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未来を賭けて

 俺は孤児院へ駆け込むとアザレアとツバキを大声で呼んだ。


「アザレア!ツバキ!来てくれ!」


 声を聞きつけてアザレアもツバキもすぐに駆けつけてくれた。俺は先程王から聞いた事を説明した。アルに今起きている事、企みに巻き込まれた事、今俺がどうしたいかを話した。


「アルがいる場所は分かった。危険かもしれないけどついてきてくれないか?」

「キュイ!」

「お任せください!」


 俺たちはすぐさま迷宮へ向かう準備をした。必要になりそうな物をリュックサックに詰め込むと、急いでフォルテさんがくれた迷宮の元に向かおうとした。そんな時アンナから俺は声をかけられた。


「ちょっと待って」


 俺はブーツの紐を結ぶ手を止めて振り返った。


「どうした?」

「グラン、あなたが行って本当にどうにかなるの?」


 アンナは心配そうな顔で俺を見る、不安にさせてしまって申し訳ない気持ちで一杯になるが、それでも俺の答えは変わらなかった。今俺がどうしたいか、それが答えだ。


「どうにかなるから行くんじゃない、友達だから行くんだ」


 俺の言葉を聞いてアンナは諦めたように溜息をついた。


「あんたがそう決めたのなら、もう止められないわね」

「やっぱりよく分かってるなアンナは」


 俺は結びかけていたブーツの紐をギュッと固く結ぶと立ち上がった。アンナの方を向いて顔をしっかりと見る。


「行ってくる。アルを連れて帰るから」

「行ってらっしゃい、帰ったらお説教ってアル様に言っておいてね」

「そんなこと言ったら帰るの躊躇うかもよ?」

「減らず口叩いてないで早く行きなさい」


 去り際に軽く手を振って俺は家を出た。




 情報をもらった迷宮に足を踏み入れると、ツバキとアザレアが一気に警戒をした。アザレアは低く唸り声を上げて、ツバキは禍月の柄に手を置いて、すぐに抜けるように構えた。


「どうした?」

「グラン殿、おかしいです。迷宮の中が変わってます」

「変わってる?」

「グルルルル…」


 警戒する二人に守られながら進むと、俺にも言っている意味がすぐに分かった。確かに迷宮の中が変わっていた。


 まず道が滅茶苦茶だ、地図にない道が増えているだけでなく、ここの迷宮とはまったく違う迷宮の道が繋がっていた。歪に混ざり合っていて前に見た迷宮とは一切合切が違っていた。


 それに突然大部屋が現れたと思うと、扉が壁一面至る所にあって、天井にも地面にもその先が続いていた。上下左右なにもかも繋がって混ざり合っている。


「グラン殿、申し上げにくいのですがこのまま進むのは危険です。引き返すべきだと思います」


 ツバキの額からは見たことがない程汗が流れ落ちていた。アザレアも唸り声こそ上げているものの、尻尾は垂れ下がって元気も感じられなくなっていた。


 俺もツバキの意見に賛成だ、このまま進む事は危険だと本能が告げている。だけど、どうしてもアルと会わなければいけない、どうすればいいか俺が迷っていると聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ツバキの言う通りだ、引き返せ」

「アル…」


 声の正体は聞き間違える訳がない人だった。アルはいつの間にか目の前に現れていて、俺たちに向かって歩いてきた。


「迷宮はやがて一つに混ざり合う、融合途中のここにいると危険だぞ」

「アル、王様から話は聞いた。お前も王様と同じ気持ちなのか?」


 アルは悲しそうな顔で首を横に振った。


「私の望みではないよ、しかしもう止める事は出来ない、残念だけどね」

「同じ気持ちじゃないならどうしてだよ!?皆死んじまうんだぞ!」

「そうだよ、死んでしまう。だけどそれでもいいと私は思っている。望みとは違うけれどね」


 ツバキは俺とアルの間に立つと刀を抜いて構えた。


「アル殿、問答はもう無駄に思います。申し訳ありませんが、力尽くで止めさせてもらいます」

「それもいいだろう、来いよツバキ」


 俺が止める間もなくツバキの姿は影となって消えた。地を滑るかのように素早い移動でアルに肉薄する、素早く振り抜かれた刀は、逆刃にしてはいても全力だった。


 ドガンと大きな音が背後から聞こえてくる。一瞬風が俺の横を通りすぎたと思ったら、ツバキが壁に打ち付けられてずるりと地面に落ちた。


「ツバキッ!!」


 何が起こったのか分からず俺はツバキに駆け寄った。体を強く打って意識が朦朧としているが無事のようだ。


「力の差は分かっただろう?ツバキを連れて引けグラン」

「お前何でこんな事を、一体どうして!!」

「グラン、あの肉塊の魔物を覚えているか?」


 突然の話に俺は戸惑う、言葉が出てこない俺を無視してアルは話し始めた。


「あれはな、私を作る為に犠牲になった人の成れの果てだ。そしてあの肉塊の正体は君の両親だよ」

「は?」


 アルが何を言っているのか分からず俺は間抜けな声で聞き返した。


「私はすべての記憶と記録を取り戻した。あの時は何故あれ程怯えていたのか分からなかった。今は分かる、あれは私を作り出す為に人体実験の犠牲になった君の両親だったんだ」

「何言ってんだよ…」

「グランの両親は冒険者だった。同じパーティに所属していた二人はいつしか惹かれ合い結ばれて君が生まれた。しかし同パーティ内での恋愛はご法度だ、所属パーティから追い出された彼らは、子を育てながら迷宮に潜る事を無理だとすぐに分かった。君にも想像出来るだろう?」


