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白熱

 迷宮が生み出した二つの意思がぶつかり合う、アザレアは完全なる竜の姿、アレックスは半竜の姿、半竜であってもアレックスの方が力としてはアザレアより少し上回る。


 しかし先のツバキとの戦いでアレックスも大分消耗した。体力も魔力も無尽蔵ではあっても、戦い続ける精神力だけはそうはいかない。集中力や判断力は戦い続けるうちにじわじわと削られていく。


 四つに組んだ竜は互いの体を押しあった。しかし徐々にアザレアの足が地面を削りながら押し込まれていく、アザレアは口に魔力を集中させると、アレックス目掛けて炎のブレスを吐き出した。


 アザレアがブレスの用意をしている事を見抜いていたアレックスは、炎のブレスに合わせるように自分も炎のブレスを吐き出す。互いの炎と魔力がぶつかり合い、辺りを焼き焦がす。壁や地面が融解し始めるほどの熱量で、互いのブレス攻撃は限界に達すると爆発した。


 爆風に吹き飛ばされる二体の竜、二体とも翼をはためかせ空中で姿勢を整えると、ドズンと大きな音を立てて地面に降り立った。


 アザレアは今の攻防に一息ついていた。しかしアレックスはすぐに動く、力任せに体当たりをしてアザレアにぶち当たる。そしてそのまま壁までアザレアの体を運んで押し付けた。


 壁にぶつけられた衝撃と力を緩めることなく体を押し付けてくるアレックス、アザレアの体も押し付けられた壁もミシミシと音を立て始めた。アレックスはこのまま力で押しつぶして、アザレアを壁の染みに変えてしまうつもりで押した。


 窮地から脱する為にアザレアはアレックスの翼に噛みついた。痛みに声を上げるアレックスだったが力を緩める気はない、この程度でアレックスが止まる訳がない事を知っているアザレアも、顎に全力の力を乗せて翼を噛みちぎった。


 流石に怯んだアレックスの隙をアザレアは見逃さない、殴りつけて自分から遠ざけると、体を回転させて尻尾で薙ぎ払った。


 起死回生の強力な一撃に、今度はアレックスの体が壁まで吹き飛ばされた。全身を強く打ち付けられて激痛が襲う、しかし倒れる事だけはしまいと地面に足をめり込ませて踏みとどまると、アザレアに噛みちぎられた翼を再生させた。


 二体の竜がぶつかり合う度に、迷宮内に轟音が響き渡り、空間がぴしぴしと軋んだ。アザレアとアレックスの戦いは苛烈を極める。


 驚異的な跳躍力で一瞬の内に相手に肉薄すると、竜の殴り合いが始まった。一撃一撃が重く鋭く、相手の体力を削り合っていく。剛爪による斬撃も交え合いながら超至近距離での肉弾戦は続いた。


 アザレアはアレックスのように無限の体力も魔力もない、迷宮からの恩恵を受ける事が出来るのはアレックスだけだった。


 しかし何度打ちのめされて壁や地面に叩きつけられようとも、アザレアは何度でも立ち上がりぶつかっていった。次第に二体の実力は均衡が取れ始めていき、今度は逆にアザレアがアレックスを押し始めた。


 押され始めた理由がアレックスには分からなかった。しかし確実に攻撃を当てられ始めている、一撃一撃はそれ程重くない、だけど今まで当たらなかった攻撃が当たり始めていた。


 それはアザレアが学習して育ったドラゴンだったからだった。グランの指示を実行する為に練習を繰り返した。良いことと悪いことを様々な人から教えられた。アザレアは完成された存在で生まれてこれなかった。それ故に学習して実行する強さを得られた。


 迷宮がプレシャスドラゴンを生み出したのはアステリオス王の野望を止める為の緊急措置だった。しかし本来アザレアが生み出された時点でもう野望を止める術はなかった。定められた道筋を辿るしかないと決まっていた。


