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最悪のシナリオ

 クローイシュ王国は混迷を極めていた。迷宮の封鎖、各地で発生している迷宮との融合による地上層の消失、国の根幹を揺るがすこの事態の最中、アステリオス・クローイシュ崩御。


 アステリオス王は死の間際、自分の跡継ぎをすべて殺害した。実子は一人もいなかった為、王家の親戚筋から何人か候補が選ばれていたが、この殺人によってクローイシュ王国を継ぐ者は消えた。


 国と政治の混乱に、各地で不満が爆発する。何とか混乱を抑え込もうとする王家と貴族達であったが、その際の武力行使によって状態は悪化した。


 民衆は王家と貴族を無能と罵り、この事態の説明を求めた。しかし真実を話せばもう後が無い王家は、無責任にも事実を秘匿したまま集団自決という幕切れとなった。


 国の崩壊を止めようと奔走する四公爵家、しかし有象無象の名ばかり貴族は自らの財産を確保し国からの逃走を図った。この事実に怒る民衆は、逃げ出す貴族を襲い金目の物を奪う貴族狩りが行われるようになった。


 国、政治、治安、法律、何もかもが崩れ去っていく中、四公爵家だけは諦めずに協力して何とか国を維持していた。


 アーチャー家当主エドムント、イングラム家当主ベアトリス、ウィンダム家当主ゲイル、エルダー家当主フォルテ、代替わりをした筆頭達が手を取り合い協議し、迅速に物事を進めることで事態の鎮圧に当たっていた。


 話はグラン達がアレックスと対峙している時に遡る。




 僕は二人の顔を何度も叩くベアトリス様にしがみついて必死になって止めていた。


「止めてくださいベアトリス様!お二人とも頬がパンパンに腫れていますから!」

「離せフォルテ!この腑抜け共の根性を叩き直す必要があるのだ!」

「叩きすぎですって!」


 失意にくれていたゲイル様とエドムント様を呼び出して、ベアトリス様と引き合わせた僕は、王城で聞かされた事を二人から説明された。


 僕はその衝撃の事実に言葉も出なかったのだが、ベアトリス様だけは立ち上がってずんずんと二人の元に行くと、胸ぐらを掴み上げて二人を持ち上げた。


 とんでもない怪力だと思わず口が滑りかけて僕は自分の口を手で塞いだ。


「それであんた達今ここで何やってんの?」


 鬼の形相で二人を睨みつけてベアトリス様が問い詰めた。ゲイル様もエドムント様もそっぽを向いて黙っていた。


 そんな様子が頭にきたのか、ベアトリス様は二人を壁に向かって投げ飛ばした。ずるりと壁にもたれかかる二人に、今度は交互に平手打ちを始めたのだ。それを僕が必死に止めて今に至る。


 二人とも頬は腫れ上がり、ベアトリス様も手が真っ赤になっていた。僕が恐々として慌てていると、ベアトリス様が言った。


「これからどうする?どう動く?私達はどうするべき?考えなさい二人共」


 ベアトリス様の言葉に二人は俯いた。また暴力が始まるのかと身構えたが、今度はそうはならなかった。


「私達には義務がある。そうでしょエドムント?あなたよく言っていたわよね、貴族として恥じることない振る舞いをするって。ゲイル、ウィンダム家の秘密について私も思う所がない訳でもないわ、だけど私達の中で一番優秀なあなたがこの調子だとあっという間に状況は最悪になるわ」


 僕はその言葉が身に沁みた。ベアトリス様の言う通りだ、二人が聞いてきた事が本当なら、恐らく事態は急速に動く。


「フォルテ!」

「はい!」


 急に名前を呼ばれて体がびくんと跳ねた。思わず敬礼して返事をしてしまう。


「これからどうなるかあんたなら予想がつくでしょ?言いなさい」

「え、でも」

「い・い・な・さ・い!」


 問答無用という訳か、僕は頭を働かせてこの後の事態を想像する。


「恐らく真っ先に瓦解するのは王家です。アステリオス国王は実子がいませんし、話が本当なら王家の正当性は地に落ちますから」

「その後は?」

「事実は公表されないまま隠蔽されるでしょう。公表できるものでもありませんが、隠し事をしているという事実が問題です。王家と貴族を糾弾する声が民衆から上がると思います」


 所詮僕の予想なのだが、話していく内にゲイル様もエドムント様も顔を上げた。ベアトリス様が顎をくいっと動かし僕に話を続けるよう促す。


「心配なのは国民の生活です。迷宮について不確定要素が多すぎて展望が予想できません。冒険者の活動が制限または停止となった場合、金の循環は滞り、失業者も多く出るでしょう。国を支える柱が無くなってしまうのですから影響は大きいです」

