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光明

 俺は足繁く通った王城で集めた資料を広げて話し合っていた。場所は冒険者ギルドの会議室、外で暴徒と化した民衆も冒険者ギルドには手を出せない、一捻りにされる事は目に見えているからだ。


 場所を貸してくれたのはギルド長だった。手を回してくれたのはエドムントだったが、まあ彼は俺に表立って何かしたとアピールするような人ではない、素知らぬ振りで好意を受け取っておいた方がいい。


 協力者はギルド長やモニカさん、ウルフさんにドロシーさんも解読を手伝ってくれている。あのハウザー事件の時に力になってくれた人達が協力者だ。


 しかし、こういう時に一番頼りになりそうなゲイルさんには声をかけなかった。かけられなかったが正しいか。


 場合によってはアルの命を諦めるという選択肢も俺たちは持っていなければいけない、ゲイルさんも覚悟をしているだろうが、彼にその選択をさせる事は酷だ。させないし、させたくない。


 勝手な事を言っているとは思うが、俺なりの理屈もあった。アルはあの迷宮での約束の時、一度足りともゲイルさんの名を口にしなかった。それどころか、ウィンダム家そのものに強い憎しみの感情を抱いているように思えた。


 アルはきっと自分自身を含めてすべてを恨んでいるのだろうが、取り分けウィンダム家には特別な感情があるようだった。憎んでいるのか嫌悪しているのか、それは俺には分からない、だけど作り物だったとしても家族として過ごした一族が、自分の体を切り刻みあらゆる人の犠牲を強いていた事実は受け入れがたいのだろう。


 でもどんな懸念も作戦が成功しなければすべて水泡に帰す。今は兎に角協力して事に当たらなければならない、ゲイルさん達だって、激しい逆風に晒されながらも踏ん張っているのだから。


「あの、グラン。少しいいだろうか?」


 扉がノックされて外からバルバトスさんの声が聞こえてきた。今日は誰も来ないと思っていたので少し驚いた。それに何だか声の調子というか様子がおかしいのが気になったが、俺は入ってくださいと言った。


「グラン殿、拙者抜きで楽しそうですな?」

「うお!ツバキ!?」


 バルバトスさんの背中に隠れてツバキが顔を出した。何だか背後にゴゴゴゴと音が鳴っているような迫力があった。


「ど、どうした?何があった?」

「拙者の事をバルバトス殿に頼んだそうではありませんか、いやいや、拙者に黙って水臭いですねえ」


 やばい、ツバキが怒っているのが伝わってくる。よかれと思って黙っていたのが裏目に出てしまったか、アンナに言われた通りちゃんと話しておくべきだった。


「いや、あのですねツバキさん、僕としてもそのう」

「いいですよそんなにかしこまらなくて、今のも冗談半分です。拙者の為にありがとうございました。お陰でようやく拙者も力になる事が出来ます」


 ツバキはそう言うと禍月を手に取り俺に差し出してきた。触ってもいいのかと聞くと頷いたので、俺は禍月を初めて手に持ってみた。


 温かく力強い魔力が手に伝わってくる。そしてそれは禍々しい気配は一切なく、とても優しくて光に満ちた力だった。これはもう妖刀ではない、武器に詳しくない俺にもそれが分かった。


「新しい名前はなんて言うんだ?」

「霊刀朧月、拙者の新しい力です!」


 朧月、ツバキの自信に満ちた表情からも訓練がいい結果につながった事が分かる。俺はツバキに朧月を返すと言った。


「頼りにしてるよツバキ」

「お任せください!拙者と朧月が、グラン殿の道を切り拓きます!」


 ツバキも完全復活と言った所か、俺は嬉しくなってつい顔がほころんだ。




 俺は今までやっていた事をツバキに説明した。いつも通りのごみ拾いと同じようなものだが、成果自体はあった。


「してグラン殿が手に入れた資料には、どんな解決方法が隠されていたのですか?」

「それが問題なんだ、暗号らしき物が見当たらなくて困ってる。ただアルについて分かる事は多かった。迷宮の王が何を示していたのかは判明したよ」


 資料を机に広げて俺は二人に指さして説明を始めた。


「アルが迷宮の宝箱の中から生まれたってのは前も言ったよな?こう言いたくはないけれど、所謂迷宮が生み出したレジェンダリーと呼ばれるアイテムと同位らしい。ツバキの元禍月も同じだな」


 持ち主に人智を超えた力を与えて、特別な能力や魔法の力の行使を授けてくれる。冒険者以外でもその存在を追い求めてやまない垂涎の希少品、それがレジェンダリーと呼ばれる宝物。


「そしてアステリオス王とアザレアも同じ存在だ。アステリオス王がいつ迷宮から生まれたかは分かっていないが、実年齢とされていた数字とは一致しないだろう」

「それは何故ですか?」

「アルの資料を見ていて分かったが、アルもまた実年齢と一致しない程長い研究期間を経ていた。それに王の時代と違って研究の質が向上したからか、アルの体は如何様にも設計できるらしい。そうじゃないと王の目的も果たせないから当然と言えば当然だけどな」


