その先にいる君へ
隣にアンナの体温を感じながら俺は話し始めた。
「結局俺はアルを殺したも同然なんだ」
「そうね、そうかもしれない」
「否定しないんだな」
「否定されたいの?」
俺は首を振ってアンナの言葉を否定した。分かってはいたがお見通しって訳だ、俺は空を眺めた。
「こんな結果しかなかったのかなって思う、アルはもっと生きて沢山素敵なものに囲まれて過ごせたんじゃないかって」
「それはそうでしょうね、だって彼は歪められたのだから」
「そこだよ、俺が一番気にかかってるのは、アルは悪くないのにこんな結果ってあんまりじゃないか?」
アルとの最後の会話でもしたけれど、結局は人の業がこの最悪な状況を作り出した。俺はそれが許せないし、だけどどうしたらいいのかも分からなかった。
「言ってもいい?」
「どうした?」
「今のあなた面倒くさい」
ズバリと一言、心にグサリだ。
「私は別の事思ってる、彼はきっと満足して最後を迎えたんじゃないかって」
「何でだよ」
「最後を決めたのがあなただからよ、友達のあなたじゃなければ彼の最後を決める事は出来なかった。家族や身内じゃない、親友のあなただから出来た事」
それこそ俺が決めてよかったのかと言いかけた時、アンナが体を寄せてきた。ただでさえ密着しているというのに更に近づいてきて俺は息を飲んだ。
「あなたの心の傷はきっとアル様を思うが故のもの、あなたはアル様の未来を諦めたと思っているかもしれないけど、実際はどうかしら」
「でもアルはもう居ないんだ、俺の親友は俺が殺した」
「だけど皆の未来を守った。それはあの産み直しの箱で新しく生まれ変わった彼の命も含まれているのよ?」
アンナの言葉に俺ははっと気が付いた。俺はすっかりあの子の事を忘れていた。あの子はアルじゃないけれど、確かにアルの生まれ変わりなんだ。その子が生きる未来を守った事は確かだった。
「ねえ?アル様はあなたの言葉で世界を滅ぼす事を止めた?」
「止めなかった」
「彼の覚悟は決まっていた。どんなに歪められた思想であったとしても、最後の最後決めたのは彼の意思だったんじゃないの?」
「そうだ。それはアルがそう言っていたから確かだ」
「ならこの結果は皆が最善を尽くした結果、そうじゃない?皆があなた達の為に奮闘した事もあなたは否定したい?」
俺は首を横に振った。
「グラン、今あなたがしたい事は何?」
「俺は…、俺はこの孤児院の子どもたちの為にもあの子の為にも、アルが生きたいと思える未来を作りたい。それがきっとアルの望みだと思う」
「いいわね、私も応援する」
アンナが俺に体を預けてきた。最初は戸惑ったが、俺もアンナの肩を抱いた。毛布なんていらないくらいに暖かくて、幸せを感じる事が出来た。星々に照らされた夜空の下で俺は決意を新たにして自分の信ずる道を探す事を決心した。
迷宮事変が解決して、クローイシュ国内は復興の為の活動で何処もかしこもてんやわんやだった。
元四公爵家は当主の力を合わせて陣頭指揮を執り、四人揃った時の優秀さ有能さで次々に国内で起きていた問題を解決していった。
その中でも一番の功労者はゲイルさんだった。国を立て直すためにあらゆる人材をかき集めて、それを適切に差配し、暴動や魔物との戦闘で崩れた街を瞬く間に再建した。
近隣の国々とも連絡を密にし、事態収束の為に身を砕いた。人手が足りない時は互いに協力隊を送り合い、物資が足りない時には無理のない範囲で融通して貰えるように手配した。
他国は急に迷宮が消えて、かと思ったらまた現れたという状況に不信感を抱いていたが、ゲイルさんとフォルテさんが何やら裏で手を回して場を収めきったそうだ。王家が集団自殺した事をどう言い繕ったのかは分からないが、アステリオス王の事は伏せて無理やり説き伏せたらしい。
あまりやり口としては気に入らないのだが、そうも言っていられないのも事実だった。アステリオス王とその配下達は計画の首謀者ではあったが、迷宮事変を引き起こしたのはアルだ。そして彼の生まれ変わりが生きていると知られたら、きっとその命を差し出すように他国は干渉してくるだろう。
