月を探して その2
モニカ殿が抱えていた荷物を私は持たせてもらった。見た目の割に重たい、袋の中身は何かと聞いたら塩や砂糖などの調味料だと言う。
「味付けだけでもしっかりしないと、今は食材が手に入りにくいですからね」
「しかしモニカ殿が何故?」
「おつかいです。私も今仕事が全然ないですからね、ギルドの酒場で炊き出しの手伝いです」
迷宮に入ることの出来ない今、冒険者をはじめごみ拾い達の仕事も無くなってしまった。当然そのサポートをしていたモニカ殿達も出来ることが少なくなっていた。それでもモニカ殿達は力を合わせて特掃ギルドをなくさないように尽力している。
「モニカ殿、少し聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「あの、失礼かもしれないのですが、その、もしかしたら世界が終わってしまう時に、ギルドを守る事に意味があるのかなって」
アル殿の目標が達成されれば何もかもが終わってしまう。それを止める為にグラン殿は今あちこちを駆け回っている、私は今一体何をしているんだろう、そんな無力感に襲われて自己嫌悪していた。
「意味ならありますよ」
「え?」
モニカ殿は少しも考えもせずそう断言した。
「明日世界がどうなろうとも、皆が帰ってくる場所を守りつづけるのが私の役目です。所属する方たちの生活を守り、何時でも仕事を再開出来るようにしておかないと。それにアレックス様が帰ってくる場所が無くなっていたら寂しいでしょう?」
モニカ殿の言葉を聞いて私は口をパクパクとさせた。なんというか言葉も出なくて、モニカ殿の強さを感じた気がした。
特掃ギルドがその役目を果たせずとも、所属している人達の事を守って未来の事を見ている、今後どうなるかなんて関係なく、今出来る事に全力で取り組む事に何の躊躇いもないと覚悟が見て取れた。
なんて強い、なんて気高い、私はモニカ殿の輝きに打ちのめされた気がした。こんな私では、いつかバルバトス殿にも見限られてしまうだろう、私はギュッと目を閉じてパッと開くとモニカ殿に言った。
「ご相談があるのですが、聞いていただけませんか?」
モニカ殿は不思議そうな顔で小首を傾げたが、勿論いいですよと快諾してくれた。
がらんと静まり返ってしまった特掃ギルドの中に入る、今は他の誰もいないようだった。
「二人きりですからどんな話でも遠慮せずにどうぞ、もしかして恋の話ですか?お相手は誰ですかねえ」
「な、な、ち、違います!」
モニカ殿はいたずらっぽく笑った。唐突な物言いに私はわたわたとしてしまった。取り繕うためにごほんと一つ咳払いをして話を始める。
「実は先程までバルバトス殿に稽古をつけてもらっていたのです。しかし…」
私はその場であった事やバルバトス殿に言われた事を話した。モニカ殿は先程のからかうような態度は一切なく、真剣な眼差しで私の話を静かに聞いてくれた。モニカ殿には戦闘の事を相談しても困らせてしまうだけかも知れない、だけど今誰かに話を聞いてもらいたかった。
私が話し終えてからモニカ殿はお茶を一口飲んだ。カップを置いて一呼吸ついてから話し始める。
「私は戦いの事についてはよく分かりません。元々冒険者ギルドにいたから話を聞くことはありましたが、技術的な事について言えることは私にはないでしょう」
「そう、ですよね」
やっぱり困らせてしまっただろうか、私が謝ろうとするとそれより先にモニカ殿が言った。
「ですがツバキ様に言える事はあります。冒険者ギルドでよく言ってきたから自信があります」
「そ、それは何ですか?」
「甘ったれるなです」
モニカ殿は身を乗り出した私にぴしゃりと言った。
「心が弱気に流れてしまう時、他の何かに救いを求めてしまう。戦いを続けていく中で前衛職の方がよく陥ってしまう感情です。魔物と肉薄して戦う役割ですから生死の境を一番感じてしまうのでしょう」
逆にモニカ殿が私の方へと身を乗り出してきた。