 それでも胸糞悪いことに変わりはない、同じ人間の体をしたアルを、幼いうちから切り刻んで実験材料にした。正気の沙汰とは思えない狂った計画だ。


「しかし解せんな」

「どうしましたバルバトスさん?」

「レジェンダリーの存在は確かに知っているが、生物が出てきた等という話しは聞いたことも見たこともない。実際俺には本当の事なのかも疑わしいよ」


 バルバトスさんの疑問がもっともだ、俺も最初はそう思っていたし、信じたくはなかった。


「それも説明がつくんです。王は宝箱から出現した生物をすべて回収していました。見つけた冒険者ごとです。レジェンダリー生物はアルの材料に使い、冒険者は被検体として処理していました」


 噂の芽すらつぶさに刈り取る徹底ぶりで、王の総力をもって事にあたっていたそうだ。冒険者が消えたことで生じた違和感なども、王の記憶改変の力さえあればどうとでもなる。


「しかし、そうして宝箱から生物を集めていた王ですが、ある時を境に宝箱から生物が生まれなくなりました。理由は不明ですが、王は資料の中でこう考察しています。やりすぎたと」

「やりすぎた?」


 バルバトスさんの疑問に俺は答える。


「つまり迷宮側がこれ以上同じ存在を生み出さないように調整したということです。王の所業に耐えかねてこういった調整が施されたのではないかと考察されています」

「迷宮に意思があるって言うのか?」

「あります。それこそが王の狙いで、アルの完成形でした」


 俺は一枚資料を抜き出すと二人の前に差し出した。そこには人の全身図のような絵が描かれていて、様々な解説が付け足されていた。皆との話し合いで導き出した答えはこうだった。


「迷宮は何処までも謎の存在で、研究が進められて解明されてもまた新たな謎が生まれてくる、我々が迷宮に挑めば挑む程に成長をしていく不思議な場所です。迷宮に挑み、その成果を享受する事で人間は更に叡智を得る事が出来る。迷宮と人間は相互に影響しあう力を持っていました」


 ツバキもバルバトスさんも目をパチパチとさせてぽかんと口を開いていた。それでも俺は構わず説明を続けた。


「迷宮が人間にもたらす力を統合し、迷宮の意思になり変わる新たな器を作る事が王の狙いでした。アルはその器で、今はほぼ完成した状態です。王の計画は大体が思惑通りに進みました」

「大体ですか?」

「完遂されればアルの意思は消え失せて、ただ人と世界を憎むだけの人形になる筈だった。猶予なんて与えずに迷宮と世界の統合は果たされて、俺たちは今頃ゴブリンやスライムにでもなっていたよ」


 だがそれは成されなかった。アルは人との触れ合いと感情のぶつかり合いを経験して自己を確立してきた。王はアルを見くびっていたのだ、都合のいい手駒に最後にはなると思っていた。


 しかし俺の中には別の考えもあった。王が態とそうしたのではないかというものだ。手紙の中で多少の粗があったと書いてあったが、寧ろ粗を残したと思える。自分で粗だと分かっていながら修正しない理由はない、目的は分からないが王は敢えて付け入る隙を作った。


 隙をついて計画を狂わせれてもいいし、そのまま完遂されてもいい、王は迷宮を愛していると言っていた。恐らく難関に立ち向かう挑戦する心も愛していたのではないのだろうか、いずれにせよ、王が死した今答えが出る事はない。


「まあでもこうやって俺が地べたを這いずり回って集めた資料で王の目的は分かったけれど、肝心要の暗号自体が見つからないんだ。解決策を見つけないと俺達は圧倒的不利のまま終わってしまう」


 手詰まり感に襲われて俺たちはどうする事も出来ずにいた。俺はギルド長とモニカさんと協力して何度も資料を読み返し、ドロシーさんは魔法による解析を進めて、ウルフさんは占術を使って痕跡を辿った。


 それでも暗号らしきものが見当たらない、解決方法が隠されているのにという焦燥感に俺たちは頭を悩ませていた。


「グラン殿、ちょっと資料を借りてもいいですか?」

「ん、ああいいよ。ほら」


 俺はツバキに資料を手渡した。もう何度も読んだので内容も全部覚えてしまった。ツバキは資料を睨んでむむむと唸っている。


「にらめっこしていて何か分かるのか?」

「バルバトス殿はお静かに、何か、何かが見えてきたような気がするんですよね」


 唸っていたツバキが思いついたような顔をした。俺は何だろうと思ってツバキの行動を見守っていると、朧月を抜き放ち資料を上へ放り投げると、目にも留まらぬ斬撃で資料を斬ってしまった。


「おわああああ!!おまっ!おまえ!これ!何でこんなおい!」


 俺は声にならぬ声で大慌てで斬った資料を拾い集めた。なんてことしたんだと絶望感が俺を襲う。


「ツバキ!貴様何をしている!」

「落ち着いてくださいバルバトス殿、グラン殿もです。よく見てください、拙者は何も闇雲に斬った訳ではありません」


 資料を拾い集めていく内に俺も気がついてきた。ツバキが斬った資料には、文字の連なりが切り取り線のようになっている所があった。その線通り正確に切り抜かれた資料は、集めていくとなにやらパズルのようになっていた。


 俺はハッと気がついて、切り取られた資料を始めから終わりに向かって順に並べていった。そうして出来上がったのは何やら魔法陣のようなものだった。


「光明が見えましたね、皆を集めましょう」


 俺はツバキの言葉にただ頷いて答える事しかできなかった。

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