あの子はアルであってアルじゃない、また別の新しい命だと説明した所で、それを納得する事が出来るのは俺たちの中でも一部の当事者のみだ。クローイシュ国内にもこの事実は伏せられていて、俺も知られるべきではないと考えていた。
結局世界は嘘と建前で出来ているのかも知れない、そしていつか代償を支払う時が来るのだろう。だけどその時までは俺たち皆より良い人生を送る事を諦めちゃいけない、未来へと進む足を止めてはいけない。
急速に復興を遂げる国内において、俺がまず始めた事は特掃ギルドの再建だった。モニカさんを中心に元々いた職員達を集めてもらい、ギルドに登録しているごみ拾い達に活動を再開してもらった。
と言っても現場はまだ迷宮ではなく、国内の清掃を請け負った。元々拾い集める事には長けている人達だし、ごみ拾いのノウハウはしっかりと持っていた。時たま泥棒まがいの事をする者も出たが、モニカさんがしっかりと網を張っていて即座に対処してくれた。その実働部隊の役割を担っていたのはツバキだった。
どんな事をされたのかは分からないが、モニカさんとツバキに連れていかれたごみ拾いは、帰ってきた後すっかりと心を入れ替えて誰よりも真面目で精力的に活動していた。恐る恐るどんな事をしているのか聞いたら、笑顔で「内緒です」と返されたのでそれ以上の追求は止めた。
俺たちが特掃ギルドの再建に奮闘しているのと対に、冒険者ギルドもエドムントが自ら現場に出て指示を飛ばし立て直しを図っていた。
「もう間違いは起こさせない」
エドムントは過去の過ちを受け止めて、罪の清算の意味も込めて取り組んでいた。まとわりつく過去が幾ら後ろ暗いものであったとしても、変えていこうとする信念と覚悟は誰にも止める事は出来ない、そしてそれが正しいと信じさせてくれる彼の姿勢に多くの人がついていった。
俺はエドムントと話し合って、冒険者ギルドと特掃ギルドの統合を決定した。お互いの分野は確かに大きく違っているけれど、お互いに出来る事と出来ない事を補え合える筈だと俺とエドムントは合意した。
勢力が大きくなれば、それだけ日の光の当たらない影も出来る。だけど互いの知恵を合わせて協力し合えば、きっとそんな影も照らしていける未来が見れると思った。
これから先きっと問題は起こる。だけど一歩踏み出してみなければ何も変える事は出来ない、この一歩をよりよい未来に繋げる為に俺たちは手を取り合うと決めた。
統合ギルドはみるみる内に勢力を取り戻していった。エドムントのカリスマ性があれば有能な人材はあっという間に集まるし、細かい調整については特掃ギルドと冒険者ギルドにどちらも精通しているモニカさんの指揮で問題なく処理されていった。
俺は二人の間で雑務に奔走していたのだが、色々な仕事を片付けている内に、エドムントによって、ごみ拾い改め清掃員の最高責任者に役職をつけられていた。エドムントが俺を使って色々な仕事をさせていたのは、俺に勉強と経験を積ませる為だったと知ったのはもう逃げ場がなくなってからだった。
奇しくもエドムントと初めて会った時に言われた「私の元で働け」という言葉が叶う形となってしまった。一度俺は断ったけれど、今度は逃さないように完璧な根回しをされてしまってはもう受け入れるしかなかった。
でも俺はこれでよかったと思っている、偉くなりたかった訳じゃない、俺の手に余る要職だし向いてないと思う。だけどここからなら微力でも俺が世界に何かを残す事は出来ると感じていた。その為の教育をエドムントは俺に施したし、経験の浅さは俺の補佐についてくれたモニカさんがカバーしてくれる。
あの掃き溜めからここまでの組織になるとは思いもしていなかった。これもすべてアルと出会えたからこそ起きた奇跡だ、思い描いていた目的地とは大分違っているけれど、俺はここで親友の魂も受け継いでいきたい。
覚悟と意思で道を拓く、取り戻した世界と未来をアルに誇れるものにする為に、俺は新しい一歩目を踏み出した。