 パーティ内での恋愛がご法度なのは俺も聞いた事がある、戦闘探索において特定の人間関係だけを重視してしまう事になると支障が出るからだ。幾ら注意していたとしてもいざ命の危険が迫った時に優先されるのが情では困る。だから今でも冒険者パーティ内の恋愛は禁止されていると聞いた。


 父と母が冒険者だった。その事実をまさかアルの口から聞かされるとは思わなかった。


「この国にいる孤児になる理由のよくある一つさ、俺もそうだっただけだ。仕返しする相手が居なくなったのは残念だけど、それ以上でもそれ以下でもない」

「君はそう言うだろうな、君は乗り越えていける人間だから」

「アルだってそうだ!お前だってあんな王様の馬鹿な話乗り越えていける!引き返せるだろう?」

「私は人間ではないよグラン」


 そんなことはない、そうすぐ断言したかった。だけど、王から聞いたあの話が俺の頭の中に残っていた。一瞬の躊躇いが一生の後悔に繋がる。


 アルは俺の顔を見て微笑んだ、諦めの色濃い表情だ。


「あの話を聞いたのなら分かるだろう?君の両親が私と何の関わりがあるか教えてあげよう、魔物の力を人間に注入する捨て駒さ、結果死ぬことも出来ないぶよぶよの醜い肉塊に変えられた。君の両親がこんな実験を受けたのはな、多額の報酬を得る為だよ、その金があれば君を迎えに行けるからね。でもウィンダム家の研究者達は知っていたんだ、これは元々助からない実験だとね」

「っでもそれはアルが望んだ事じゃあないだろう!その時のお前にも俺にも何も出来なかった!そうだろう?」

「そうだな、何も出来なかった。私は何も出来ないまま多くの屍を見てきた。そしてその屍によって作られた。望むとも望まぬとも私は災厄を生み出す存在に作り変えられたんだ」


 駄目だ、何を言っても今のアルには届かない、だけどここで諦めたらもっともっとアルは孤独になって遥か遠くへ行ってしまう。何か、何かないのか、アルの心を繋ぎ止められる何かが。


 俺が言葉に詰まっているその時だった。突然アザレアの体が眩い強烈な光を放ち始めた。見ていられない程の眩しさに俺は腕で目を塞いだ。


 光が収まりかけてきて俺は腕を目からゆっくりと外した。アザレアが放つ光が収まると、あの子供の竜の姿は何処にもなかった。


「アザレア…?」


 アザレアの体は大きくたくましく成長していた。立派な翼をはためかせ、逞しい肉体に長くしなやかな尻尾、頭に生えた角は太く鋭く、鱗は白銀に輝き神々しく輝いていた。


「聞きなさい人の子ら、私はプレシャスドラゴン。グラン、あなたから頂いた素敵な名前、とても気に入っています」


 それは穏やかで優しい声色、頭の中に直接響いてきた。


「お前アザレアなのか?」

「そうです。私の名はアザレア、迷宮が生み出した宝物が一つプレシャスドラゴンです。アル、あなたと同じ存在ですよ」


 俺はアルの顔を見た。険しく眉間にシワを寄せていた。


「そうか薄々感づいていたが、アザレアが私の対抗策として生み出された迷宮の意思か」

「そうです。歪んだ欲望によって捻じ曲げられた運命を正す為に迷宮が私を生み出したのです。少々時間が足りず小さな姿でしたけど」


 王やアルは迷宮の宝箱から生まれたと聞いた。それなら確かにアザレアもそうだ、氷麗の迷宮で見つけた宝箱の中から生まれてきた。王とアルが特別ならアザレアも特別なドラゴンだ。


「アル、あなたの目的は私が存在する限り果たされません。私を殺さなければ迷宮の統合は成されない」

「そうだな私にも分かる。だから今、ここでお前を殺そう。そして終わりにする、人間もこの世界もだ」

「アルッ!止めてくれ!家族だろう!?」


 俺の言葉にアルはピクリと反応して止まった。よかった。アルもやっぱり本当は殺したくないんだ。


「アル!出来ないならやめよう!もうこんな事しなくていいんだろ!?」

「残念ながらそうもいきませんグラン、アルはあまりにも力を付けすぎました。いずれ私をも取り込んでしまうでしょう」

「なっ、話が違うじゃないか!」

「だけど今すぐじゃありません。だから私はこうして真の姿を現し話をしに来たのです。アル、グランに時間をください。私の命を賭けて決闘をしましょう、三ヶ月後またこの場所で」


 アザレアの提案に、アルは手をすっと下ろした。


「時間は私の味方だ、迷宮の統合と外の侵食は進む。それでもいいのか?」

「時間はあなただけに味方しませんよ、グラン達にも味方します。きっとあなたを止める方法を見つけることでしょう」


 その言葉を聞いてアルは鼻で笑った。そして腕をすっと横に振り払うと、俺たちの背後に大きな道が開けた。


「いいだろう、その決闘を受ける。グラン、私は三ヶ月後アザレアを殺す。それが嫌なら止めてみるがいい、相手はこの私、迷宮の王アレックスだ」


 アルが掌を前にかざし力を込めると、俺たちの体がふわりと浮き上がった。そして開いた道に押し戻されて、気がつくと全員迷宮の外にいた。


 世界の命運を賭けた戦い、ただのごみ拾いの俺が巻き込まれたのは、とんでもなく重く苦しい未来の行く末だった。

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