプライズを?
どことなくRPGのラスダンのような雰囲気なんですが。
「そう、我こそ…魔王である!ようこそ、勇者よ!!」
「はぁ〜〜〜!?」
うっそだろお前、魔王が勇者呼び出してどうするよ!
「そして、死ね」