 未来は殆ど定まっていた。迷宮は意思のある現象、世界に根付いた奇跡、しかしどれだけ大きな力を持っていたとしても運命を捻じ曲げる事は出来ない。それでも出会う事のないと思われていた二人が出会い、育む筈のない絆を育んだ。


 グランとアレックスは誰からしても想定外だった。アステリオス王も迷宮も運命もこの結果を予想できなかった。運命は複雑に絡み合い、時にはほんの些細な出来事に大きく左右される、グランはアレックスという強大な運命の前には路傍の石にしか過ぎなかった。


 それでもその石が運命の天秤を傾けた。迷宮はグランとアレックスの絆に命運をかけたのだ。二人の為に生み出されたのがプレシャスドラゴンのアザレアだった。


 アザレアは二人のどちらからも影響を受けて育った。迷宮での活動を通して理解を深めていったのは、二人だけでなくアザレアもだった。アザレアもまた運命の前では小石に過ぎなかったが、人々との生活を通じて小さなドラゴンだったアザレアが、小さく幼いが故に学習する権能を持ち合わせていたからこそアザレアも運命を司る竜に成長したのだ。


 アレックスから吐き出される炎のブレスをアザレアの炎のブレスが相殺する、爆発させることなく出力を調整して打ち消した。高度な魔力操作も戦いの中でアザレアは覚え始めた。


 拮抗した実力となったアレックスとアザレアは、次第に攻め手を失っていった。アレックスはその状況に不気味な違和感を感じていた。


 実力が拮抗していき不利になるのは自分ではなくアザレアだ、無尽蔵の体力と魔力に瞬時に負傷を回復させる再生力を持ち合わせているアレックスは負け筋がない、ただ戦闘を長引かせるだけだ。


 しかしそれこそがある男の狙いだった。二人の戦いが激しくなり、そして攻めあぐねて手が止まるこの瞬間こそが、最も油断と注意力が低くなると待っていた男がいた。


 ツバキが精神力を削り、アザレアが戦いを激化させて注意を逸らした。アレックスは一番見失ってはいけない相手を見失っていた。物陰に隠れ機会を伺い、最も効果的に自分が動けるのを待っていたグランを失念していたのだ。


 グランはツバキから受け取った透明蓑を受け取り身を隠し、ツバキに戦闘の余波から守られながら息を潜めた。そして今絶好のタイミングでアレックスの前に立ち透明蓑を剥ぎ取った。


「待たせたなアル、これで終わりだ」


 物陰に潜み人から隠れてごみを拾い集めてきた。気付かれないよう注意力を鍛え、息を潜める方法を磨き上げてきた。ごみ拾いを続けてきたからこそこの場に立つ事が出来たのはグランだけだった。


 グランはアレックスの前で産み直しの箱を開いた。




 開けた産み直しの箱の中から眩い光がぶわっと間欠泉のように溢れてきた。がたがたと震える箱を俺は必死になって抑える。


「こ、この光は」


 アルは顔を手で覆いながら言った。眩しくて目を細めている、しかし俺はその光を見ていても不思議と眩しくはなかった。溢れ出た光は迷宮内を包み込み、暗闇を白く染め上げていく。


「グラン殿!」


 ツバキとアザレアがこちらに駆け寄ってきた。二人共ぼろぼろだ、あれだけの激しい戦闘をしてきたのだから当たり前だが、俺は息を潜めて見ていただけなのが少し心苦しい、だけどアルに確実に近づける機会を作るには俺はひたすら身を潜めるしかないと割り切るしかなかった。


「開かれましたね、産み直しの箱が」


 アザレアの言葉にアルがぴくりと反応した。


「産み直しの箱だと…?」


 この反応を見るにアルは存在を知らなかったのだろう、本当にアステリオス王の切り札、と言うより最後に残った良心か未練というのが正しいだろうか。これだけは誰からも隠し通して、最後まで諦めなかったものへの報酬だった。


