「子猫」
事務所ビルの隙間
其処が彼の根城なのだろう
自分の足元で
自分の持参した猫缶に舌鼓を打つ
雉猫を何となし眺めて
何れ程、時間が経ったのだろう
其れ程、時間は経ってないのだろう
昼休憩
猫缶と共に小売店で購入した
御握りの存在を忘れる程、少女は心ここにあらずだった
此れからの事を考えると気が重い
抑、退職願は何ヶ月前に出すんだ？
抑、退職願には何て書けば良いんだ？
「一身上の都合」で済ますには「破局」は不適格だ
何れだけの人達に迷惑を掛けるのか
其れだけの人達に面倒を掛けるのか
成る程
「後悔 先に立たず」とは上手く言ったものだ
到頭、溜息混じり
雉猫の額を撫でようと手を伸ばした瞬間
聞き慣れた声が背後で響いた
「相変わらず「君」って面白いね」
「君の中ではメッセージでの別れ話は「有」なの？」
「俺の中ではメッセージでの別れ話は「無」なんだけど？」
肩をビクッと震わせながら振り仰ぐ
少女の真顔を見留める上司が当然の如く、察する
「若しかして「退職代行 用務」とか考えてる？」
考えてない
考えてない
流石に考えてはいないが
「其の手があったか！」と、上司の言葉に賛同しつつ見上げる
何方にせよ不始末なのは変わりない
「済みません」
徐に立ち上がる
少女は膝に置いた御握りの存在を忘れていた
ころりと落ちて
ころころ転がって上司の足元 迄、空気も読まず辿り着く
片眉を上げる也
無言で御握りを拾い上げる相手に
「済みません」
と、少女は謝罪するものの
自分に向けて差し出される御握りを受け取れずにいる
事務所ビルの隙間
上司の出現に雉猫は早早にドロン(死語)したが
人間にとっては此処は袋小路だ
故に逃げ場がない
「何を警戒してるの？」
「だって」
「だって」
少女自身
時間稼ぎのように繰り返すが言い訳 等、思い浮かばない
「、如何して？」
如何して
自分が会社を辞める気だと分かったのだろう
努めて普段通りに挨拶を交わす
努めて普段通りに会話を交わす
会社を辞める迄の「期限」
然うして遣り過ごすつもりだったのに二人切りは無理だ
あわあわする少女を余所に
好い加減、御握りを差し出し腕を下ろす上司が吐き捨てる
「「職場「恋愛」ってそういうものでしょ？」
「バレても」
「バレてなくても」
綺麗事過ぎたのか
自身の言葉の嘘 偽りに自嘲を浮かべる
上司が言い直す
「職場「不倫」か」
其れでも何食わぬ顔で目線を交わす
少女を「強か」と思うのと同時に心 弛んだのも事実だ
だが、経験上
然うは問屋が卸さない
同僚である恋人(妻)との痴話喧嘩の末
同僚をも巻き込んで(笑)
業務に支障を及ぼした若かりし頃を忘れた訳ではない
自分が我慢をする以上に
少女が痩せ我慢をするのは目に見えてる
「別れても好きな人」
我ながら女女しくて笑いが込み上げてくるが
女女しくて当然だろ？
あんな一方的な「別れ話」、受け入れる方が意外だろ？
「相変わらず「君」って面白いね」
半ば自棄糞気味に零す
上司は何を考えているのか？、場都合が悪い少女は盗み見る
怒りの果てなのか
呆れの果てなのか
取り合えず「済みません」と、頭を下げたまま待つ
何れ程、時間が経ったのだろう
其れ程、時間は経ってないのだろう
何時しか戻って来た
自分の足元で
自分の持参した猫缶の残りに舌鼓を打つ
雉猫を何となしに眺めて
嫌いじゃない
嫌いじゃないが噴き出したら雉猫の所為だからね
素知らぬ顔で食べ続ける
雉猫の態度に心中、悪態を吐く少女を前に
軈て上司がぽつりぽつり、と語り出す
「面接を受けに来た君を見掛けた時」
「正直、笑ってしまった」
頭を下げたまま
少女は思い切り疑問符を付けて返事をする
「？はい？」
若干、不快で
若干、不愉快だが「如何いう意味だ、こら」
「余りにも無垢で」
「余りにも無知で」
「はい」
微妙に「上げて」
微妙に「下げる」みたいな？
「けれど、其れは間違いだった」
「人一倍、現実主義で」
「人一倍、実力主義で」
然うでなければ「都会」で生きようとは思わない
