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決意

 アルの力で迷宮から追い出された俺は、ツバキを肩に抱えて孤児院へと戻った。アザレアはいつの間にか元の姿に戻っており、ツバキを支えるのを手伝ってくれた。


 孤児院へと駆け込むとアンナが俺たちの様子を見て軽く悲鳴を上げた。しかしすぐにツバキをベッドへと運び神父様と一緒に手当てをしてくれた。


 騒ぐ子どもたちを宥めてクタクタになった俺は庭の切り株に座り込んだ、空はすっかり暗くなっていて、月が輝いている。


 あまりにも無策、あまりにも無謀だった。結果的にツバキを傷つけてしまい、アルと決別する事になってしまった。俺が話に行けば何とかなる、そんな甘い考えが何処かであった。


 情けない、俺は無知で無鉄砲な馬鹿だ。友達だなんて言っておきながら、アルの抱えた闇と苦しみをまったく理解していなかった。なんて身勝手な人間なんだ俺は、膝を抱えて拳で何度も額を叩いた。


「自らを罰するのはお止めなさい、この結果は誰にも止めることは出来なかった」


 俺が顔を上げると、迷宮内で見たあのアザレアの姿があった。


「自由に大きくなれるのか?」

「いえ、無理です。今も無理やりこの姿を保っています」

「どうしてそんなことを?」

「あなたに伝えておきたい事があるからです。小さき私では言葉を伝えられる力はまだありませんので」


 アザレアは俺の目の前に座った。その姿は大きくなっても元のアザレアの格好とよく似ている、やっぱり大きくなってもアザレアはアザレアだと俺は思った。


「まずはグラン、あなたに感謝を。素敵な名前をくれた事、命を慈しんでくれた事を感謝しています」

「そんな、それこそ俺のほうがお礼を言わなきゃならないよ。アザレアに沢山助けてもらってる、さっきもそうだ、君が現れてくれなかったらどうなっていたか」


 俺はそうアザレアに伝えたが、申し訳なさそうな声色が頭の中に響いた。


「もっと早く顕現出来たらツバキを傷つけずに済んだのですが、申し訳ありません。彼女にも私からの謝罪を伝えてください」

「うん分かった。それで、俺に伝えたい事って?」


 無理やりこの大きな姿を保っているとアザレアは言っていた。ならそんなに長いこと喋っていられないだろう、名残惜しいが俺はアザレアの話を急かした。


「お伝えしたい事はアルの事です。私は同じ迷宮から生まれた存在の力で彼の心の中を見ました。彼を取り戻す手掛かりになるやもしれません」


 そうしてアザレアは、俺の知らないアルの一面を語り始めるのだった。




 アルは生まれてすぐに王の野望によって実験対象として扱われた。自分が何をされているのか分からないまま、体を引き裂かれ、内蔵を切り分けられ、四肢を外されてあらゆる非道な実験を施された。


 しかしその時はまだアルに感情はなかった。動くことも出来ず、ただ毎日天井と研究員達の顔を眺める日々が続いた。


 ただその時アルの目に焼き付いたのは、利己的な欲望を丸出しにして他者を物のように使い捨てる人間の表情と感情だった。時が経ち、感情というものを学習し始めた時、アルが抱いたのは嫌悪感だった。


 汚くてどす黒い汚物にも劣る生物が、よりよい成果を、よりよい結果を求めて自分の体をベタベタと触り切り分ける。誰一人としてアルを人間として扱う者はいなかった。


 アルは生まれついての魔眼を持ち合わせていた。その名を審美眼といい、人や物の価値を否応無しに見てしまう。そんな魔眼を持ち合わせたアルにとって、この環境は地獄そのものだった。


 審美眼は迷宮からアルに与えられた祝福だった。迷宮はこの世に生まれたもう一つの世界、アルが生まれた理由は迷宮が人を愛し、そして愛されたいが為の願いによって生まれた。迷宮から生まれる物の価値を正しく判断し、その素晴らしさを人に伝えていく役割をアルに託した。


 しかしその願いは王によって歪められた。審美眼が映し出す現実は、王の悪意によって薄汚く穢されてしまった。アルの目に映る人々は、正しく認識できる人が少数になってしまった。