「王家はどうでると思う?」


 エドムント様がやっと口を開いた。僕は急いでその問に答える。


「正直予想出来ません。しかし武力行使だけは避けるべきです。どれだけ事態が激化してもそれだけは火に油を注ぐことになるでしょう」

「それについては私も同意よ、更なる混乱は避けられないでしょうね」

「でも火消しに必死になって武力行使を止められない可能性もあります。あまりに不満が高まると強引な手法を使ってでも沈静化を図る事は想像に難くないです」


 そうなったら最悪なのだが、正直この予想程度だったらまだ良い方だと僕は思っていた。もっと悪い事が起きてしまえばどうすればいいのか、そこから先が思いつかない。


「末端の」

「え?」


 ゲイル様が声を出して僕は驚いた。


「政治の根幹にいない末端貴族はもっと混乱すると思う。代を受け継いでいるだけの実績しかないのだから、自分たちの地位が危ぶまれると何をするか分からない」

「それは、確かにそうですけど。逆に言えば何が出来ますか?」

「何も出来ないから困るんだよ、自分たちの利権だけ守っていればよかった現状が変われば、資産持ち逃げの可能性も出てくる」


 ゲイル様に言われて僕は成る程と思った。名ばかりが残って既得権益にしがみついていただけの人達では、混乱を乗り切る程の能力も持ち合わせていないだろう。


「そうなると最悪です。国民感情のコントロールはまったく効かなくなります」

「それと秩序も失われる、自分の事だけで精一杯な姿を見せれば、不安はどんどん伝搬していくだろうからな」


 エドムント様の言う事もその通りだと思った。自分さえよければいい。そんな姿を率先して貴族が示せば、秩序は崩れ無法が蔓延る。


「よしよし、二人共フォルテのお陰でようやく火が付いてきたじゃない。やらなきゃいけない事と義務が見えてきたでしょ?」

「ああそうだ。私には果たすべき義務がある」

「僕たちがやらなきゃ、他の誰でもなく僕たちが」


 二人はそう言って立ち上がった。僕はその姿を見てほっと胸をなでおろした。あまりにも荒療治だったけれど、やっぱりベアトリス様に相談して正解だった。


「じゃあキビキビ行くわよ、まずは皆当主を引きずり落としなさい。私達が当主になるのよ」

「ほあっ!?」


 僕の驚きの声とは裏腹に、ゲイル様もエドムント様も頷いていた。


「僕もすぐに家に戻って父を失脚させるよ、どうせやるつもりだったんだ。ちょっと前倒しになるだけだ」

「老いぼれには椅子を明け渡して貰わんとな」


 さっきまでの消沈が嘘みたいに二人は生き生きとしだした。しかし僕はそんな事は出来ないときっぱりと言う。


「ちょっとまってください!僕は無理ですよ!三男ですし、長男が家督を継ぐ事はもう決まっている事だし、何より父に申し訳が立ちません」


 僕の必死の言葉も無情に引き裂かれる。


「却下、エルダー家にあんた以上の人間がいない、私に言われなくても分かってるでしょう?」


 ベアトリス様がまずズバッと来た。


「年功序列などどうにでもなる、私達がお前を支持すると圧力をかけてやるからお前が席につけ」


 エドムント様もズシャッと来た。


「僕は君の意思を尊重したいと思っているけれど、君が有能なのは誰よりも知る所さ。皆で頑張ろうじゃないか」


 ゲイル様もバサッと来た。結局僕には逃げ道なんてなかったんだ、この三人を引き合わせるべきじゃなかったと今更ながらに後悔する。


「まあ半分は冗談だけど、実際君しかいないと思うよフォルテ。僕は君の予想がもっと悪い方向で当たると思っている。正確に現状を把握できる人が多くいるほうがいい」

「ゲイル様、やっぱり悪い方が当たりそうですか?」

「僕はそう思うよ」


 ゲイル様が断言されるならそうなるんだろうな、僕は溜息をついてやるしかないと覚悟を決めた。


「待て待て、お前らだけで話を進めるな。フォルテ、お前の悪い予想とはなんだ?」

「王家そのものの消失です。どんな経緯があるにせよ、もしそうなったら貴族なんてなんの体裁にもなりません。早い内に力を囲い込んで僕たちで協力体勢を敷く必要があります」


 そうなったら僕に何が出来るのか分からない、と言うよりここにいる傑物三人でもどうする事も出来ないかもしれない、だけど何もせずに指を咥えてみているだけなんて、そんな事は僕も出来ない。


 僕も四公爵家が一つエルダー家の人間だ、果たすべき義務を果たすため、微力でも力になれるのなら惜しむことなど何もなかった。

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