「ですが!それでも戦わないと生きていけないのが前に出て武器を取る者の定め、戦いの中でしか答えは得られないんですよ。誰かに答えを聞いた所でそれはその人の答えです。何の為に戦うのかは自分で見つけるしかありません」
まったくもってモニカ殿の言う通りだと思った。私は俯いてまた自分を恥じた。聞いてどうにかなる問題でもないのに、モニカ殿を頼るのはお門違いもいいところだ。
「と、ここまでが私の仕事としても意見です。で、ここからは友人としてツバキ様に言います」
「え?」
「ツバキ様はお優しい方です。常に明るく振る舞い、誰かを気にかけて会話をする、用心棒としてごみ拾いの方々の護衛についてもらっていた時も、ツバキ様の評判はとてもいいものでした。明るく元気づけてくれて、戦闘では誰よりも冷静で頼りになると、皆ツバキ様の事を評価していましたよ」
皆からそんな評価をされていたなんて、私は初めて知った。何だか少し気恥ずかしい気持ちになってきて頬が熱くなってきた。
「ツバキ様がその刀を握る理由は何ですか?」
「禍月をですか?」
「そうです。呪いだとか力だとか、そんな事忘れてください。何故まだ刀を握り、訓練を欠かさず、戦いをやめない理由は何ですか?」
それは、その答えは決まっている、これなら迷わない。
「守りたい、力になりたい、助けになりたい、それも確かにあります。でも今はアル殿に勝ちたいと思っています。アル殿の思いを覚悟を、間違っていると否定したい。その為に禍月の力が必要なんです」
負けて悔しかった。為す術もなく負けたのは初めてだった。そして何より言葉も通じない相手に自分の思いを伝える時、私にはこれしかないと思った。
私は妖刀禍月と同一と言っていい存在、父のお陰でその力に飲まれずに自分の物にしたが、何かが掛け違えば私はあの時の当主のように殺戮を繰り返す魔に落ちていたかも知れないのだ。
アル殿と状況は違えど境遇は似ていると思った。だからこそ、私はアル殿を否定したい、そんな事の為に力を使う必要はないんだと私だからこそアル殿に伝えられると思った。
「その気持ちがあれば大丈夫。ツバキ様は何処までも他人の為にその力を使える御方です。強くなる必要はありません、ツバキ様はもう十分に強い、後はその妖刀とどう向き合うかだと思います」
モニカ殿はそう言って私の手を取って力強く握ってくれた。じんわりとその温もりが伝わってきて、とても心強く感じた。
「ありがとうございますモニカ殿。やっと答えが見えてきた気がします」
私は話を聞いてくれたモニカ殿にお礼を言って禍月を手に取った。そしてある人の所へ行く事を決めてその場を後にした。
「おやツバキ様、今日はもう稽古は終わりですか?」
神父殿は庭の花壇の手入れをしていた。私はばっと地に手と頭を付けてお願いをした。
「神父殿、拙者と手合わせ願います」
あの夜の日、神父殿の過去を聞いた。きっと神父殿はもう戦いたくないと思っていると分かっている、だけど私の本音を初めて打ち明ける事が出来た彼に私の力を試して欲しかった。
「無理を言っている事は分かっています。だけどそれを曲げてお願いします。拙者はアル殿を止めたい、その為に必要な事なんです」
「…まずは頭を上げてください」
私が顔をあげると、神父殿は額についた土を拭ってくれた。
「ツバキ様の覚悟は分かりました。私もそれに応えましょう。今日の夜、準備を整えて稽古場まで来てください、話は私の方からつけておきます」
「ありがとうございます!必ず見つけて見せます。拙者の、拙者だけの強さを!」
神父殿は優しく微笑みかけてくれた。私の無理を聞いてくれて、受け入れてくれた。モニカ殿が言ってくれた私の強さを確かめたい、きっと禍月との対話はこの戦いの中にある。
夜になり、皆が寝静まった頃。私は静かに戦支度を整えた。髪を結いキュッと紐で結ぶと、腰に禍月を差して外に出た。
今宵は満月、丸く輝く明るい夜だ。私は頬を両手でパンパンと叩いて気合を入れ直し、いざと神父殿の待つ稽古場に足を運んだ。