 人間の悪だけを見極めるように歪んだ瞳は、抱えた孤独を加速させた。毎日のように自分を作り変える為に人の命が消費されていく、無意味に死んでいく人々を見て育ったアルは、心が完全に壊れてしまった。


 王はこのままでは使い物にならないとアルに施した実験の記憶を封じた。しかし同時に条件付きの鍵を仕掛けた。


 アルが自分にとって都合のいい存在へと成長していくにつれて、少しずつ記憶の鍵が外れていくように仕組んだ。家族を持たせて立場を作り、人としての成長を促しながら悪魔の記憶を少しずつ浸透させていく、アルの迷宮への強い回帰願望を利用して計画は着々と進められていた。


 そんな時、アルは迷宮で不思議な存在と出会った。卑しくも人の死から生を貪り、尊厳と所持品を漁るごみ拾いだ。


 彼の目にそのごみ拾いの姿は奇妙に映った。いつも見ている異形の怪物の姿ではなかった。白くも黒くもない、捻ているようでまっすぐで、消え入りそうな程弱々しいが魂の奥底で確かに情熱の火が燃えていた。


 ごみ拾いは生きることに必死だった。守るという責任感と、石に齧りついてでも生きるという執着、何より不思議だったのは人間という存在を諦めている感情と、それでも信じる事が出来る意思が混在している事だった。


 迷宮での活動を通して二人はその仲を深めていった。そして同時に、互いの存在が互いの成長を促す事を実感していった。


 迷宮はそんな二人の可能性に希望を託した。邪悪な企みを阻止して、訪れる破滅を回避する、プレシャスドラゴンはその為に生まれたのだった。




「アルはあなたに自分の感情と重なるものを感じていました」

「俺の?」

「それは信じたいと願う心、過去から未来へと続きたいと願いあがく力です。アルは言っていましたね、自分の望みは王とは違うと。アルは今も、王の野望によって作られた自分と、心の中で戦っているのです。王の計画通りにアルが完成されたのなら、もう世界は滅亡しているはずです」


 紡いだ絆がアルを引き止めている、俺だけじゃない、アルと生きた人々の絆が心を支えてくれているんだ。あの迷宮での日々は無駄じゃなかった。共に笑って悩んで答えを出してきた毎日があるから、アルは希望を捨てずにいてくれた。


「私は楔です。滅亡を引き止める最後の障害、定められた時が過ぎればアルはもう止まれないでしょう。グラン、あなたがアルを止めてください」


 アザレアの言葉にすぐにでも同意したかったが、俺は迷った。俺はそんな大した人間じゃあない、出来る事だって少ないし、もしアルと戦うなんて事になったら真っ先に死ぬのは俺だ。


 俺に何が出来る?そう心の中に疑問が湧き上がった時、神父様に言われた事を思い出した。


「あなたの心の赴くままに」


 思わずぷっと吹き出してしまった。そしてこみ上げてきた笑いを抑えられずにゲラゲラと腹を抱えて笑った。その様子を見てアザレアがキョトンとした顔でこちらを見ている。


 一頻り笑った後、俺は自分の両頬をぱちんと平手で叩いた。答えはもうあった。あまりに大きな目的の前に自分を見失いかけていたが、もっと単純でいい。出来る事を探すんじゃない、やりたいことをやるんだ。


「俺がアルを止めるよ、アルが何と言ってでも連れて帰る。それでさ、アンナの説教を一緒に聞くんだ。正座させられて延々とさ、それで最後には一緒に笑うんだ。俺はそうしたいからそうするよ」


 俺の答えを聞くとアザレアは満足そうに頷いた。


「私は力の維持の為小さな姿に戻ります。約束の日まで戻る事は出来ません。戦闘出来る程の力もすでに奪われてしまいました。力になれなくてすみません」

「何いってんだよ、アザレアは一緒に居てくれるだけで勇気が湧いてくるんだ。俺たち家族だろ?」

「あなたの元に来れた事は私にとって最上の喜びです。どうかまた皆と一緒に木の実クッキーを食べる未来を掴み取ってください」


 アザレアはそう言い終わると元の小さなドラゴンの姿に戻った。俺の膝の上で小さく寝息を立てている、貰った時間は絶対に無駄にしない、そう強く思ってアザレアの頭を撫でた。

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