「王が厳重に隠していた物だよ、この箱の中にアルの力をすべて取り込んでいる。本来は自分で使おうと思っていたらしい」

「そうか、アステリオスが。通りで体からどんどんと力が抜け落ちている訳だ、私の内からすべてがなくなっていくのが分かるよ」


 アルはすべてを悟ったかのように肩を落とした。そしてその場に腰を下ろすと大きく溜息をついた。


「やられたなあ、ツバキとアザレアの戦闘も全部囮に使うとは思わなかった。グランの気配は常に捉えていたのに、最後の最後、確かにあの場面で私の集中は切れたよ。それにアザレアに被せていた透明蓑をもう一度使うとはな」

「拙者が透明蓑を回収したのは、何もアザレア殿を戦闘に出す為だけではありません、再利用する為にグラン殿から言われていたのです」

「アザレアを前に出すのはリスクが高くないか?私はアザレアを殺す事が出来たら終わりだったんだぞ」


 その指摘を聞いてアザレアが笑みを浮かべた。


「だからこそですよアル殿、私を無視してグランを探す訳にもいかないでしょう?あなたの言う通り私を殺せたら目的は達する、戦闘に付き合うしか選択肢はない」

「まったくその通りだよ、まいったまいった完敗だ。この作戦はグランが?」

「俺はこの戦闘のみの作戦を考えてた。迷宮外での事や細かい事を詰めたのは、四公爵家フォルテ・エルダーさんだよ」

「魔物の対処が完璧だったのは彼の考えか、それを実行させるだけの秩序を取り戻すとは、流石はゲイル兄さん達だな」


 アルの体が元の姿に戻り始めた。半竜形態が消えて手足も人の姿になる、やっと見慣れた姿に戻ったことを嬉しく思う一方、別れの時が近いことを俺は感じた。


「グラン、私はどうなる?」

「王が言うには赤ん坊に戻るらしい、宝箱から生まれた時に戻す事で、アルに施されたすべてが消えて元に戻るそうだ」

「産み直しの箱、なるほど名前の通りという訳だ。アステリオスが欲した気持ちも分かる」


 立ち上がってアルが近づいてきた。俺たちの顔をゆっくりと見回しながら、まずツバキに声をかけた。


「ツバキ、禍月を解呪できてよかったな。それどころか妖刀の力と一つとなるとは、そんな可能性があったなんて思いもしなかったよ」

「神父殿から教えられたのです。拙者自身を救う事で、呪いは祝福に変わると。拙者はアル殿にこの姿を見せたかった。こんな結末もあったと教えたかったんです」

「ああ、はっきりと見せてもらった。私にもツバキのような可能性があったと心から理解できたよ、今までありがとうツバキ」


 アルはツバキと握手を交わした。これが最後の言葉だと分かると、ツバキは中々手を放すことができないようだった。それでも涙を拭うとツバキはアルに笑顔を向けた。アルもまたツバキに笑顔を返してゆっくりと手を放した。


「アザレア、君には沢山酷い事を言った。許してくれ」

「いいのですアル、あなたの行動は本気だったけれど、あなたの言葉は本心ではなかった。悩み苦しみ、そして悔やむ気持ちが私には分かっていました」

「そうか、ありがとうアザレア。思うと君と私は言わば兄妹のような関係になるんだな、酷い兄だっただろうごめんな」

「そんなことはありません。あなたから沢山素敵な事を教わりました。私が学習と成長を遂げる事が出来たのはあなたのお陰です。ありがとうございましたアル」


 アルはアザレアの頭を撫でた。愛おしむような手付きで、アザレアもアルに頭を寄せてもっともっとと触れ合いを要求する。しかし長く時間を取る訳にはいかないとアザレアはすっと身を引いて、俺の背をぐいとアルの方へと押した。


「アル…」

「ツバキ、アザレア、悪いが二人きりにして貰えないか?話したいことがあるんだ」


 ツバキもアザレアもそれを了承した。二人は何度もこちらを振り返りながら光の外へと出ていった。


 俺はどかっと地面に腰を下ろして箱を置いた。アルもその向かいに座って俺たちは向き合う、最後の話し合いが始まろうとしていた。

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