然うでなければ「片田舎」で生きようとは思わない
「中卒の「資格」持ち、立派だよ」
「高校中退」と繕わない上司 故
飽くまでも「上げて」
飽くまでも「下げる」成り行きを予想して少女は身構える
「其れなのに」
「俺と顔を合わすのが嫌で会社、辞めるんだ？」
言い分け等、出来ないのは当たり前だ
上司の言葉は至極、真っ当だ
仕舞いには
「何んな気持ちで此処に来たの？」
「其んな気持ちで此処に来たの？」
無遠慮な、矢継ぎ早の攻撃を
其の身で受ける少女は目眩 所か、目が覚める思いだった
事務所ビルの隙間
背景である雑踏の音すら届かない袋小路
頭を下げたまま口を噤む少女が無意識なのか
下唇を噛む
何んな気持ちで？
何んな気持ちで「片田舎」を逃げて来たのか
其んな気持ちで？
其んな気持ちで「片田舎」に逃げて行くのか
結局、自分は逃げているだけじゃないか
悔しい
悔しい
だが、これでいい！等、宣う気は毛頭ない
(↑伊藤開司語録)
然して頭を上げた先
然うして腕を組んだ上司と対峙する
とことん不遜な態度で
半目を呉れる相手を少女はじっとりと見詰め返す
「上司」と顔を合わすのが嫌で辞めるのか？
「上司」と顔を合わすのが
！！なんぼのもんじゃい！！
「辞めま、」
「せん！」と言い終わる前に
組む腕を解く上司が腕を振って少女の言葉を遮る
「其奴は良い」
「斯くいう自分は子会社に転勤だ」
何という衝撃発言
『「バレても」』
『「バレてなくても」』
先程の、上司の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る
若しかして「バレた」？！
と、血の気が失せる少女とは裏腹、上司があっけらかんと付け足す
「栄転だ、栄転」
此処だけの話
実は前前から其となく打診はされていた
身重の妻を気遣うのか
義理の実家近くの赴任先を提示されていたが
唯唯、「子猫」と別れるのが嫌で(笑)返事を先延ばした
元元、俺から「別れ話」をする事はない
都合の良い「関係」を
都合の付く限り、続けたかっただけだ
当の「子猫」に「別れ話」をされた以上
此処に留まる意味はないと思ったが
少しばかり早まったかな？
然う思うも矢張り「猫」の存在を無下には出来ない
「其、」
「其れは、おめでとうございます」
急展開に戸惑うも祝辞を述べる
少女に上司が呵呵笑う
「「猫」と仲良くやれよ」
少女の足元で
少女の持参した(らしい)猫缶にがっつく
雉猫を見 留めて何とも殊勝な言葉を贈るが
お互い「雉猫」の事ではないのは承知の上
「、違う」
当然、否定する少女を
当然、一蹴する上司
「違くないだろ？」
「君自身、違くても」
「彼の「猫」は本当に君の事が好きだよ」
でなければ頭 等、下げない
でなければ「不倫相手」の自分に頭 等、下げない
『「此奴が何時もお世話になっています」』
良く言えたもんだ
自分が言わせたんだ
目の前の少女が言わせたんだ
彼の「少年」に無慈悲にも言わせたんだ
「だろ？」
然う、上司に促され
愈愈、諦めた少女が大きく頷く
上司バレといい
小母さんバレといい
同僚女性が「付き纏い行為」と勘違いする程
「猫」の恋心はだだ漏れなんだ？
如何にも溜息を隠し切れない少女を余所に
途端、上司が唇を尖らせる
「何か癪だな」
然うして餞別代わりとばかりに
手にしたままの(少女の)御握りの包装フィルムを剥く也
一口、頬張る
「君、「子猫」になってよ」
「然うしたら何処へでも連れて行ける」
言った側から自己嫌悪だ
其れを誤魔化す為、御握りを貪り続けるが
此方に顔を向ける少女の視線が痛い(笑)
殆、呆れ果てる少女の前で
御握りに舌鼓を打つ上司が今更のように呟く
「御握りの選択が「塩」って」
少女は此処ぞとばかり
幾分、聞き飽きた台詞を和声る
「相変わらず「君」って面白いね」←上司
「相変わらず「君」って面白いね」←少女
暫しの沈黙
少女の足元で
少女の持参した猫缶を完食した雉猫が
(何の？)空気を読んだのか
「にゃー」
と、鳴いた
すみません
少し加筆しました
